第4話 僅かな差
選抜甲子園の決勝戦、湘東学園対宝徳学園の試合が4対3で負けたことにガックリとした新入生は多い。しかし藁谷はこの結果を元から知っていたため、イマイチ落ち込むことも出来なかった。
午後になり、新入生はグラウンドに集められて矢城から今後の説明を受ける。まず春季神奈川県大会について、1軍のベンチ入り枠が2枠空いており、ここに1年生と現2軍から有望な子を選出して追加登録すること。つまりは1年生の最初から、大会に出ることが出来る可能性が示唆されたということだ。
「というわけで1年生達は、チームを組みなさい。ここにいる44人で、11人ずつのチームを作るの」
矢城の突然の指示で、戸惑う新入生達だが、すぐに大きな動きを見せる新入生がいる。スポーツ推薦で湘東学園に入っている、柳と金木だ。
「じゃあ私と金木は離れた方が良いだろうね。
私とチームを組みたい人、内野手5人と外野5人募集しまーす!」
「えー、別れるの嫌よ?
……でもまあ、しょうがないわね。私とチームを組みたい人はこっち集まって」
2人の知名度は高く、どんどんと人が集まる。そして藁谷は1周目の時に金木とチームを組んだ。しかしそれでは目立てないことを知っていたため、1周目の時とは違い坂上に声をかける。同時に、自己紹介もしなかった白星も巻き込んで。
「ねえ、遅刻3人組ということでチーム組まない?」
「良いけど、白星さんもそれで良いの?」
「おー。シロはどこでもいいのです。お遅刻仲間で頑張りましょう」
この新入生同士の戦いで、1番目立っていた存在は白星だったと藁谷は思い出す。1点を争うゲームになるため、勝つためには白星の存在が必要不可欠だった。3人組が出来た後は、余った人達を集めて最後に完成した寄せ集めチームになる。
理由は至極単純で、最初のチーム決めの時、柳と金木の元に集まった人達の中に強い人はあまりおらず、最終的には最後に余った11人で組んだチームが優勝する。そのことを知っていたためだ。
「このトーナメント戦で、優勝したら2軍と戦えるよ。……きっと、みんなにとって良い経験になると思う」
「え?それどこ情報なの?」
「遅刻した時、寮監室に入る前にこのことを盗み聞きしちゃったんだ」
「おー。シロもそんなことを聞いた気がするのです。新入生同士の試合の後、2軍との試合があるから、お前ならそこで1軍昇格をものに出来るって」
「……あれ?」
藁谷が未来知識を活かし、チーム全員に2軍との試合に繋がるトーナメント戦だということを伝えると、坂上に突っ込んで聞かれるため、あらかじめ用意していた言い訳を披露する。すると白星も同調した意見を出すが、それを聞いた藁谷は苦笑いする。
「よし、チームが出来ましたね。
ではこの4チームでトーナメント戦を行いますが、ますはチームリーダーを自分達で決めて下さい」
このトーナメント戦、スタメンは基本チームリーダーが組むことになる。チームリーダーに選ばれた人間が行えることは、スタメンを組むことと、勝った時に相手チームから2人引き抜きを行えるが、その際に相手チームから選択をすること。
最初に2軍と戦えるのは、15人。まずはこの中に入るため、藁谷の取る行動は決まっていた。
「えーと、じゃあチームリーダーに立候補して良い?」
そして藁谷の立候補は、特に反対意見も出ずに通る。チーム決めの時、自分から動くのが遅かったために残った人達の中で、チームリーダーに立候補までする人はいなかったのだ。その後、スタメンを組むことになるが高校野球としては珍しいDH制が有りの試合となる。これは1人でも多く試合に出すための配慮だったが、それでも1人の欠場が出ることに変わりはない。
最も、各チームに投手が2人、3人といるためにさほど問題にはならなかった。どちらかというと、投手が多すぎるせいで投手が守備に就かなければいけないということの方が問題だった。そして2面あるグラウンドで、同時に試合が行われる。
藁谷のチームは、まず最初に金木のチームと当たった。藁谷のチームで、先発を務めるのはもちろん藁谷だった。
湘東学園 新入生Dグループ スターティングメンバー
1番 中堅手 白星 憲枝
2番 左翼手 宮沢 真緒
3番 三塁手 田中 梨恵
4番 一塁手 久米田 恵利佳
5番 二塁手 小石 悠花
6番 右翼手 栗原 七瀬
7番 遊撃手 九十九 惠
8番 捕手 坂上 美心
9番 指名打者 小野川 夏美
投手 藁谷 真由美
藁谷が勝手にオーダーを決めていくが、藁谷が「小野川さんはピッチャーだけどバッティングも良いんだよね?」「久米田さんは、パワーあるからホームラン期待してるよ」「田中さんがサードだから、九十九さんはショートでも良い?」と先ほどの自己紹介を全て暗記しているかのような物言いで自然とオーダーを決めていくので、文句は坂上からしか出なかった。
「私が8番?言っておくけど、たぶん厚木ガールズの5番だった久米田さんよりは打てるよ?」
「だからだよ。3番4番5番に打てない人を固めたから、7番8番9番が得点源かな」
その坂上も小声で藁谷に意見を伝えただけで、藁谷からの返答に納得したような表情になる。それと同時に、坂上は藁谷が初対面や昼食の時と印象が変わったことに疑問を抱いた。