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『召喚カード』と挑む底辺リーマンの『現代ダンジョン』攻略記

ダンジョンの出現により現代社会と同レベルの発展を遂げた異世界。死物狂いでブラック企業に務める底辺リーマンのヤスタケは、ダンジョン踏破を夢見ていた。

いよいよダンジョン攻略に必須とも言える、召喚カードガチャを回す資金も貯まり、決死の覚悟で挑んだガチャ結果は……なんと、出現率たったの2%以下の【レアカード】だった!

だが喜びも束の間……カードをよく見れば、それは世間的には【残念R】と揶揄されるポンコツ召喚カードだった!?

元社畜の脱サラ挑戦者ヤスタケと残念Rアレンビーのデコボココンビによるダンジョン攻略が今始まる!

 深夜二時。よれよれのスーツを着崩した男が古びたアパートの一室に転がり込んだ。


 春先のツクシのように伸びきった無精ヒゲに、青アザのごとく色付いた目の下のクマを見れば、さながらリストラされたその日にカツアゲもされた哀れなサラリーマンの有様である。

 だが事実は少し異なる。


 この男は今しがた、108日連勤の超絶激務を成し遂げたところであり、そして既に、109日目へのカウントダウン真っ只中なのだ。

 本来ならば玄関先で突っ伏して、這いずりながら寝室の布団の中に潜り込むのがここ最近の日課だった。


 しかし今日の彼は、一味違った。


 男はおもむろに、コンビニで買った安物の栄養ドリンクをカシュッと開けて一気に飲み干し無理矢理にでも目をギンギンに覚醒させて、マグマのように熱いシャワーを浴びて、これまた今しがたコンビニで買ってきたばかりのカップラーメンを三つも平らげた。


 死んだ魚のような黄色く濁っていたその男の目には、すっかり生気が漲っていた。


 ――苦節十年。

 ぽつりと呟き、男は自らの預金通帳を眺める。 


 通帳の名義には『陸奥ヤスタケ』の記載。預金残高は400万円を超えていた。最新の振込日は今日の日付だった。

 ヤスタケはその金額をご満悦に眺めて、静かに「グフッ」と笑う。

 ついつい決意が口からこぼれる。


「これで遂に、ガキの頃からの夢だったダンジョンに挑むことができる……今までよく頑張ったよ俺……!」


 ヤスタケは心の中で叫んでいた。

 実際に大声でもって自身を祝福したい所だが、そんなことをすれば隣人に壁を叩かれ怒鳴られることは明白だから止めといた。

 ただ静かに熱意を燃やして、何冊ものダンジョンに関する本を手に、寝ずにそれを読み明かした。


 ――翌日、会社へ赴くと、上司の机に辞表を置いて退職した。

 突然の事に、昨日までのヤスタケと同じ顔付きをする社員の誰もが、死んだ魚の目で彼の背中を見送った。




 この世界はダンジョンによって発展を遂げた。

 ダンジョンに眠るアイテムにより化学は著しく進歩し、人々の生活を豊かにした。


 自動車に船に飛行機……。巨大な金属の塊が高速で陸海空を行き来するなど今となっては当たり前だが、それもダンジョンが出現するほんの五十年前には想像すらできなかったことだ。


 戦争によって他国から資源を奪い合う時代は終わり、ダンジョンから資源を採掘する時代へ……。

 そして現代。

 ダンジョンは――人々を熱狂させる一大娯楽施設となった。


 国はダンジョンを人々に開放した。

 挑戦者には成果に見合った賞金と、ダンジョン内で得たアイテムの一部が与えられた。一攫千金も夢ではなかった。

 ヤスタケは、そんな冒険者となることを幼少から夢見ていたのだ。


 会社からの電車を乗り継ぎ三十分。

 上司の鬼電に無視を決め込み、ダンジョン施設の最寄り駅に到着。


 ドーム状の施設の周りにはいくつもの商店が軒を連ねている。駅近辺はブランドや日用品の小売店が大半だが、しかしダンジョンに近付くにつれて、他では見られない、独特な店舗が増えてきた。


 武器のカワシマ。防具屋AEGIS。ダンジョン雑貨専門店。

 それぞれの名に見合った商品が展示されている。


 しかし真っすぐダンジョンへと向かうヤスタケの目にそれは映ってはいない。

 ダンジョン施設の自動ドアを潜り窓口へ赴くと、すぐに受付嬢が対応してくれた。


「いらっしゃいませ、『町田ダンジョンズ』へようこそ! ご用件をお伺いします!」


 ニコリと営業スマイル。さりげなく青いキャップを被り直す際に、お団子にまとめた髪が見えた。


「挑戦者の手続きをしにきました」

「……はい? 挑戦者、ですか? えーと、どなたかの代理の方でしょうか?」


 自身の恰好の場違いさに今頃気づいた。

 スーツ姿の挑戦者など聞いたこともない。


「すみません。こんなナリをしていますが、挑戦者は俺です」

「あ、そうだったんですね! 失礼いたしました。……ちなみに、武道の階級や軍事経験、その他、死と隣り合わせの危険に身を置くお仕事の資格などはお持ちでしょうか」


 当然、ヤスタケにそんなものは一切ない。

 108日連勤という死と隣り合わせの仕事をこなしたことは確かにあるが、それは意味が違ってくる。この受付嬢が言っているのは、まさしく物理的に、ダンジョンに挑むほどの実力がある人物なのかということだ。

 素直に首を振る。


「ありませんね」

「……誠に残念ではございますが、ご自身で資格を身につけるか、各資格持ちの方とパーティーを組んで頂ければ再考の余地はございますので、今回はお引取りくださいませ」


 そりゃこうなる。

 だから当然、彼は別の手段を選ぶのだ。


「――ガチャを引かせて下さい」


 それこそ、ダンジョン攻略する上で最も重要とされる――召喚カードガチャだった。


 ダンジョンと共に突如として現れたそれは、一定の金額をガチャに捧げることでランダムに召喚カードを排出する。

 そして召喚カードから具現化するのは……強力無比な力の権化!


 ヤスタケ自身には確かに戦闘の素質はない。だがガチャを回すことで召喚カードを得ることが出来れば、それは紛れもなく、ダンジョンに挑む資格を有するのだ。


「本気ですか? このダンジョンで引けるのは、百万円のガチャとなりますが」

「わかってます」


 証拠と言わんばかりにヤスタケは札束をドンとカウンターに置いてみせた。

 ごくりと息を呑む受付嬢は、数秒だけ考える素振りを見せてから、一息つく。

 ニコリと微笑む。


「……かしこまりました。それでは『ガチャの間』にご案内いたします!」


 受付嬢に従い施設の奥へと通される。

 何人もの警備兵の厳戒態勢のもと、部屋の中央に設置された一台のガチャ。


「それでは陸奥様。お手持ちの百万円をガチャに捧げて、レバーを回してください」


 その言葉通りにガチャのトレイに百万円を置くと、たちまちそれは吸い込まれていった。

 長年汗水垂らして稼いた現金があっという間に消えていった光景に、ヤスタケは少なからず心の奥で後悔した。


 しかしそんな感情も、レバーに手をかけた瞬間に全て忘れ去ってしまう。


 今あるのはただ、このガチャから、どんな召喚カードが排出されるのか。

 彼の心は、期待と緊張に打ち震えていた。


「……いきます!」

「はい、どうぞ!」


 意気込んでレバーを回す。

 半回転ごとにガチャリガチャリと音を鳴らして、そして……唐突に、ガチャはピカッ! と一瞬輝いた!


「うお、こ、これは……!」


 光の最中にカードが一枚。ガチャから頭を覗かせる。

 それを恐る恐る引き抜くと……。


――


レアリティ:R

タイトル【漆黒の魔女・アレンビー】


――


「レアカード!? うそ、まさか一発で!? いや、でもそれは……」


 受付嬢が感嘆の声をあげる。

 召喚カードにはレア度が存在する。N・AN・R・SR・SSR・URと並び、後者になるにつれてカードの性能が向上し、かつ排出率が大幅に下がっていく。


 今回、このダンジョンに設置されたガチャから引ける最高レアリティはSRだが、出現率は0.01%に設定されている。

 次点のRだとしても、2%以下だ。


 格闘技の段位や軍事経験などを有する一般人は、せいぜいダンジョンの最低ランクの階層までしか案内されることはない。そうだとしても毎年一定数の死人は出る。


 本気でこのダンジョンの踏破を目指すならばこのガチャを引き、R以上を手にすることが必須条件だった。

 ヤスタケは見事に一発でそれを満たしたのだ。


 ……だが、その場にいる皆の顔は、なんとも微妙な、浮かばれないものだった。

 コホンと、受付嬢が問いかける。


「陸奥様。そのカードで、本当にダンジョンに挑戦しますか? ……はっきり申し上げますと【漆黒の魔女・アレンビー】は、ダンジョン攻略には適しておりません」


 ヤスタケの引いた召喚カードは……ことダンジョン攻略においては『残念R』として割と有名なカードだった。性能が尖りすぎていて、洞窟のように狭いダンジョン内では持ち味を活かしきれない。

 ヤスタケもそれは予習済みだった。なんなら、一通りのRカードは性能を丸暗記している。


「ええ、分かってます」


 その上で、彼の決断はこうだった。


「――ならばあと三回、ガチャを引きます!」

「ええ!?」


 ヤスタケは懐から残りの札束を全部取り出した。


「構いませんね!」


 受付嬢の「どうぞ」を待たずして、ヤスタケの手は既にガチャへと向かっていた。

 そして一気に、三百万円がガチャに溶けていく! ガチャリガチャリとレバーが回る!


――

レアリティ:N

タイトル【微笑み猫】

――

レアリティ:N

タイトル【勤勉な男・テツオ】

――


 一、二枚目は共に最底辺カード! 誰もが泣きの三枚目に、手に汗を握った!


 そして現れたのは……奇跡だった。




――

アイテムカード

タイトル【ポケットティッシュ】

――


「……え?」

「うそ、ガチャでこれ、初めて見た……駅前でよく配って……ブフッ!」


 堪えきれない受付嬢の含み笑いを皮切りに、警備兵までもがクスクスと笑いを漏らす始末となった。

 ヤスタケは、百万円のポケットティッシュを、ただ呆然と眺めた。


「む、陸奥様。いかが致しますか? 挑戦されますか?」

「ええ、もちろんですよ……はは。やってやりますよ!」


 今更もう引き下がれない男の、脱サラダンジョン攻略記がここに開幕する!

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― 新着の感想 ―
[一言] おもしろい。 失礼ながら、タイトルとあらすじは、ぜんぜん惹かれませんでしたが、男として、このお話の流れはすごく燃えます。 激務に耐えて貯めたお金で引いた、残念と言われる召喚カードがどんな働…
[一言] 現代日本に異世界のダンジョンが出現するのではなく、異世界に現代(日本かな?)のダンジョンが出現するパターンなのですね。 「日本に異世界ダンジョンができたのでブラック企業を辞めてダンジョンに…
[良い点] ガチャまじ恐ろしいな!Σ(゜Д゜) 現代と異世界とが融合された世界観。それでもダンジョンは一獲千金の場所で、そこに行くためにブラック企業で頑張れるほど。もうここで主人公の根性がすごい。 …
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