おばけマンションへようこそ!
山おくのはいホテルは今、おばけのマンション。
ある夜のこと。おばけのマンションに、人間の子どもがまよいこんできてしまいました。
おばけのバケバケは人間の子どもと友だちになるのですが……。
この作ひんは、小学二年生までにならうかん字をつかっています。
ここは山おくの、はいホテル。今はおばけのマンションです。もとはホテルなので、へや数はばっちり。さびれぐあいもおしゃれです。
おばけのバケバケたちウラメシ一家も、ひょうばんを聞きつけて引っこしてきたのでした。
「こんにちは。引っこしてきたウラメシです。よろしくおねがいします」
お父さんのヒュードロとお母さんのユラユラ、バケバケと妹のウララ。四人がそろっておじぎをすると、このマンションにすんでいるツクモ一家、ばけねこのアンドンさん、ユウレイのユウさん、オニ一家は、そろってかんげいしてくれました。みんなニコニコとあたたかく、とても親切で、ウラメシ一家はとてもあん心しました。
マンションでの生活にもすっかりなれた、ある日の夜。ロビーにみんながあつまっていました。
「おはようございます。いい夜ですね」
お母さんのユラユラが、一番近くにいたアンドンさんに声をかけました。おばけたちの一日は夜にはじまります。だから夜一番のあいさつは、おはようなのです。
「あらおくさん、大へんなのよ」
ばけねこのアンドンさんは、あいさつもわすれてユラユラのうでをたたきました。
「どうしたんですか」
ユラユラはすこしムッとしましたが、大人なのでがまんして、アンドンさんの話を聞くことにしました。
「人間の子どもが来ているの。大人といっしょじゃないなんて、きっとまい子にちがいないわ」
「まあ、それは大へん」
それは一大じです。あいさつをわすれてもしかたありません。
ウラメシ一家があわててのぞきこむと、みんながぐるりとかこんでいるまん中に、男の子がまるくなってねていました。
「ぼくと同じくらいの子だ」
バケバケは目をかがやかせました。
「ねえ、お母さん。ぼくこの子とあそびたい」
「だめよ。今はわたしたちおばけの時間よ。人間の子どもがお家の外にいる時間じゃないわ。あそぶのはむりよ」
「なあんだ」
「なあんだ」
「なあんだ」
バケバケががっかりすると、妹のウララとツクモのガラケーがバケバケのまねをして、がっかりしたふりをしました。
このマンションにいるのは大人のおばけがほとんど。後はオニの赤ちゃんと、とても小さな妹のウララ、ツクモのガラケーだけです。
赤ちゃんはだっこされているだけですし、ウララやガラケーはバケバケのまねっこをしては、できないとすぐなくのでこまります。同じくらいの友だちがいたら、そんなことはないと思ったのに、ざんねんです。
「きっとこの子のごりょう親が心ぱいしているわ。お家に帰してあげなくちゃ」
「でもどうやって。おこしても、まい子が一人で家に帰れるだろうか」
うでをくんだお父さんのヒュードロが、真っ白なたましいのしっぽをゆらしました。
「家がどこにあるのか聞こうにも、声が聞こえないかも」
「すがただって見えないかもしれない」
ツクモ一家のカラカサさんとスズさんが、こまったように顔を見合わせました。
そうなのです。生きている人間たちは、おばけのすがたが見えず、声も聞こえない人がほとんどなのです。
「それにもし、すがたが見えて声が聞こえても、おばけを見たらびっくりしてしまいます」
半分すけたユウレイのユウさんが、小さな声でささやきました。ユウさんはいつも小さくすすりなくようにしゃべるのがくせです。
「ちぇっ。つまんないなあ」
「ちぇーっ」
「ちぇぇえっ」
バケバケはくちびるをとがらせました。ウララとガラケーもまねをして、くちびるをとがらせてから、くすくすとわらいました。
大人たちはかもしれない、むりだと言い合うばかり。ちっとも話がすすみません。それにウララとガラケーがまねっこしてわらうのも、なんだかはらが立ちました。
「かもかも言うより、ためしてみればいいんだよ」
ユラユラのよこから、赤ちゃんをだいたアカオニさんの足元をすりぬけると、人間の子どもの上にぷかぷかとただよいました。それから人間の子どものほっぺたを、つんつんとつついて言いました。
「ねえねえ、きみ。おきて」
人間の子どもはまるくなったまま、ぴくりともうごきませんでした。
「ほらやっぱり。聞こえないんだよ」
「さわっても気づかないさ」
大人たちの「そらみたことか」という顔がおもしろくなくて、バケバケは子どものかたをつかんで、思い切りゆさぶりました。
「ねえ、きみったら!」
すると子どもの目がひらきました。バケバケを見てぽかんと口をあけます。
「わあ、おばけだらけ。まさかぼく、しんだのかな」
「ちがうよ。ぼくたちのマンションに、きみがかってに入って来て、ねちゃっただけさ」
「そうだったの。ごめんなさい。だれかがすんでいるなんて思わなかったんだ」
あたふたと立ち上がった子どもは、バケバケよりせが少し高いようでした。
バケバケは、ぐうんと体をのばしてうかびました。ウララとガラケーもせいいっぱい体をのばしましたが、バケバケにはとどきませんでした。
よしよし。一番高くなったバケバケは、まんぞくしました。
「まあ」
「おやまあ」
「まあまあ、まあまあ」
バケバケと子どものやりとりを見ていた、大人のおばけたちの目がまるくなりました。
「なんてめずらしい。見えているし、聞こえているぞ」
「あまりおどろかないとは、きものすわった子だ」
「きっと”れいかん”が強いのね」
「なんにせよ、よかった。これで家に帰してあげられる」
大人たちはほっとしました。ユラユラが子どもにたずねます。
「ねえ、ぼく。お名前はなんて言うの? お家はどこ?」
「ぼくは合馬ユウタです。家は、えーと、あのね、スーパーうしみつの近くだよ」
スーパーうしみつは、おばけマンションが立っている山のふもとの町にある、ゆいいつのスーパーです。
「よかった。スーパーうしみつなら知っているわ。ユウタくん、お家までおくってあげる」
「いやだ! ぼく、帰らない!」
ユウタの口がへの字になりました。目が三角になっています。
「まあ、どうして?」
「だってぼく、いらない子だもん」
「まあ、まあ、まあ」
おどろいて「まあ」しか言えなくなったユラユラのかわりに、ヒュードロがユウタに言いました。
「そんなことを言うものではないよ。きっとお父さんもお母さんも、きみがいなくなって心ぱいしている」
「そんなことないよ」
目を三角にしたままのユウタが、アカオニさんの赤ちゃんをじとりとにらみました。
「うちの子をにらまないでくれないかい」
「赤ちゃんになにか、かんけいあるの?」
しっかりと赤ちゃんをだいたアカオニさんと、少しむっとした顔になったアオオニさんは、ユウタにたずねました。
「だって」
下をむいたユウタは、理ゆうを話しはじめました。
お母さんもお父さんも、生れたばかりの妹にかかりきりで、話を聞いてくれないこと。あそんでくれないこと。お兄ちゃんになったんだからと、たくさんがまんしなければいけないこと。なのに、しゅくだいしなさい、べん強しなさいばかり言うこと。
いやになって、べん強もしゅくだいもわざとやらなかったら、「ずるい」「サボリ」と友だちに言われたこと。
「お父さんとお母さんは、妹がいればよくて、ぼくなんていらないんだ。ぼく家に帰らない。ずっとここにいる」
それを聞いたバケバケは、よろこびました。
「わあ、ぼくたちにているね。友だちになれそう。ね、いっしょにあそぼうよ」
「あそぼー」
「あそぼ」
「ウララたちはだめ。二人であそべよ」
はしゃぐウララとガラケーにぴしゃりと言って、バケバケはユウタの手をにぎりました。
「ずっとここにいたらいいよ、ユウタ」
「ほんと?」
ユウタの目がキラキラしました。ほらやっぱり。ユウタも同じなのです。
「まちなさい、バケバケ。ユウタくん」
ユラユラとヒュードロが、引きとめましたが、バケバケとユウタは手をつないで行ってしまいました。
おいかけようか、そっとしておこうか、まよったのでしょう。ヒュードロとユラユラは、たましいのしっぽをゆらゆらさせました。
「今はすきにさせておこう」
そのかたを、ツクモさんとオニさんがたたきました。オニのおくさんは、くちびるをとがらせてすねている、ガラケーとウララをなだめています。
「そうですね」
うなずきあった大人のおばけたちは、二人が走りさったほうこうを見つめるのでした。
バケバケとユウタは、とても気が合いました。ユウタは小さなガラケーやウララとちがって、おにごっこでつかまえても、おこりません。なきません。
「ああ、楽しい」
ほら。ユウタもとっても楽しそうです。バケバケはうれしくなって、くるんと空中で一回てんしました。
「じゃあずっとここにいなよ。そうだ。大切にしてくれないお父さんとお母さんなんて捨てて、うちの子になったらいいよ。ヒュードロもユラユラが、新しいユウタのお父さんとお母さん」
「え、そんなことできるの?」
「できるよ。ぼくたちおばけはそうやって家ぞくになるのさ」
目をまるくしたユウタに、バケバケは教えてあげました。
おばけの家ぞくは、生きていた時の家ぞくとはちがうのです。しんでから、気の合うおばけと家ぞくになるのがふつうなのです。
「そうなんだ。でも」
せっかくさそってあげたのに、ユウタはうれしくなさそうでした。
「ひょっとして、おばけではないことを気にしているの? それなら……」
バケバケが口を開いたその時。
「ユウターー」
遠くから大人の人間の声がしました。





