第6話 経験
私には彼女達と、3年間一緒に過ごした記憶がある。当然、苦手なコースや苦手な球種というものを知っているし、誰がどう凄いのかは大体把握している。
坂上さんは、キャッチャーとして最終的にはレギュラーを勝ち取る。もっとも、レギュラーに定着したのは2年生の冬合宿、それも終わりの頃だ。それまではそれなりの打撃能力とキャッチング能力と肩の強さを評価されていたけど、冬合宿で長打を打つコツを掴んだのか、強肩強打のキャッチャーになった。
1回裏、ワンナウトランナー1塁の場面で2塁への盗塁を刺した坂上さんは、流石の肩力だと思った。全国大会に出場するようなガールズで、正捕手の座を勝ち取っているんだから私なんて本来比べるのも失礼な話だ。
それでも、今は私とバッテリーを組んでいる。1年生、それも春の段階でレギュラーとなる白星さんともチームを組めたのは本当に良かった。これで私は、私達は、私の考え得るベストメンバーで2つ上の世代の2軍と真っ向から戦える。
「ナイスピッチ。これだけ投げれて、県大会2回戦負けはついてないね」
「いや、それは負けてからの半年で成長したからだよ。
このトーナメント戦、絶対に勝ち抜けようね」
1回裏を無失点で切り抜けると、次の2回表でDグループの打線がつながり、ワンナウトランナー1塁2塁から坂上さんのタイムリーツーベースヒットで3対0とリードする。私のピッチングだと、失点は覚悟しないといけないから、この3点差というのは大きい。
「……真由美は、2軍に挑戦したいから勝ちたいの?」
「違う。2軍に勝つために、2軍との試合に出たいの」
思い出すのは、2年生の冬合宿。私達の世代になって、秋の県大会3回戦負けをした湘東学園は、昨年に引き続き奏音さんが冬合宿に参加した。そこで奏音さんは、2つの大学との試合をセッティングして、私達に檄を飛ばした。
「大学生との試合、当然向こうの方が実力は圧倒的に上。2試合とも、今のままだと確実に惨敗するよ。
……勝つためには、試合までの僅かな期間で上のレベルで戦えるようにならないといけない。もしそれが出来ないなら、間違いなく来年の夏の県予選、道半ばで負けて『でも3年間自分達は頑張ったし、この負けは人生において良い経験になったよね』程度で高校野球が終わる。それで良いの?」
結局あの後の練習試合、私達は1分1敗という結果に終わった。上の次元の人達と戦って、得られる物は多かったとは思う。でもそれは奏音さんが考えていた中で、最低の戦果だとも私は思った。
勝ちに貪欲になりたい。私は湘東学園の2度目の入寮を迎えて、そう決意した。上のレベルの人達と戦って、そこで勝って、より多くの物を得たい。
試合は順調にDグループが点数を重ねるのとは対照的に、私が弱点を丁寧に突いたことで相手打線は威力が半減。最終的には、7対2と大差での勝利になった。2人指名する権利を得たので、金木さんと戸口さんを選択。
向こう側の山はAグループの、柳さんがチームリーダーのチームが勝ち上がって来たけど、予想通り。向こうの試合、先発は柳さんだった。完封勝ちだったし、凄い投手ではあるけど、2試合投げ切るスタミナはない。
次の試合、向こうの先発は平均クラスの投手だったけど、こちらの打線に金木さんと戸口さんが加わったことで一気に爆発力が増加。一方のこちらも、小野川さんに先発を任せるとそれなりに打たれたけど、無事に9対4で勝利。
これで2軍と新入生の試合、私がチームリーダーという形で挑むことが出来る。……この2年上の先輩達の代まで、湘東学園の2軍は他校の強豪校の1軍よりも強かった。この試合、本来なら私達がぼろ負けする試合だけど、絶対に勝ってやるという気持ちで挑もう。
新入生同士の試合が終わり、その試合を主審として見ていた矢城は1軍や2軍へ上げる選手のピックアップを開始する。その中には、藁谷の名前もあった。
◎白星憲枝:推薦組一番の目玉である右投左打の外野手。1塁到達まで3.5秒ほどの俊足。ミート力はあるが、パワーは皆無。外野手として広い守備範囲を持つものの、肩は弱い。
◎金木智明:体格の良い右投左打の外野手。2試合とも長打を打ち、内1本は本塁打。勝負強く、足も速い。総合力は間違いなく今年の1年生の中でトップ。
〇柳洋子:右投右打の投手。サイドスローとアンダースローの中間、サイドスローより。最速125キロのストレートに加え、シュートとスライダーは大きく変化し、打者を揺さぶることが出来る。コントロールは1年生にしては上々。スタミナは並。
〇坂上美心:右投右打の捕手。強肩が売りで、打撃能力も高い。試合で2度盗塁を仕掛けられたが、2回とも刺している。ピンチの時でも慌てずに妥当なリードを続け、一定の失点はするものの大事故は防ぐ能力がある。
△小野川夏美:右投右打の投手。スイングスピードが速く、打撃成績も残せる二刀流型投手。投手としては1年生の平均クラスであり、最速121キロのストレートとチェンジアップ、カーブを使い緩急で打ち取るタイプ。四球が多く、コントロールの改善は必要。スタミナはある。
………………
?藁谷真由美:左投右打の投手。今年唯一の左投げだが、最速は118キロ程度と遅く、コントロールもそれほど良くはない。持ち球はカーブのみ。スタミナはある方だと思われるが、2試合目は投げなかった。2軍との試合に挑む新入生チームのチームリーダーだが、統率力も欠けている。唯一の左投げで評価が甘くなりそうなため、保留。