オトメカニカル~少女が地球最後の一人になるまで~
地球からはるか上空――宇宙空間。大型のロボ【Di-Va】を操縦し、少女が一人、戦っていた。
二××三年、地球は既に滅び、少女が人間最後の生き残りと思われる。
外宇宙から来た生命体【キャンサー】はまだたくさん生き残っており、抵抗も無駄だというのに。
仮に生き延びても、生きる術など残されていないはずなのに、なぜ彼女は戦うのか。
気力だけで戦っているうちに、少女はふと、過去を想う。
これは、現在に至るまでの少女の記憶をたどる物語――。
序曲~オーバーチュア~
二✕✕三年、五月——。
青い星が、宇宙に浮かんでいる。
もう、誰もいない星。私の住んでいた地球。
周りを見渡すと、見慣れた機械の残骸が、そこかしこに浮いている。
生き残ったのは、どうやら私一人みたい。
ヤバい、実感わかないや。
「ははっ……」
涙も出ないや。
悲しすぎると、出ないものなんだね。
モニターには、親より見慣れた地球外生命体【キャンサー】の群れ。
助かる見込みなんて、ない。
だからって、どうする? このまま逃げる? どこへ?
それに、逃げないって、あの日に決めた。
――すぅっ。
息を、深く吸う。
「さぁっ、【Di-Va】! 最後のステージ、華々しく散ってこようじゃない!」
愛機に呼びかけ、敵陣へ飛び込む。
もう、ボロボロになった機体だろうと、あいつらは見逃してくれない。
一斉にとびかかって、とどめを刺そうとしてきた。
ガシュウゥゥウ……ジャコッ!
両腕を、上げる。
すると、操縦者と動きを連動させているDi-Vaも、両腕を上げた。
前腕部に内蔵されている光線銃が顔を出し、銃口をキャンサーに向ける。
「――♪」
私は、声高に歌う。
呼応するように、銃口に光の粒子が集まっていく。
キュウゥゥウゥ……シュガッ!
Di-Vaの武器に欠かせない要素、それは操縦者の歌。
音の波を内部拡声器で拾い、増幅・熱源変換させ、銃口から放つ!
可視化する超高熱の光線は、敵に向かって真っすぐ突き抜けていく。
キャンサーたちが気が付いて避けようとしている。
舐めないでよね。
音と光で構成された熱線、速さでそうそう勝てるなんて思わないでよっ!
「いけぇえぇえぇえ!」
気合を込めたからって、当たるわけじゃない。だけど。
少しでも多く、キャンサー(あいつら)を道連れにしてやりたい!
ドドドドドド!!
想いが通じたのかな。思ったよりも大規模な爆破が起きる。
包囲網に、Di-Vaが突っ込めるくらいの穴を開けることができた!
「~~♪ ~♪」
私は、休む間もなく歌う。
歌いながらブースターを起動して、包囲網の中に侵入していく!
一匹、二匹……と倒していくうちに、ふと。
つい数十分前まで生きていた相棒を思い出す。
下部操縦席で、脚部担当をしていたリツ――私の相棒。
機体が腹部を貫かれたときに、応答が聞こえなくなった。
今のこの状態を見たらきっと、あの子、びっくりするんだろうな。
『何やってんだよ、セン! あんたらしくねぇわ!』
そう言って、呆れるのかもしれないな。
『そういうのはあたしの役割だろ!? 天才様はすっこんでな!』
そして、また私の言葉なんて無視して、敵陣に突っ込んでいくんだろうな。
「あぁ」
リツとの思い出の数々が、記憶に蘇っていく。一緒に過ごしたのなんて、たった二年くらいのはずなのに。
いつの間に、こんなにもかけがえのない存在になっちゃったんだろう。
あんなに、嫌っていたはずなのに。
あぁ、そういえば、最悪な出会いだったっけな――。
戦闘中のほんの数瞬、だけど長く感じる時間。
私の意識は、過去へと遡った。
前奏曲~二年前~
二✕✕一年、八月某日——。
ドカッ!
「あぁ、もうっ!」
思っていたよりも点数が下がっていたので、不満を込めて筐体を叩く。
心のもやがそれで晴れるって訳じゃないけど。
ご丁寧に、訓練室の入口には「筐体は乱暴に扱わないでください」と書かれてある。
だけど、私が叩いたくらいで壊れるようなやわな造りはしていないはず。
イライラが収まらず頭を搔きむしると、肩までの黒髪をぐしゃぐしゃにした自分の姿が画面に映りこんだ。
「何やってんだろ」
考えたって意味のない事を呟いてみる。
そう、意味なんてない。だって、私はここに、半ば強制的に連れてこられたんだから。
異星人対策機関並びに戦闘用人型兵器操縦員養成学校・通称【AMO-ACTS】。
この施設の名前だ。
私はここへ、四か月前——十五歳の誕生日に連れてこられたんだ。
「いくら才能があるって言われたって、使いこなせなきゃ無能じゃん」
ここに来てすぐ、テストを受けさせられた。
身体能力とか、反射速度、あとは音程と音域だっけかな。
即座に結果が出て、係官がにこやかに結果を教えてくれたっけ。
「おめでとう! 君はDi-Vaを乗りこなす才能がある! AMO-ACTSで五指を数える点数だ!」
正直、嬉しくなかった。
だって、それって、命がけの戦いに行かなきゃならないって事でしょう?
試験で適当に手を抜けたら良かったのに。
脳波とか発汗で分かっちゃうから、本気を出さざるを得なかったんだけどさ。
「ねぇ、天才さん! ちょっとそこどいてくれない?」
後ろから、からかい交じりに呼びかけられる。
振り向くと、私より下のランクの操縦員候補生の集団がいた。
全員、蔑みの目を隠さずにやにやした表情だ。
「私、天才さんって名前じゃ無いんだけど」
態度に腹が立ち、言い返す。
すると、
ばふっ!
後頭部に、タオルを投げつけられた。
「千紘・オクターヴさん、邪魔だからどきなさいよ!」
相変わらず気に食わないが、名前を呼ばれたから仕方ない。無言で筐体のステージ部分から降りていく。
去り際に、相手のタオルを踏みつけてやろうかとも思ったが、面倒くさくなるからやめた。
ここに来てから、ずっとこうだ。
ちょっといい成績を取ったからって、教官たちはちやほやしてくるし。
それをやっかんだ周りからは嫌がらせを受ける始末。
おかげで成績は下がっていく一方。Di-Vaは基本二人乗りなのに、組むペアも見つからない。
もういい加減嫌気もさしているし、このまま適応能力なしとみなされてくれないかな。
ここを追い出されたって、帰る家も無いんだけどさ……。
「あーぁ、いっそのこと地球なんて、滅んじゃえばいいのに」
誰にも聞こえないくらい小さな声でつぶやく。
今思うと、なんでこんな事を言ってしまったのか。
だけど相棒に逢えたきっかけは、この一言だったんだ。
「ばっかじゃねーの?」
誰かが、呼びかけた気がした。
え? でも、ありえない。
今の時間、たくさんの訓練生で賑わっている。それなりに室内は騒がしいのに、何故?
今のかすかなつぶやきを拾ったっていうの?
周りを見渡しても、すぐ近くに人がいるわけじゃない。
空耳だった? いや、はっきり聞こえた。
それとも、私じゃない誰かに言ったのだろうか。それなら話も通る。
気にはなるけど、とにかくさっさと自室で休みたい。
そう思って訓練室を出ようとすると。
「無視すんじゃねぇよ、天才さん」
はっきりと、悪意を込めた口調で呼び止められた。
聞き間違いじゃなかった。
声の主を探すため、周りを注意深く観察する。
すると。
ここから二十歩くらい離れている体幹トレーニング用の筐体で。
肩甲骨くらいまでの長い髪を揺らしながら、ガラの悪そうな子が、チラチラとこちらを見ていた。
ぱっと見、動きにくそうなだぼだぼのジャージを着ている。
律佳・ソナチネ。
私と並ぶ、有名な問題児だ。
どうやら才能はあるらしいが、何せやる気がないらしく。
気が付くと教室の隅でサボっているのを、よく目撃していた。
挙句、暇つぶしと称して施設を脱走すること数回。
よく追い出されないものだと思っていた。
私とは接点のない、不良少女。
そんな彼女が、一体何の用なんだろう。
おそるおそる近づく。
するとトレーニングが終わったのか、彼女は、ボールへサーフボードを乗せたようなステージから降りてきた。
律佳が近くに寄ると、背の高さに驚いた。
威圧感が凄く、恐怖を感じる。
でも。
「私に何の用?」
舐められたらそこで、ずっと相手が優位に立ってしまう。
何ともないふりをして、律佳に話しかけた。
「辛気臭ぇ顔して、不満ばっかり話しやがって。ウザいんだよ、あんた」
真正面から、ストレートな悪口が浴びせられた。
「こっちまで気が滅入るわ」
「じゃあ、私の方を見なければいいだけでしょう?」
言い返すと、少し驚いた顔をする律佳。
まぁ、普通なら彼女の凄みに負けて、ひるんでしまうところだろうけど。
「辛気臭い顔でごめんなさいね? 残念ながら私、元々こういう顔なの!」
さっきまでのイラつきも込めて、思いっきり言い返す。
流石にここまで大声を出すと、周りが注目しだした。
「いや、それにしても人生面白くねえって思ってるのが見え見えなんだよ! 同情でも引いてんのか?」
「あんたこそ、ろくに講義も参加しないで偉そうに! そんなに面白くないならここを出ていけばいいじゃない!」
冷静に考えるまでもなく水掛け論なのだが、私も熱くなっていた。
売り言葉に買い言葉。
言葉の応酬が続く。
やがて。
「あーもぅ、うっせえ! 付き合ってられねえわ!」
律佳がめんどくさそうに話を切り上げて、去っていった。
これが。
後に最高のコンビと称された私たちの、最悪の出会いだった。





