表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/27

追憶のフライパン

オレ様はフライパンである。

名前はまだ無い。

まぁ、フライパンだから当然なのだが──。


フライパンであるオレが、なぜ話しているかというと、ちょっとした事情がある。オレ様の持ち主である、ばあさんの命が危うくなってしまったのだ。ばあさんを守らねぇと!


「あらあら、どちら様?」

「オレか? オレ様はフライパンだ」


ばあさんを助けようとしたオレの体は、人間の姿になっていた。コックコートを着た、渋めのイケてるおじさんに。

これは神のいたずらか、それとも悪魔の仕業か? なんだっていいさ。生い先短いばあさんのそばにいてやれるなら。


フライパン擬人化ファンタジーによる、心も体も温まる……かもしれない物語。


 オレ様はフライパンである。名前はまだ無い。

 まぁ、フライパンだから当然なのだが──。



 ただのフライパンが、なぜこうして話しているかというと。


 それは最近人気の擬人化というヤツだ。詳しくは知らないが、船とか城とか刀とか馬とか、いろんなものや生き物が擬人化されて人気になっているらしい。

 ついには調理器具のひとつであるフライパンも擬人化され、ダンディなおじさまとして表現されたわけである。使い込まれた鉄のフライパンであるオレ様は、ワイルドでイケてるおじさんなのだ。



……なんて理由だったら、良かったんだけどな。実際のワケは、もう少し切実だ。



 フライパンであるオレ様には、主とも言うべき持ち主がいる。長年の感謝と敬愛を込めて、オレ様はその人を、『ばあさん』と呼んでいる。ばあさんと呼ぶぐらいだから、それなりにまぁ、お歳を召した女性だ。

 ばあさんはオレ様をずっと愛用してくれている。そのことは本当に感謝している。オレ様は調理器具だからして、使ってくれる人がいなければ、ただの置き物でしかないからな。


 だから安心していたんだ。その日も安全に使ってくれるものと思い込んでいた。


 ばあさんはオレ様をガスコンロに置き、火をつけた。そこまではいい。いつも通りだからな。その後がまずかった。


「あらあら、洗濯物を干すのを忘れていたわ」


 ばあさんはオレ様を放置プレイ、いや、ほったらかしにしたのである。


 鉄のフライパンであるオレ様に火をつけたまま、ふらりと庭に出ていってしまった。しかも火は強火。どんどん熱くなっていくオレ様。



 あちゃちゃちゃ! ばあさん、何しやがる!!



 すっかり熱くなったオレ様の鉄の体は、ぼうっと火が燃え上がってしまった。



 ばあさん、燃えてるぞ! フランベのつもりか!? シャレにならないから早く火を消せ!! 


 その時はただのフライパンだったから、オレ様の声がばあさんに届くわけがない。

 ばあさんはのんきに庭で洗濯物を干している。ふふふん♪ と妙な鼻歌まで歌っていやがる。燃え上がった火は、だんだんと強くなり、天井に届きそうだ。


 ヤバい……。このままでは火事になるぞ。火事になったら、ばあさんのスピードでは逃げられない。あたふたしてるうちに、炎と煙にまかれてあの世行きだ。

 百歩、いや、一万歩ゆずってオレ様はどうなってもいい。所詮はただのフライパンだからな。

 だが、ばあさんは駄目だ。ばあさんだけは守らねぇと。オレを長年大事に使ってくれたばあさんだ。オレ様にとって、大切な人なんだ。


 オレは、オレ様は、ばあさんを守るんだ。なにがなんでも、ぜったいに。



 ばあーさぁ~んっっっ!!!



 力いっぱい、ばあさんを呼んだ瞬間。オレ様の体に、ちょっとした異変がおこったのだ。


「あらあら、どちら様?」


 庭から戻ってきたばあさんが、にっこりと笑った。


「ばあさん、火がつけっぱなしだったぞ! 危ねぇじゃねぇか」

「あらあら、まぁまぁ。すっかり忘れてました。最近忘れっぽくてねぇ」

「気をつけろよ。オレ様がガスの火を消してなかったら、どうなっていたことか」

「ご面倒おかけしました。それであなた様はどなた?」

「オレか? オレ様はフライパンだ」


 ばあさんは、きょとんとした顔をしている。


「あらあら、まぁまぁ。最近のフライパンは、人間みたいな姿をしてるのねぇ」

「にんげん……?」


 食器棚のガラスに映るオレ様の姿。ばあさんが言う通り、フライパンではなく、人間の姿をしている。コックコートを着ていて、シブくてイケてるおじさんだ。


「オレ、人間の姿になってる……?」


 ばあさんを助けたいと思ったオレ様の願いを、神様が叶えてくれたんだろうか? それとも、悪魔の気まぐれか?


「フライパンさん、はじめまして」


 何を思ったのか、ばあさんはオレ様に向かって丁寧に頭を下げた。


「はじめまして、じゃねぇよ。オレ様は、ばあさん愛用の鉄のフライパンだぜ。毎日会ってるじゃねぇか。台所でな」

「台所で……? そうだったかしらねぇ?」

「忘れてるのかよ……」

「最近、忘れっぽくてねぇ」


 ばあさんは頭をかきながら、はずかしそうに笑った。


 最近のばあさんは、いつもこんな感じだ。記憶が曖昧なようで、大切な思い出も、すっぽりと抜け落ちてしまっている。足腰も悪くなっているらしく、調理中に、「どっこいしょ」と座ってしまうことも多い。


 たぶんきっと、ばあさんの先はそう長くない。のんびり、ゆったり作る料理に気長につき合いながら、ばあさんが今日にも倒れてしまわないかと、ずっと心配していた。


「鉄のフライパンだったら、『てっちゃん』さんね。てっちゃんさん、一緒にお茶でも飲まない?」

「て、てっちゃん……?」

「だって、あなたは鉄のフライパンなんでしょう?」


 オレ様に妙なあだ名をつけたばあさんは、のほほんと笑っている。どこか懐かしさを感じる、ばあさんの笑顔。ばあさんの笑った顔が大好きだ。なぜならばあさんはフライパンであるオレ様に、にこにこと笑いながら、優しく話しかけてくれていたからだ。


「フライパンさん、今日も黒光りしてステキねぇ。きれいにお手入れしてあげるわね」

「やさい炒めがとっても美味しくできたわ。ありがとうね」

「久しぶりにオムレツを作ってみるわ。上手にできるよう、見守っていてね」

「今日もありがとう、フライパンさん。また明日もよろしくね」


 ばあさんの優しい笑顔は、オレ様の希望で、存在する理由だった。ばあさんのためなら、オレはなんでもしてやるし、何にだってなってやる。


 オレ様を人間の姿にしたのは、神様なのか悪魔なのか、それとも悪霊や妖怪なのか。奇跡なのか、一時の気の迷いなのかはわからない。だが、なんだっていいさ。そいつらに感謝するよ。これでばあさんの晩年に、少しだけ寄りそってやれるのだから。


「ばあさん、茶ならオレ様がいれてやる。だからそこの椅子に座って待ってろ」

「あらあら、お客様にそんなことしていただいていいのかしら?」

「だから、お客様じゃねぇっての。……まぁ、なんだっていいさ。ばあさんと一緒にいられるならな」


 こうしてオレ様は、フライパンでありながら、人間の姿を得た。


 さぁ、ばあさんのために茶を……あれ? お茶ってどうやっていれるんだ?


「なぁ、ばあさん」

「なぁに、てっちゃんさん」

「『さん』はいらねぇ。てっちゃんでいい」

「わかったわ、てっちゃん」

「あのさ、茶ってどうやっていれるんだ……?」

「あらあら、まぁまぁ。てっちゃん、お茶のいれ方、わからないの?」

「すまん……」


 ばあさんがお茶をいれるところはいつも見ていたし、簡単にできると思っていた。でも見ているだけと、実際にやるのは違うものなんだな……。オレ様はフライパンだし、フライパンを使った料理なら自信あるが、フライパンで茶をいれたことは一度もない。茶のいれ方とか、これから覚えていかないとな。


「てっちゃん、お茶どうぞ」

「すまねぇな、ばあさん」

「お茶菓子もあるわよ。どうぞ」

「おう。ありがとな、ばあさん」


……って、おいおい。ばあさんを労ってやるつもりが、これじゃあ逆だよ、もてなされてるよ。このままじゃ、人間になった意味がない。どうにかしないと。


「そうだ、ばあさん。フライパンでなにか作ってほしいものはあるか? 何でも作ってやるぜ!」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  ▼▼▼ 第12回書き出し祭り 第3会場の投票はこちらから ▼▼▼ 
投票は5月8日まで!
表紙絵
― 新着の感想 ―
[良い点] フライパンなのに擬人化されている!! [一言] 夏目漱石を捩ったあらすじの出だしで、くすっとなりながら、でもフライパンだよね、フライパンなんだよね、と思いながら、やっぱりなぜフライパンにほ…
[良い点] ほのぼの…(*´艸`*) おばあさんを思うあまり人になるなんて…新しい付喪神! でもおばあさんとはちょっと噛み合わなくて、そこもまたほのぼの…(*´艸`*) お茶も淹れられないフライパ…
[良い点] すごい面白いです……! これは続きが気になるーー! ぜひぜひ続きを書いて欲しい作品です! おばあさんのフライパンで作って欲しい料理ってなんでしょう? 思い出の味? それともいつも作ってる…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ