第3話 左投げ
「東京出身の藁谷真由美です。左投げ右打ちのピッチャーです!これから3年間、よろしくお願いします!」
全く同じ流れで寮監に怒られた藁谷は、道中で知り合った坂上と一緒にグラウンドへ向かい、全体に向かって自己紹介をする。その時にしっかりと、左投げということはアピールした。
「今年の入部予定人数は55人ですが、ここにいるのは寮に入る44人だけなのでこの後も自己紹介はすると思っていて下さい。まだ予定ですが、海外の留学生も来ますしね。
では昼食を食べながら、選抜甲子園決勝、湘東学園対宝徳学園の試合を見ましょうか」
2軍監督である矢城が全体に声をかけ、昼食の用意がされた食堂へ移動する。そこで藁谷は大量のご飯とおかずが入った弁当箱と、大きなスクリーンに映し出された湘東学園の試合が視界に入った。1回目の時は面食らったが、2回目となる今回、藁谷はあまり食事の量に驚けない。用意された昼食を藁谷達は食べながら、巨大スクリーンに釘付けになる。自分達の先輩になる湘東学園野球部の1軍メンバーが戦っているからだ。試合は丁度始まったばかりで1回表、宝徳学園の攻撃が始まる。
湘東学園のマウンドに上がるのは、背番号1番を付けた3年生の島谷 浩美で、左腕でありながらMAX137キロの直球とスライダー、フォーク、シュート、スクリューの4球種を投げ分ける。甲子園出場校のエースでも半分は130キロに満たないため、島谷の速球は群を抜いて速い。
スタメンマスクを被るのは2年生の塩野谷 夢未で、気だるげな表情をしているが上の先輩を押しのける実力者だ。実家が製薬会社ということもあり、湘東学園の中でも有名なプレイヤーである。
1周目の時、そう言った事情を全く知らなかった藁谷は、坂上に色々と教えて貰っていた。そして今回も、坂上との会話を続けるために色々と教えてもらう。
「セカンドは流石に分かるよね?」
「知ってるよ!ひじりんこと木南 聖先輩でしょ!
昨年の春夏連覇の時も、セカンドを守っていたよね」
「その後のU-18W杯でも活躍して、日本代表では唯一の2年生なのに準MVPに輝いた人だから流石に知ってるよね。じゃあ、ショートにいる人は?」
「……わ、わかんないや」
「3年の水江先輩だよ。去年の夏の甲子園でも活躍してたじゃん」
島谷の投球練習中に、湘東学園のスターティングメンバーが発表される。藁谷は懐かしいなあと思いながら、現レギュラーを眺めた。
湘東学園 スターティングメンバー
1番 左翼手 勝本 光月
2番 右翼手 高谷 俊江
3番 遊撃手 水江 麻樹
4番 二塁手 木南 聖
5番 一塁手 牛山 恵美
6番 三塁手 熊川 茉莉
7番 中堅手 中谷 雅子
8番 捕手 塩野谷 夢未
9番 投手 島谷 浩美
「塩野谷さんは、唯一の2年生だよ。私のお姉ちゃんから、スタメンを奪って行ったんだ」
「……えーと、お姉さん?」
「ほら、背番号12番坂上清香って出てるでしょ。あれお姉ちゃんだよ」
「3年生?」
「うん。だからお姉ちゃんは2歳差だよ。お姉ちゃんは今年の夏までにもう一回塩野谷先輩からスタメンマスクを奪わないといけないけど……難しそう」
宝徳学園のスタメンも、坂上妹である美心が解説をするが、2周目の藁谷でもあまり頭に入って来なかった。野球の才能と同じく、頭の良さも周回数が増えただけでは良くならない。
「うっ、もうお腹いっぱい……」
「みこっちゃん、小食だよね?」
「自分では小食のつもりないけど……この量は異常じゃない?」
「そう?……あ、追加で蕎麦も来るんだった。これは入るか分からない」
昼食として出た弁当は、ご飯が1合半程度あると藁谷は感じた。その上におかずとして唐揚げや天ぷらなどが各1人1人に配膳されており、食べ終わるころにはやっぱりお腹いっぱいになったなと藁谷は思った。
湘東学園の野球部の寮は1日3食が出て、寮費が食費込みで月に5万円と、比較的安価な方だ。先輩達と3人部屋のため、プライベートスペースはベッドの上だけになる。
「……まだ先輩達と直接会ってはないんだよね。怖い先輩だったらどうしよう」
「104号室のプレート、宮守先輩と番匠先輩の名前だったから私知ってるよ」
「あ、さっきベンチ入りメンバーで出ていた人だね」
「うん。宮守先輩の背番号は10番で、湘東学園の抑えだね。番匠さんは、ベンチにいる11番の人。去年の夏の甲子園で、1年生ながら唯一試合に出た人だよ」
そして改めて濃い先輩達と同部屋になったんだよなあと、先輩達との生活を思い出して藁谷は遠い目をした。それと同時に、レギュラー格と同部屋になったのにも関わらず、活かせなかった1周目の自分を恨む。
試合は中盤に差し掛かり、宝徳学園が同点となるタイムリーヒットを打つ。バタフライエフェクトが起きていなければ、4対3で負けるだろうと思った藁谷は、早々にモニターから視線を外した。
その様子を、2軍監督である矢城はジッと見つめていた。