電子の海で、機獣は吠える
自立二足歩行型戦闘人形、通称マリオネットの操縦者を育成する国立操縦士マリオネッター養成横浜分校の生徒、アキラ・シンドウは、義理の兄クリスとその恋人であり密かに想いを寄せているハルカと共に訪れた繁華街で、テロの計画を練る集団に遭遇する。
徹底した電子管理社会に風穴を開けるべく活動する彼らに共感し精力的に会議などに参加するクリスに対し、アキラは自分の操縦技術を磨くことに尽力していた。
そんなある日、アキラとクリスにテストパイロットの要請が舞い込む。事情を知らないまま機体に乗せられ、戦闘シミュレーションを終えた彼らが見たニュースではシミュレーターで見たものと同様の破壊が行われた市街が映っていた。
心通わせた者たちの死に心を痛めたアキラは戦闘人形を強奪、クリスを旗頭にした反体制活動へと身を投じていく事となる。
「はあっ、はあっ、ここまで、来れば……」
遮蔽代わりのビルに身を隠し、ゆっくりと息を吸って、吐く。焦りを隠しきれない少年はついでに悪態も吐いた。
「クソッタレ! 二人落とされちまったら勝負にならん!」
生産性の無いぼやきには、少年が駆る戦闘用機械人形、アーク・ケルベロスのメインオペレーティングシステムからの無機質で冷静な音声が返答する。
「肯定。三対一のこの状況において我々の勝率はパーセンテージにして……」
「アーク、やかましい! なんかねえのか、なんか」
少年は寒々としたコックピットの中、コンソールを必死にスクロールさせ解決方法を探る。しかし、その足掻きは網膜に投影された警告信号とビープ音で中断させられた。
「アキラ、噴射音。三時と九時の方向」
「わーってる! ひとまず迎撃する!」
「非推奨。指定したポイントまでの再度の後退を提案」
操縦士である青年、アキラ・シンドウは視界の端に映る市街地のミニマップをちらりと見る。合成音声から示された場所は高層廃ビルが林立し、囲まれはするものの入り組んでおり人数不利を覆すのに最低限の条件を備えている立地だった。
「迅速な判断を」
文言は簡潔だが聞いた者を落ち着かせる音声での進言に、アキラは部分的に応じた。
「了解! だけどまずはこいつの戦力を削いどく!」
アキラはハンドルを握りしめ、主機の回転数を上げる。同時にコンソールを操作、機体の主腕が突撃銃を掴む。
その瞬間、物陰から猛禽を思わせる頭部と空気抵抗を考慮した流線形の美しいフォルムの敵機、サンダーファルコンが飛び出してくる。
強襲に合わせ、アキラは二インチ口径の突撃銃を三発点射。猛禽は身を翻しそれを回避する。
「っそこだ!」
回避の軌道を瞬時に計算し、アキラは超高速で信号を叩き込む。するとケルベロスの名を冠した機体は副腕でナイフを取り出してから横薙ぎに振る動作を途中でキャンセルされ、強化カーボン製の刃が投擲された。放り投げられた黒いナイフは、サンダーファルコンの腰部スタビライザーに吸い込まれるように突き刺さる。
姿勢安定を欠いた敵機にアキラは追撃を図る。
しかし。
「もらっ……」
「警告。背後にクリス機」
「ちいっ!」
孤立していたアキラを挟撃するべく別の敵機、敵のリーダー機であるミラージュがさらに接近してくるのを、アークが報告する。
返事をする間も惜しいとばかり、アキラは先ほどから戦っていた方の相手へとケルベロスを突っ込ませる。
「おっ、らあああああっ!」
背部、脚部のスラスターをフル稼働させ最高速で猛禽を追い抜いた地獄の番犬は、左右の腰部スタビライザーをそれぞれ逆方向に噴射、機体を半回転させて敵の背部スラスターに銃弾をしこたま叩き込む。
そして背後で爆発音が鳴るのに構わず、撃墜した敵機を盾に射線を切りながらマップの指定ポイントに撤退する。
「一機撃墜。これにより勝率が約二十パーセント上昇」
「元はどうなって……あー、言わんでいい言わんでいい」
「了承。先ほどの交戦によりナイフ一本を喪失。また、残弾数から装填を推奨。左脚部関節に基準値を超える損耗を検知」
機械音声に相槌を返さず、アキラはアサルトライフルをリロードする。
青年が呼吸を整えながらマップで区画を確認していると、再度警告が網膜に映った。
「クリス機接近」
「あと一機、ハルカはどこだ!?」
「未捕捉。レーダー探知を阻害していると推察。狙撃を警戒、大通りを危険区域に設定、入り次第アラートを鳴らす」
舌打ちをこらえ、アキラは相棒に指示を出す。
「俺の体がどうなっても構わんから、区域に入ったらお前がオートで機体を戻せ」
「了解。さらに警告、噴射音至近」
「りょう、かい……っ!」
アイドリングさせていた主機の出力を上げ、ビルの隙間を縫うようにしてアキラはケルベロスを疾駆させた。
音速を超える速度で一つ、二つと灰色の建造物が視界を過ぎるうち、熱源反応をレーダーが捉える。苦々しい声がアキラの喉を突いて出る。
「ミラージュ……!」
捕捉から青年が敵機の名前を呟き突撃するまで、コンマ一秒のズレもなかった。
「行くぞっ! アークッ!」
「了解、副腕動作を補助」
「おおおおおっ!」
片方の主腕にアサルトライフル、二本の副腕にミサイルランチャーを携え、地獄の番犬は蜃気楼に向けて牙を剥く。
先手はアキラ。誘導ミサイルを敵機近くのビルに打ち込んで足止め、それから頭上を取るべくスラスターを噴射。
それを読んだかのように敵機は崩落するコンクリートを傘にしながら後退する。視界から消えたミラージュを、アークの進路予測と照らし合わせてアキラはすぐさま見つけ出す。
しかし、そこに行くまでの経路に先ほど設定した危険区域が含まれていた。このままの速度で突っ込めば、あと十秒でそこを横切る計算になる。
もちろん、狙撃が予見されるからと言って必ず撃たれるわけではないし、撃たれたところで必ず当てられるというわけでもない。
だが、間違いなく誘われている。文字通り伸るか、反るか。明らかに選択肢を狭められていた。
「セオリー通りだな、ちくしょうめ」
おいアーク、と青年は投げやりに指示を出す。
「一回だけ、戻せ」
「了解」
短く応じた相棒にアキラは全権を託す。そして今は顔の見えない相手に向けて、吠えた。
「目にもの見せてやるよ、クリス、ハルカ……ッ!」
スラストレバーが思い切り前に倒され、獲物を前にした番犬が駆ける。速度が乗り始め、危険区域に入る、その瞬間。
「ぐ、うぅっ……!」
通りに一瞬体を出したケルベロスが、まるで勢いよく首輪を引かれた犬のように急制動させられる。それから、飛び出していれば間違いなく当たっていたタイミングでアキラの目の前を一発の弾丸が通り過ぎた。
狙い澄まされた一撃を、完全に回避した。リロードに掛かるはずの三秒を潜り抜けるように、アキラは再度スラスターをフルスロットルさせる。無事に危険区域を抜け、ミラージュとの一騎打ちに持ち込むことに―――
―――失敗した。
「そんなん、アリかよっ!?」
ミラージュがケルベロスに急接近。密着するような態勢からナイフで左下腿部を切断。それからケルベロスを絡めとるように抱き着いた。距離が近すぎて、互いに有効打が無い。
「このっ、離せっ!」
「警告。ハルカ機……」
「……っ!?」
そしてナイフを取り出す前に危険区域に押し出され、あっさりとコックピット部分を再度の狙撃で撃ち抜かれた。
バツン、と音がしてアキラの視界が真っ暗になる。アークのものとはまた違う電子音が告げる。
「状況終了。マリオネッター候補生は直ちにシミュレーターから退出してください」
「ちっ、くしょうっ!」
青年は、コンソールに固く握った拳を叩きつけた。
網膜投影用のコンタクトを外してシミュレーターから出ると、割れんばかりの歓声がアキラの疲労した体を叩いた。
興奮した声の肉声のアナウンスが場内に響き渡る。
「ついに決着しました! 操縦士養成校対抗戦決勝! 優勝したのは……」
「……ちっ、また負けたよ、兄貴、ハル姉」
そう吐き捨てて、敗者は会場を後にした。
国立操縦士養成横浜分校の窓口である埠頭に、二人の青年と一人の女がいた。
コンクリートの壁で囲まれた海を向いてやさぐれているのはアキラ。その後ろで腕を組んでいるのはクリス・シンドウ。アキラの義理の兄であり、最大のライバルだった。
「いやあ、今回もボクの勝ちだね。アキラ」
「表彰はいいのかよ」
「済ませてきたよ。撃墜王なのに記念撮影で中指立てて追い出された男と違ってね」
「もー、あんまりやんちゃしちゃメッ、だよ。アっくん」
「うるせえよ、兄貴もハル姉も」
敵機撃墜数最多で表彰されるはずだったはずの青年は、兄とその恋人、兄弟にとって幼馴染であるハルカ・キリュウの諫言を聞き流す。しかし、思わぬところから援護射撃が飛んできた。
アキラがポケットに入れていた手のひらサイズのデバイスから、アークの電子音声が鳴る。
「アキラ。クリスとハルカの指摘も最もだ。キミはカッとなる癖を直した方がいい」
「う、る、せ、え!」
「あっ、電源を切るのはやめたま……」
アークの抵抗空しく、音声は途中で遮られた。デバイスを乱雑にしまったのを見て、クリスがため息を吐く。
「父さんの遺産なんだから、あんまりぞんざいに扱うなよ」
「……ふん、俺の勝手だろ」
弟の返答を聞いた義兄は肩を竦めた。
「ま、潮風で頭冷やしてこい。行こうか、ハルカ」
「風邪とか引かないようにね、アっくん」
言葉では応じず、終始年下扱いだった青年は背中越しに、仲睦まじい二人に向けて手を振った。
「はぁ……」
コンクリートに胡坐を掻いて座り込み、大きく息を吐いたアキラの耳に、また電子音が響く。
「安堵を検知。人と離れて気が休まるとは、変っているなキミは」
「勝手に電源つけるな!」
「人間観察はキミの父上の命令だ。キミのプライオリティでは解除できない」
「はいはい、そーですか……」
頬杖をついて海を見る。ぼんやりとした視線は焦点を結ばない。
ぼーっと波を眺めること五分。青年はよし、と膝を叩いて立ち上がる。
「反省会するぞ。ダイキとリョウを呼び出しといてくれ、アーク」
「了解。会議開始を七分後に設定」
「次こそ絶対勝つ」
「当然だ。勝とう、アキラ」
幾度目かの敗北を経て、一人と一基は新たな一歩を踏み出す。
その足取りは、未来への希望に満ちていた。





