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プロローグ(1/3)


 魔物に襲われた村の様子は凄惨を極めていた。


 通りに幾人もの村人が傷つき、倒れている。それを踏み越えて、別の魔物の大群が、逃げ惑う女性や子どもを追い立てていく。翼の生えた大きな魔物が厩舎に繋がれたままの憐れな馬に狙いを定め、爪を振り下ろした。


 土の壁は角のひと突きでもろくも崩れ去り、家屋からパニックを起こした人たちが飛び出てくる。


 それらを一挙に眺め下ろせる頑強な城砦の一角、物見の塔のてっぺんで、強い風になぶられながら、ドレス姿の少女・セリカは震えていた。


「聖女の力が必要だ」

「しかし、この国に聖女など――」


 聖女。


 精霊に愛され、特別な力を持った女性。


 精霊の力を借りることにより、人の身ではとうてい扱えない大魔術の行使を可能にすることから、『奇跡を起こす聖なる女性』、『聖女』と呼ばれるようになった。


「聖女さえいれば――」


 王子が、震えているセリカに気づいた。そっとそばに寄り、声をひそめてささやきかける。


「……行かなくていい」


 セリカはハッとして王子を見た。


「……でも、殿下、私なら」

「行かなくていい!」


 ハイスベルトは、王国一と評判の整った容貌に、セリカを安心させるような微笑みを浮かべてみせた。


「貴族令嬢の出る幕じゃない。分かるだろう?」

「でも――」


 セリカは城下に広がる惨劇に、再び目を奪われた。


 無防備な家畜や村人たちが、魔物に襲われ、なす術もなく逃げ惑っている。


「君たちだけでどうにかならないの?」


 王子が横柄に問いかけると、兵は平身低頭した。


「しかし、この街に魔物が攻めてきたのはこれが初めてのことで……実戦経験のある者か、聖女が到着するまでは、どうすることも……」


 セリカは身を固くしながら二人の会話を聞いていた。


 セリカは聖女の条件を満たしている。精霊を呼び、魔物を倒す術を、つたないながらも身に着けていた。


 しかし、実戦の経験はまだない。


 名乗りを上げる勇気もないから、先ほど『この中に聖女はいるか』と問われたときも、黙っていた。


「応援を呼ぼう。来るまでなんとか君たちでがんばって。私たちは先に避難させてもらうよ。さあ、セリカ、行こうか――セリカ?」

「殿下、私……」


 セリカはためらいながらも、王子にどう言おうか、考えていた。


 一人で戦闘に赴くのは怖い。


 でも、一緒に戦ってくれる人間がいるなら、行きたい。


 王子が先陣を切って戦いに赴き、村人を救うために力を尽くしてくれるのなら、セリカもついていきたいと考えていた。


 その場を動こうとしない少女に、ハイスベルトは苛立ちのにじむ動作で彼女の腕を引いた。


「君の出る幕じゃない。いいか、これは軍の仕事で、聖女の不在は国政レベルでの失策だ。国王の責任だよ、君が責任を感じることはない」


 セリカはじっと王子を見た。


 王子はセリカの知る限り、一番頼りになる人間だった。


「何だよ、その目は。私にどうにかしろって言いたいのか? 無理だよ、私の責任でもないだろう?」

「殿下は、国内でも有数の魔術師でいらっしゃいます」

「確かに私ならある程度は魔物を止められる、でも私の仕事じゃない! なぜ私が父上の失策のために危険を冒す必要がある?」


 セリカは、でも、と言いながら、口ごもった。


 目の前に、襲われている村人がいるのだ。


 王子はこの光景を見ても、何も感じないのだろうか。


 戦える力を持っていて、助けを求める人たちがそこにいるのに、飛び出していきたいとは思わないのだろうか。


「冗談じゃない! こんなところで死んでたまるか。身体を張るのは下級の騎士に任せておけばいい。私のやるべきことはもっと別のところにある」


 王子の言葉に激しく失望しながらも、セリカは不思議と、自分の震えが止まっていることに気づいた。


 この場には誰もいない。


 誰もあのかわいそうな村人たちを助けてはくれないし、セリカを危機から救ってくれる白馬の王子様なんてものも、どこにもいやしない。


 誰もいないのなら――


 自分でやるしかない。


 不思議ともう、怖くはなかった。


「……おい、やめろ! よせ!」


 王子の制止を振り払い、セリカはまっすぐ手を挙げた。


「――私がやります」


***


 来る日も来る日も魔物を狩る仕事に追われ、五年が過ぎた。


「――ねえ、見て! 大聖女様よ!」


 パーティ会場に響き渡る大きな歓声。


 よく響くうら若い少女の声のせいで、セリカ・リューテナントはいちやく注目を浴びることになった。


「セリカ様がいらしてるの?」

「どこどこ? 見てみたい!」

「ほら、あそこにいらっしゃる方!」


 騒いでいるのは貴族の娘たちだ。

 男勝りという噂の大聖女をひと目見ようと押しかけてくる。


「どんな人、どんな人?」

「あの軍服の女性?」

「わあ、素敵!」

「とてもお綺麗な方よ!」

「きれいな金髪……」

「えっ、嘘、美人なの? 古代の女戦士かゴリラみたいな人って聞いてたけど」

「馬鹿、聞こえるわよ!」

「ねえ、お声をおかけしてもいいのかしら?」

「やめておきなさいよ、お疲れに違いないわ――」

「セリカ様ぁーっ、大ファンですーっ!」

「おやめったら、みっともない!」


 きらびやかなシャンデリア、正装の騎士、ドレスを着た女性、オーケストラの演奏。


 パーティ会場の真ん中で、セリカは頭痛に耐えていた。今はあらゆるものが寝不足の彼女を刺激する。おまけに甲高い声援があちこちから飛んでくるせいで、頭痛がひどくなる一方だ。


「セリカ様。お加減はいかがですか? 少しお疲れのようですが……」


 通り過ぎざま、セリカの顔色に目を留めた顔見知りの貴族令嬢が、心配そうに話しかけてきた。


「何でもありません。心配してくれてありがとう」


 彼女は人目をはばかるように、そっとセリカに近寄って、ひそひそとささやく。


「セリカ様、王子殿下のことなのですが……先ほどからどうもご機嫌を悪くされていらっしゃるようなのです」


 セリカにだけ分かるようにそれとなく目を配った空間のあたりに、金髪の男性がいる。傷一つないぴかぴかの鎧はお飾りの騎士団員の印で、彼自身は一度も実戦に出たことがない。


 ハイスベルト・イリスタリア。イリスタリア王国の王子で、セリカの婚約者だ。


 見た目だけはいいので、ご令嬢が自然と輪を作っている。婚約者のセリカをないがしろにする行為だと何度批判されても、彼の悪癖は止まらなかった。


「分かりました。なんとかご機嫌を取ってみます。教えてくれてありがとう」

「はい! あの……がんばってください! わたくしいつも陰ながら応援しております!」


 セリカはご令嬢に精一杯の笑みで答えてから、王子の方に歩き出した。


 ハイスベルトは常に人に気を遣われていなければ満足しない男で、セリカが少しでも彼を放っておくような真似をすると、すぐに機嫌を悪くするのだ。


「ああ、セリカ。君もいたんだね。気づかなかったよ」


 ハイスベルトは着古した軍服姿のセリカを上から下にねめつけて、フッと鼻で笑う。


「それというのも君、ちっとも貴族令嬢っぽくないからさ。どこかの戦争から逃げてきた敗残兵の方がぴったりくるよ」


 嫌味の雨あられ。どうやら今日も不機嫌らしい。

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