第5話 先制点
新入生対抗戦が始まり、Dグループの藁谷はCグループとの試合。藁谷がじゃんけんに負けたため、藁谷のチームは先攻になったが、むしろ先攻で良かったとホッとする。
1回表、Dグループの攻撃は1番バッターの白星から。明らかに長い木のバットを持つ白星は、よっこいしょと小さな身体でバットを持ち上げ、肩に乗せる。普通のバットよりも15センチは長い木製バットは、白星が持つと極端に長く見える。
左打席に立つ白星に対し、Cグループの先発は直球をストライクゾーンに投げ込む。新入生にとっては平均的な118キロという速球を、白星はバットに当て、次の瞬間には駆け出していた。
「あー、ピッチャーゴロ……」
「ナイスバッティング!」
「……えっ?」
その打球が、ピッチャー前に転がったことで坂上は落胆したような声で呟くが、藁谷はナイスバッティングと白星を褒める。それに驚いた坂上は、一瞬藁谷の方を振り向き、すぐに1塁ベース付近を見る。
そこには、ピッチャーゴロなのに1塁でセーフになった白星がいた。
「あれ?みこっちゃん、シロちゃんの足の速さ知ってるんだよね?何で驚いてるの?」
「え、ピッチャー正面に転がってセーフになるとは思わないでしょ。
……というか真由美は、白星さんに会っても本人だと気付かなかったのに、ピッチャー正面へのゴロでセーフになること分かってたの?」
「えーと、本人だとは思わなかっただけで……1塁への到達タイム、3秒64って異次元だよね」
「へー。そのデータ、私も持ってなかったんだけど」
坂上からの指摘を、あははーと笑って誤魔化す藁谷だったが、入寮してからの自分の行動の不味さを藁谷は徐々に自覚し始める。それでも藁谷は、1周目の知識というのを止めようとは思わなかった。
1塁に出塁した白星は、即座に2塁へと盗塁し、三盗も決める。ノーアウトでランナーが3塁にいる場面で、2番にはバント巧者の宮沢がバッターボックスに入ってる。
そして藁谷の予想通り、宮沢はバントを決める。俊足の白星はホームへと突っ込み、無事に生還した。1点をもぎ取ったDグループだったが、その後の3番4番は三振して1回裏を迎えた。藁谷はマウンド上で、捕手である坂上と会話する。
「ねえ、真由美って何処かであったことある?」
「うん、だけどちょっと迷ってるところかな。知らないフリをするか、知ってることを話すか」
「会っているなら、どこでなの?」
「……未来、かな」
そこで藁谷は、突っ込みを入れて来る坂上に対して全てを喋ってしまおうか迷う。藁谷は自分が、何故タイムリープをしたのかは分かってない。もしかしたら、ただ単に甲子園に行けなかったことが原因かもしれないし、逆にあの日誓った甲子園優勝をしないといけないのかもしれない。
3年間分の、限りなく悪夢に近い夢をあの一瞬で見たんだと思い込むことは出来る。今回も甲子園に行けないならもう一度タイムリープをするかもしれないが、再チャンスを与えられたからと言ってさらにもう一回チャンスを与えられると期待するほど藁谷も馬鹿ではない。
しかし最悪、甲子園優勝をするまで繰り返すんだとしたら結末は限りなく残酷なものかもしれない。藁谷は自身が凡人であることをよく理解している。1周目の段階で、かなり自身を追い詰め練習してきたという自負がある。
どちらにせよ、2回目となる今回は協力者がいた方が圧倒的に良い。もちろん、藁谷の信用やその他諸々を落とす行為になるかもしれないが、藁谷は藁谷なりに考え抜いて未来を知っていることを明かす。
「未来?」
「今日のサイン、みこっちゃんがいつも使ってるサインで良いよ。4本指でストレートだったよね?」
「え、待って。理解が追い付かないんだけど。……ああもう、後で絶対話してね?それと、本当に私がいつも使ってるサインで良いの?一応ちゃんと説明したいのだけど」
「大丈夫。全部分かってるから。
あと、私の変化球はカーブとスライダーだけだよ。どっちもあまり動かないし、区別が付かないレベルだけど」
藁谷は坂上がいつも使っているサインで良いと言い、坂上しか知ってないようなことを言い放つ。理解が追い付かなかった坂上は、一度自身の中で整理して、試合中は藁谷の謎について考えないようにしようと決心した。
Cグループはチームリーダである金木が1番バッターとなり、打席に立つ。そして初球、内角にストレートを要求した坂上は、首を振る藁谷を見て「えっ」と首を傾げる。直後、藁谷から「真逆」のサインが出て坂上は驚きを隠せなかった。伝えてないはずのサインが、本当に使われているからだ。