三聖女(3/3)
「何はともあれ、おふたりがお幸せなのでしたら、何よりです」
とりなすレゼクの口調に、無理をしている様子はまったく見受けられない。嫉妬の色や、強がっている色なども、セリカには見当たらなかった。
――何か、誤解をしていらっしゃるのかしら。
ハイスベルトは思い込みが激しい。いったん腹を立てると、まったくそのような事実はないのに、勝手に『自分がこのような屈辱的な対応を受けているのは、嫉妬されているからだ』と主張することもよくあった。
セリカはハイスベルトが『嫉妬されている』といって怒りだすたびに、不思議で仕方なかったのだ。
――そんなにこの人を妬むことって、あるかしら?
見た目はいいが、頭はよくない。いかにも社交的にふるまってはいるが、心は狭い。血筋はいいが、そもそも小国の王族なので、それほど権力もない。
怒りの感情を抱きやすい代わりに、機嫌がよくなると気が大きくなって、うっかりと失言することがよくある。計算高く立ち回っていると誇らしげに自称するわりに、人を自分よりも格下だと決めつけてこきおろし、勝ち誇る癖が抜けない。
セリカは総合して、あまりいい人物ではない、と思っていた。
彼に対して、羨ましがる要素はいったいどこにあるのだろう。
「そんなことより、どうぞこちらをご覧ください」
セリカが思考を巡らせる間にも、レゼクは場をとりなすように会話をつなげた。
「イリスタリアの巨大魔石はこれのことらしいですよ」
レゼクは一歩脇にどいて、後ろにあった魔石を見せた。
中央祭壇にある、一軒家くらいの大きさの魔石に注目が集まる。
アクアフィーナは口元を手で覆い、リャマは感激したように胸の前で両手を組んだ。
「うそ……これが、魔石……?」
「すっごおおおおい!」
赤いドレスのリャマは駆け寄ってきて、魔石の横で小躍りした。
「いったいどれだけありますの!? これだけあったら精霊術かけ放題ではありませんの!」
黒いドレスの少女トルエノも、ふらつく足取りで魔石に近寄った。
「そうね、トルエノ。綺麗ね」
リャマはアクアフィーナと手を取り合って笑っている。
「あはははは、やったわ、勝ったわ! もうわたくしたち、徹夜で魔石を作って戦いに出る必要なんてありませんのね!!」
「確かに……これだけの魔石があれば、危ないことなんて何にもないですもんね」
セリカには、狂喜乱舞する彼女たちの気持ちも推し測りがたい。
だってこの魔石は、ただ当面の分を余分に蓄えてある、というだけで、少し無駄遣いすればすぐになくなってしまうものだからだ。
「この魔石はもしものための備えです。当面の分はこちらで用意しましたが、いつまでもあるわけではありません」
責任を感じ、セリカが生真面目に説明をしようとすると、リャマはきゃははと甲高く嫌らしい笑い声をあげて、遮った。
「こぉんなに大きな魔石、そうそうなくならなくってよ! この量の魔石の枯渇を心配するなんて、イリスタリアの聖女はどれだけ腕が悪いのかしら!」
アクアフィーナも、幼子のような顔でくすくす笑っている。
「『魔石から引き出せる魔力の量は聖女本人の練度に依存する』――イリスタリア軍は世界有数の魔石保有国だと聞いてはいましたが、使い方についてはライネスの聖女である私たちに一日の長があるようですね」
セリカは誰かにつんつんと袖口を引かれ、隣に目をやった。
いつの間にか、レゼクがすぐそばに立っている。
「セリカ。業務の引継ぎのことは二、三日かけて私から少しずつ説明していくよ。だから今は彼女たちに話を合わせてあげてくれないかな?」
「話を合わせる……とは……?」
「彼女たちは少し厄介でね。機嫌を悪くすると、命令違反をすぐに起こすんだよ。そうならないように、私からうまく言うから、今日のところは彼女たちに花を持たせてあげてほしいんだ」
セリカは何とも言えない気持ちで、勝ち誇ったように高笑いをしているリャマやアクアフィーナを見た。
トルエノは周囲の騒ぎには目もくれず、魔石に見惚れている。
機嫌を損ねるなというのならば、セリカには是非もない。
彼女たちにはこれからセリカの代わりに働いてもらうのだから、なるべく快適に過ごしてもらう必要があるだろう。
「……これは失礼をいたしました。さすがは魔術大国ライネスの聖女様たち、練度ではとうてい敵いませんね」
「当然よ! 分かったらさっさと聖地を引き渡すことね!」
耳慣れない単語に、セリカは一瞬反応が遅れた。
問いただすより早く、レゼクがにこやかに割って入る。
「細かな話は今はなしにしようか。イリスタリアのみなさんも歓迎してくれてありがたいね。リャマたちも、あまりワガママを言ってはいけないよ?」
「誰がワガママよ!」
リャマは眉をつりあげた。
「元はと言えば、レゼク殿下がちゃんと私たちを大事にしないからこうなったんじゃない! 私たちのように力のある聖女が三人も抜けて、せいぜい後悔するといいわ!」
レゼクの顔から微笑みが消えた。
セリカはとっさにまずいと感じた。
気分よく過ごしてもらおうと言い出したのはレゼクのはずなのに、なんだか一触即発の雰囲気ではないか。
「皆さんが聖女不足のイリスタリアを選んでくださったこと、感謝してもしきれません。どうかこの国をよろしくお願いします」
強引に話を切り替えてはいたが、それはセリカの心からの言葉でもあった。
イリスタリアの平和は彼女たちの手に委ねられる。ライネスほどの大国から来た聖女たちであれば心配はいらないだろうが、それでも改めて挨拶をしておきたかった。
「お前が大聖女だった頃よりはずっとましになるに決まってる」
ハイスベルトが嘲笑った。
鼻白んでいるイリスタリア軍の面々の表情にはまったく注意を払う様子がない。
初顔合わせは、冷え冷えとした雰囲気で終わった。
***
「すまなかったね」
レゼクがセリカに向かってそう話しかけてきたのは、セリカがひとりになったタイミングでのことだった。
「しょうがない子たちだろう? ワガママで手を焼いていたんだ」
それがアクアフィーナたちのことを指していることは明らかだった。
「レゼク殿下が謝ることではないでしょう。私は気にしていませんから」
「うわ、優しいなぁ。なんで君の代わりに彼女たちを入れようと思ったのかが謎すぎるんだけど」
レゼクがすっかり打ち解けた口調になっているので、セリカは少し変な感じがした。
もとから気さくな性格なのはうかがえるが、それにしてもこの数日で、すっかり友達か大親友のような認定をされているような気がしてならない。
セリカはというと、あまりにも馴れ馴れしくされると、ハイスベルトのことを思い出すので、少し嫌だった。ハイスベルトもまた、あらゆる人間に対して馴れ馴れしい男だったのだ。
「ところで君、ここは辞めるんだって?」




