エスケープ・プリズン!
アデルガルド監獄。
その監獄からの脱獄は不可能と言われている。
四方20mを越える鉄壁の石壁によって覆われた難攻不落の要塞。
毎日厳しいチェックが入り、不自然な物があれば即懲罰房行き。
最新鋭の魔道具により、脱走者を即座に感知するシステムも完備。
仮に脱獄出来たとしても、外に広がるのは常識が通用せず、モンスターが跋扈する異世界。
異世界に召喚された非力な日本人たちは、絶望を抱きながら今日も労働へと駆り出される――――――。
「よう看守。この水玉パンツで手を打たないか。今なら花柄パンツもおまけで付くぞ」
そんな監獄に突如として現れた一筋の光。
パンツを作る魔法を持った男を筆頭に、愛すべき馬鹿4人は今日も監獄を愉快に引っ掻き回す。
シリアスかと思いきや普通の異世界コメディ、ここに開幕。
本日も晴天なり。
澄み渡る青い空をゆったりと流れていく白い雲は、今日もこの世界が平和という証拠である。
夏の始まりを告げる蝉の声にそっと耳を傾け、風情を感じながら石造りの壁に寄り添うと、静かに息を吐きだした。
――――今日も平穏な一日だなぁ。
『脱獄!脱獄!!男の囚人四名が脱獄した模様!!囚人番号【40】、【100】、【774】、【841】!!今なら晩飯抜きで済ませてやるから出てこい馬鹿ども!!!!』
――――その時、平穏とは程遠いけたたましいサイレンの音が、蝉の声を遮って辺りに響き渡った。
うるさいなあ、全く。
折角この世界に慣れ始めてきて、初めての夏の到来だ。これから俺達は夏の到来によって解放された可愛い女の子たちの水着姿を見て目の保養をしようとしているのに。
うんざりした顔でため息を吐いた俺に、隣に立っていた運動部らしいがっしりした肉体の男……囚人番号【100】ことトーマは頬を引きつらせていた。
「ヤヨイ、看守の足止めはどうした?」
「なあに、看守の野郎ならとっておきの水玉パンツでイチコロよ」
どや顔でそう言い放つ俺に対して、トーマは頬を引きつらせたまま。
「現にミスってるからサイレンが鳴ってるのでは?」
「うーん、今日は水玉の気分じゃなかったのかぁ……」
どうやら俺が看守を釣る為に差し出した生贄のパンツは無意味だったらしい。
折角この世界に来て初めて作った思い出の水玉柄のパンツだったというのに、看守の野郎は懐に忍ばして見逃す程の器は持ち合わせていないようだった。ったく、器の小さい男だぜ。
やれやれとばかりにオーバージェスチャーをしたトーマはため息を吐くと。
「だから俺はあれほど黒のセクシー系で攻めてけと言ったのに」
「そういう問題じゃ無くない?」
俺とトーマのやりとりに、周囲を見回りしていた囚人番号774……ナナセが呆れたような目線を向けてくる。
「ナナセ、看守達の様子は?」
「取り敢えずは大丈夫かなぁ、いざとなったら僕の魔法で何とかするよ」
ナナセの言う魔法とは、『二十歳まで貞操を守り通して得る事が出来る物』では決してない。そして、このナナセという男が17という歳になってまで中二病を拗らせているわけでもない。
本当に、文字通り魔法……男なら一度は憧れる奇跡の産物を、この世界では使う事が出来るのだ。
「でもそれはシュウとセットじゃないと使えないだろ?」
「そこはまあ何とか……。というか、その件のシュウはどこ行ったんだろう?」
ナナセの言葉でようやく気付く。俺達が所属している105号室の最後の住人、囚人番号40ことシュウの様子が見当たらないので、周囲を見回してみるがその姿は見当たらない。
あ、もしかしてあいつ自分の魔法を活かして一人だけ先に見に行きやがったな!?
トーマは頭痛がしたのか頭を片手で抑えるが、すぐに気を取り直して手を叩く。
「シュウの事は取り敢えず置いておこう。もう一度今回の任務を再確認しようぜ。俺達の任務は!?」
「「夏の訪れという事ではしゃいでいる女の子達の水着姿を拝む事!」」
「その為に必要な事とは何か!?」
「「看守に見つからずにプールサイドまで忍び寄り、女の子のえちえちな姿を見に行く事!!」」
「よぉし、確認したところで早速躓いてるんだがマジでどうしよう!?」
「「作戦強行!作戦強行!!」」
「よぉし馬鹿ども!!お前達の硬い意思は再確認した!!俺の後に続け!!」
俺達の意思を背負ってかっこよく一歩歩き出したトーマだったが、次の瞬間。
ズドォォォォン!!
空から勢い良く飛んできた何かがトーマの頭部に勢いよく衝突し、凄まじい音と共に地面にクレーターを形作ってめり込んでしまった。
衝撃で砂ぼこりが舞い、腕で顔を塞ぐ。砂ぼこりでけほけほと咳き込みながら、細目を開いてみる。
すると、かろうじて生きているらしく、身体を痙攣させているトーマの上にゆらりと影が蠢いた。
砂ぼこりがゆっくりと晴れていき、何となく察していたその正体を見て苦笑いする。
「よーう馬鹿ども、楽しい楽しい懺悔の時間だ。……言い残したい事は?」
飛来してきた黒い影の正体――――俺達105号室の囚人を統括する愛すべきバ看守は、明らかに囚人を制圧する事を目的としたゴツゴツしたレッグアーマーから青白い電気をまき散らしながら、こちらへと獰猛な笑みを向けた。
俺は首を傾げながら、看守へと視線を向けると。
「懺悔って許してくれる前提の単語じゃなかったっけ?」
「脱獄したお前達に対して譲歩出来ると思うか?」
うーん、どうしたものやら。
こめかみに青筋を浮かべている様子を見ると、到底許してもらえるものではないのだろう。多分今回の脱獄も看守自体の評価に関わってくるだろうし。
「でもさ看守、女の子の水着姿って定期的に見たくなるもんじゃない?」
「見たくなるとは思うが、それとこれとは話が別だ」
くそ。看守の野郎、相変わらず頭が固い奴だ。
「じゃあ、話題を変えようぜ。今回の失態に関しての看守の責任問題について話し合おうか。そもそも、自由時間を男女合同にさせれば今回の事象は発生しなかったわけなんだが」
「……まあ、一理ある。だがな、なんで急に俺の話題に変えた。露骨すぎだろ」
「もし男女合同にしてくれたのなら俺達がこうして脱獄する事も無くなるわけなんだが?そこんとこ理解してる?ねえ、どうなのよ?」
「無理矢理ゴリ押そうとしても無駄だからな?お前達なんでそんな強気なの?立場分かってる?」
「「すいませんでしたーーー!!!」」
お願いですから足からバチバチ電気を迸らせるのはやめてください。こっちの世界に来てから身体は頑丈にはなったけども、その状態で蹴られると滅茶苦茶痛いのには変わりないんです。
「いやでも看守、考えてもみて下さいよ。俺達、男だけのむさっ苦しい房にぶち込まれてるんですよ?少しは女の子と交流しないと心が荒みますって」
「……それで過去に問題を起こした前例があるから分けたのが現状だ。明らかに社会不適合者のお前達を解放したら、何をするか分からんからな」
何を馬鹿な事を。その過去に問題を犯したという脳みそ猿野郎はともかく、俺程紳士な男はいないぞ?共同生活していたら廊下の角でぶつかって変な所を触っちゃったりだとか、偶然倒れ掛かって覆いかぶさったりあわよくばくんかくんかなんて一ミリも考えてないんだからねっ!
……あれ?もしかして私……煩悩塗れすぎ?
「そこを何とか!ちらっと見るだけでも満足なんです!!」
「駄目なものは駄目だ。40番のようにさっさと房に戻れ。さもないとお前らの晩飯だけじゃなくて朝飯も抜きにするぞ」
ああっ、シュウの野郎!!気付かれたと思ったら速攻で白旗上げやがったのか!!裏切り者め!!
だが、ここで引いてしまっては男が廃る。どうにかして交渉を成立させないと。
「この分からず屋!!人でなし!」
「囚人のお前がそれ言う?」
ナナセが看守に向かって叫ぶが一蹴されてしまう。のらりくらりとかわされてしまう看守の回答に苛立ったらしいナナセは、キッと看守を鋭く睨みつけると、彼自身が持つ魔法を発動した。
看守は目を見開くと、すぐに制圧できるように足に電撃を迸らせる。
ナナセの持つ魔法、それは【消音】。自身が発する音を完全に消し去る魔法で、本来であれば隠密行動に適した魔法だ。
だが、この場においてそれは殆ど意味を為さない。一体何のためにこの場で発動させたんだろうか?
「(早〇)!(童〇)!」
「……魔法の使い道間違ってない?」
どうやらこいつは看守に暴言を吐く為だけに使ったようだ。
なんでもっと有意義な事に使わないのだろうか……。
ちなみに口の動きで大方の内容は把握したらしく、看守は回し蹴りを繰り出し、ナナセも仲良く地面へと突き刺さった。それは自業自得かなぁ……。
はぁ、と一つため息を吐いて懐に手を伸ばす。
「看守、こうなってしまっては仕方ないな」
「……なんだ、やり合うつもりか?」
拳を握り、じりじりと看守に近寄っていく。俺の拳を警戒するように、看守が身構える。俺はゆっくりと距離を詰めると、看守の手を鷲掴み――――!
「とっておき、だぜ☆」
俺の秘蔵中の秘蔵の一品、黒のセクシー系のパンツを看守に握らせる。
手の内に握らせられた黒のセクシーパンツを見てポカンとした表情を浮かべる看守。
その表情を見て満足気に頷いてから、地面に額をこすり付けて土下座を敢行する――――!
「これで何とか!!!」
「何とかなると思う?」
「知ってたよね!」
看守はパンツを投げ捨てると、凄まじい速度で踵落としを繰り出し、そのまま俺の頭は他二人と同様に地面へとめり込んだ。
「100番、774番、841番は今日の晩飯は抜き!!加えて今日の作業時間は今お前らが突き刺さった地面の修繕!!夜は房に戻らず、懲罰房で正座になって反省してろ!!」
「「「はーい」」」
◇
その日の夜。
「いつになったら脱獄できるのかねぇ」
律儀に正座をしたまま反省(仮)をしている最中に、ぽつりとナナセが呟いた。
「こんなバカな事をしていたら一生出来ないと思うんだが」
「違いない」
くすりと笑うナナセに呆れたようにため息を吐く。
(なんでこんなことになったんだろうな)
視線を月の光が差し込む窓へと向けると、感傷にふけるように、この世界に来た時の事を思い出していた――――――。





