第7話 2軍
新入生同士の試合が終わり、夜になって関西で一泊する1軍とは対照的に、2軍と3軍の面子は一足早く寮に戻る。そこでお互いに自己紹介をした後、翌日の試合についての説明を受ける。
2軍と新入生チームの試合で、活躍した人間を1軍に上げること。新入生側が勝った場合、2軍と3軍(新入生チーム)で総入れ替えを行うこと。これに1年生達は高揚するが、1人藁谷は苦笑いをする。
(……他の強豪校なら1軍でもおかしくはない先輩達を相手に試合で勝つ、か。言うのは簡単だけど、前回の結果は67対2。私1人が頑張ったところで、勝てるようになるほど野球は簡単なものじゃない。でもそれは、私が勝つのを諦める理由にはならない)
この試合で、新入生チームでは白星が活躍し1軍に昇格することを藁谷は知っている。守備範囲が広大な白星がいなければ、新入生チームは三桁失点をしていた。
藁谷は1周目で、この試合に出ることは叶わなかった。しかし今回は、直に体験することが出来る。この差は大きいと思いながら、藁谷はマウンドに立った。
新入生チーム スターティングメンバー
1番 中堅手 白星 憲枝
2番 二塁手 宮沢 真緒
3番 左翼手 金木 智明
4番 一塁手 久米田 恵利佳
5番 三塁手 田中 梨恵
6番 右翼手 栗原 七瀬
7番 遊撃手 九十九 惠
8番 捕手 坂上 美心
9番 投手 藁谷 真由美
初回、2軍の攻撃は1番の上田から始まる。3年生であり、1軍と2軍を行ったり来たりしている選手だが、彼女もまたレギュラーにはなり切れない選手だった。当然藁谷は打たれるが、大きな打球にセンターの白星が追い付き、ワンナウト。
2番の下田も強烈な打球を打つが、レフトの守備範囲であり、レフトライナーに倒れる。同じ1年生ではあるが、センターの守備力とレフトの守備力が1年生レベルではないことを知っている藁谷は、なるべくそこへ打たせて取るピッチングを目指していた。
しかし3番にヒットを打たれると、4番にはフェンス直撃となるツーベースヒットを打たれて、ツーアウトランナー2塁3塁に。ここで藁谷は、次のバッターをフォアボールで歩かせた。
「初回から満塁策って、本当に勝つ気なんだね?」
「当然だよ。坂上さんは、勝てる気しないの?」
「そんなことはないけど……。
……ノーサインで良いよ。全部受け止めるから、好きなところに投げて」
「分かった」
ツーアウト満塁となり、またライナー性の打球が正面に飛ぶが、藁谷がジャンプして捕球しスリーアウト。奇跡的に1回表の攻撃を0点に抑えた新入生チームは、1回裏、2軍のエース及川と対峙する。
「……及川先輩って、最速135キロだっけ?最速135キロの左腕って、ドラフトで引っかかるどころかドラ一候補の投手なのに、2軍かぁ」
「島谷さんがいるから1軍に上がれてないだけで、最後の夏はベンチに入れると思うよ」
坂上は及川の速球の速さを直接見て、凄さを感じるとともにこのレベルの投手で1軍にはなれないのかと冷や汗を流す。一方の藁谷は、今後の投球で活かせるところは真似しようとじっくりと及川のフォームを観察していた。
1回裏、白星は打席に立つと新入生同士の試合の時のようにちょこんと当てようとするが、あまりの球威にバットが推し戻され打球は後ろへと飛ぶ。2球目、仕方なくバットを振った白星だったが、木製バットがバキリと音を立ててへし折れた。
しかし打球は白星の狙い通りにボテボテのゴロとなり、セカンドが上手く処理して即座にファーストへ送るが、白星はセーフとなる。その後、2塁と3塁への盗塁を決めてノーアウトランナー3塁の形に。
続く2番の宮沢は、セーフティスクイズを狙うものの打ち上げてしまいワンナウト。推薦組で一番勝負強い金木が、ワンナウトランナー3塁という場面で打席に向かう。
「……この試合で、唯一2軍レベルと対等に戦えるのが金木さんだよ。神戸ガールズの元キャプテンって、大体天才兼努力家だよね」
「え、じゃあ白星さんは?」
「あの子はもう1軍レベルだから」
坂上と会話をしながら、藁谷は及川と金木の勝負を眺める。133キロの速球に、推し負けないよう振った金木のスイングは、白球をライトまで運んだ。
ライトはほぼ定位置であり、ライトは肩の良い上田が守っている。しかし白星のタッチアップを防ぐ術はなく、新入生チームは1点を獲得した。続く4番の久米田は三振してスリーアウトになるものの、1回の攻防が終わり、新入生チームは1対0と2軍に勝っていた。
しかし2回以降は藁谷も打ち込まれ、柳や小野川が後続で投げるも2軍打線を止めることは出来なかった。7回裏、最後の新入生チームの攻撃は三者凡退で終わり、結果的には24対3と、新入生チームは惨敗を喫した。
この試合の後、白星と及川は1軍昇格を言い渡される。そして2軍には金木と坂上、柳と藁谷の4人が昇格を果たす。
本来であれば、小野川が昇格されるはずだった枠を奪ったことに藁谷は若干の罪悪感を感じたものの、元より覚悟の上だったと気を引き締め直す。次の目標をGWの合宿で行われる1軍対2軍の試合に定め、気合いを入れ直した。