求婚(1/2)
本拠地内の魔物は、軍総出で一日かけて完全に消滅させた。
破られた結界を元通りに塞ぎ直すころには、完全に朝になっていた。
セリカたちはへとへとだったが、間の悪いことに、今は軍の駐屯地にハイスベルトが来訪している。
彼に起こった事件の全容と解決したことを報告するまでは、誰も寝るわけにはいかなかった。
司令室にイリスタリア軍の幹部全員と、王子、聖女三人を集め、昨夜の出来事を話し合う。
「魔物を呼び寄せる【異界の門】がイリスタリア軍駐屯地内部に出現しているのが確認されました。すでにセリカ様により消去されております」
「駐屯地内部の魔物はそれに先んじてすべて排除済み。現在は安全です」
「【異界の門】を開いたと思われる魔物も消滅させました――」
セリカはそう報告しながらも、何か引っかかるものを感じていた。
アクアフィーナのそばにいた魔物が最大級だったから、もしも【異界の門】を開ける魔物がいたとするなら、あれしかない。
しかし、それにしては少々弱すぎたような気もするのだ。
建物の内部はしらみつぶしに探したので、もう魔物も残っていない。
だからこれで終わりのはずだった。
「――おそらく、新しくいらっしゃった三人の聖女たちの魔力があまりにも高かったため、魔物側にも動揺が起きたのでしょう。それでいつもと違う行動につながったのかと」
魔術師長の分析に、騎士団長がうなずく。
「今回は引継ぎ前で聖女様方との連携をうまく取ることができませんでした。私どもの不徳の至りです。次回はこのようなことがないよう、一日も早く戦える体制を整えてまいります」
「どのくらいかかるの?」
冷ややかな王子の問いに、騎士団長は言葉を詰まらせる。
「それは……聖女様方がどのようなお力をお持ちなのか、私どもにどのようなお手伝いができるのか、まだ未知数であるがゆえに……」
「そこの役立たずの女よりは強いよ」
ハイスベルトがセリカのほうをちらりと見やる。
セリカは無表情を保った。
「魔力の計測値は三人ともこの女の1.5倍はあるからね。それで? お前たちはいつ、彼女たちのパフォーマンスを最大にできるの?」
騎士団長は平身低頭した。
「半日以内に。簡単な演習をこなしていただければ、すぐにでも戦えるようになるはずです」
「そう? よかった。何日もかかるなんて言うようなら、お前のクビも飛ばそうかと思っていたところだったよ」
ハイスベルトは満足そうに笑って、ぎろりとセリカをにらみつけた。
「……で? 君は用無しなのに、いつまで大聖女でございって顔をしているの?」
会議でイリスタリア王子その人にそう睨まれてしまっては、セリカとしてもこれ以上この駐屯地に留まっているわけにはいかない。
「それでは、私はこれで」
「君も半日以内に出発するんだろうね?」
せめて演習が終わるまでは、と言いたかったが、ヘタな口答えをすると、騎士団長のケイドの首が飛びかねない。
「もちろんでございます。荷造りを終え次第、すぐに」
「何も残すなよ? その部屋はアクアフィーナが使うんだからね」
「承知いたしました」
セリカが退室すると、あとから追いかけてきた少女がいた。
ホリーだ。
「……あの馬鹿王子! いったい誰があの強い魔物を退治してくれたと思ってるんですか!?」
「まぁまぁ、ホリー」
「鳴り物入りでやってきた聖女たちはなんっの役にも立たなかったのに!」
「さすがに何の打ち合わせもなしにいきなりの戦闘は無理ですよ」
「えぇ!? あれって、絶対そういう問題じゃありませんでしたよ!? セリカ様より強いっていうのもどこまで本当なんだか!」
「……ところであなた、抜け出して大丈夫?」
「大丈夫です! 荷造り、私もお手伝いしますね!」
ホリーと喋りながら、セリカは一抹の不安を覚えた。
聖女隊の副長はホリーだ。彼女が参加しなくては、演習にも差し支えるだろう。
「私はいいから、アクアフィーナ様たちとの演習のアシストに行ってあげてください。これからはあなたがあの三人の支えになるのだから、あなたがお姉さんになったつもりで、どうか優しく接してあげてくださいね」
「そんな……私、絶対そんなのうまくやれません……」
「あなたがいつも笑顔で場を盛り上げてくれたから、私も楽しくここでやれていました。この軍隊は、あなた抜きでは成立しません」
「そんなの、セリカ様だって……!」
泣きそうになっているホリーの手を叩き、じっと待つ。
ホリーはしばらくうつむいていたが、やがて無理に作ったような笑顔になった。
「……わがまま言ってしまって、すみませんでした。私、会議室に戻ります。最後まで、本当に頼りない後輩で、ごめんなさい……」
これが別れの言葉になるだろう。
セリカにも、そのことは分かっていたから、あえてお説教はするまいと思った。
「手紙を書くわ。いつまでも健やかにいてね」
「はい……! はい、セリカ様……!」
涙をこらえて去っていくホリーの後姿を見送って、セリカは自室に戻った。
もとからセリカは部屋にあまりものを置かない。
殺風景な部屋なので、荷造りもすぐ終わるだろう。
***
部屋に来客があったのは、セリカがほとんどの荷造りを終えたときだった。
「どちら様?」
「やあ。レゼクだよ。あの話、考えてくれた?」
ドア越しに、にこやかな声が返ってきた。
そういえば、引き抜きをかけられていたのだったと、おぼろげな記憶をたぐりよせる。魔物の襲撃があったせいですっかり忘れていた。
「君が私の国に来てくれるのならどんな条件だって呑むつもりだよ。何が欲しい? 山ほどの財宝? 地位? それとも――」
セリカが部屋の中に招き入れる間にも、彼は上機嫌に喋り続けた。
「悪評を吹き飛ばすくらいの名誉なんてどうかな?」
セリカは首を振った。個人の名誉などというものに今更興味はない。
「過分なお申し出、ありがとうございます。でも、昨夜、ハイスベルト殿下に釘を刺されてしまいました。レゼク殿下のところに行くのだけは許さない――と」
レゼクはふふ、とおかしそうに笑う。
「へえ、面白いね。彼が許さなかったら、どうだというのかな? まさか、私の国に歯向かって、勝てるとでも思ってる?」
「殿下――」
露骨な見下しに、セリカは少し戸惑った。
明るくさわやかそうに見えて、意外と辛辣だ。
「おっとごめん。君にとってはそれでも大事な祖国だ」
「それもありますが、私が心配なのは、妹のことなのです」
セリカの事情はきちんと話しておくべきなのだろう。その方が断りやすいと考え、説明しきってしまうことにした。
「妹は今ちょうど適齢期に当たります。今から殿下のところに移民するにしても、正式な手続きを踏めば、一年は結婚式をしている余裕などない状態になるでしょう。良縁を逃してしまうかもしれません。せめて妹が落ち着くまでは国内にいたいと考えています」
「そんなにかかるかな? 家財道具を持ち出して、叙爵して、デビューして……三か月か、半年もあれば十分じゃない?」
「それはそうかもしれませんが、そもそも、私の両親が納得するかどうか」
「納得させれば、問題はなくなる?」
彼はにこりとした。
「ご両親を納得させるのに必要な材料は何?」




