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第十五話 飲みにケーションがビジネスに役に立つってどういうことですか!?

「くそ、飲みすぎた……」


 デイゴンが酒で酔っぱらい、大きないびきをかいているうちに、私たちは用意された馬車に乗り込み、何とか夜明け前に宿までたどり着くことが出来た。

 私は果実ジュースしか飲んでいないのだが、部屋中に漂うアルコールの臭気に脳がやられ、記憶がうつろになっていた。シャワーも浴びずにベッドに倒れこんだことは覚えている。


「お兄ちゃんお酒弱かったっけ?」


 睡眠不足というのも相まってか、兄は森の中で突然グリズリーにでも出会ったかのように表情が真っ青だった。

 兄は別にこの宿で働いているわけでもないし、どうせアドバイザーの客も来ないのだから、このまま寝ていても問題はない。ただ、胸を圧迫するような気持ち悪さが、彼を夢に落ちることを許してくれていないようだった。


「ああ、弱いほうだな。付き合いで飲むぐらいだ……」


「そんなに無理して飲まなくてもよかったのに……あと、私の胸を使ったこと許さないから、死ね」


 前世でも兄はそれほどお酒は飲まない方だった。

 社長だったので周囲が兄に合わせてくれていたからなのかもしれないが、これほどグロッキーな兄を見るのは非常に珍しい。


 この世界のアルコールが前世のアルコールより質が悪いからなのだろうか。

 アルコールの質なんて、みりんと調理用酒とウィスキー入りのチョコぐらいしか口にしたことがない私には、正直よくわからない。


「俺も必要がなければ飲んでない……ただ、飲みにケーションは関係を深める機会としては有効だったりするからな……あのチャンスを逃すわけにはいかなかった。そして、俺のお陰でお前の盆地胸がこの世に貢献したんだ、俺は悪くない」


「体調を犠牲にしてまですることかしらね……あと、盆地胸って言ったわね、二度殺してやるから」


 兄はニートのようなものだから体調を崩しても回復するための時間は残されているが、平日定時で働いているサラリーマンの皆さんはそうもいかない。


 果たして彼らは体調を崩さないのだろうか。

 または常に節度を持ってアルコールと付き合っているのだろうか。大人の世界は分からないものである。


「これからデイゴンさんにはお世話になるだろう。しかも彼はモースの村への貢献のために無償で働いてくれている。俺たちが出来るのはせめて彼が気持ちよく仕事をしてもらうための環境づくりだ。少し辛くても、多少はこっちが下手に出たほうがいい……俺が何度死んでも、お前の胸は平らなままだけどな」


「そうだけどさ……まだ成長期なだけだし」


「飲みにケーションでは、公共の場で話せないその人のプライベートな部分を知ることが出来たり、お酒の力で口が緩くなって普段じゃ聞けない『ここだけ』話を引き出せたりする。飲み自体を楽しむのも良いが、ビジネス的なメリットもあるから、時間と体調が許すのであれば参加してもよいと俺は考えている。どんな話を引き出したいのか、事前に考えておければベターだ」


 デイゴンと意気投合していたので、単純に酒が飲みたいだけかと思っていたが、兄の目線は極めてビジネス的だった。飲み会というエンターテイメントの場で良くその思想を貫けるなと感心してしまう。

 ビジネスを語っているときの兄と、「おっぱいおっぱい!」叫んでいる兄の二面性に触れる場面が最近多い。自分を柔軟に相手に合わせられるテクニックがあったからこそ、シンドウコーポレーションが全世界で愛される企業になれたのだろう。


「私はまだ飲めないから、よくわからないけど……デイゴンさんから聞きたいことは聞けたの?」


「ああ、そうだな。いい飲み会だった……かなり前向きに俺たちをサポートしてくれるようだし、俺が考えていた戦略も彼と合意を得ることが出来た。下準備は十分だ」


「……戦略?」


 そんな話あったっけ、と私は首をかしげる。

 血は繋がっていないが、私も兄と同様アルコールにはそれほど強くはないのだろう。飲み会中の記憶はまるで夢の中にいるような感覚で、覚えているようで覚えていない。全体的に記憶がふわふわしており、掴みどころがない雲のようだ。


「……ああ、お前はその話をしてるとき、半分寝てたな。まあ、明後日にはデイゴンさんとセルカのパーティと戦略について話す場を設けてある。お前もそこで聞けばいいだろ。今ここで説明しても意味がないしな……だから、明後日は休み取っておけよ」


「そんなの無理だよ、昨日もバックレたばかりなんだから今日は倍働かないといけないの……ちょっとペース早すぎじゃない?」


「明日も二倍働けば明後日休めるじゃん」


「三十二時間労働を二日連続は無理に決まってんだろうが!! 何度も言ってるけど一日二十四時間しかないからね!! 過労死ルートまっしぐらだから!!」


 仮に時空を曲げられて一日三十二時間労働が可能だったとして、それを二日だったら六十四時間ぶっ通しで仕事をすることになる。私は特殊訓練された軍人ではなく、か弱い元女子高生であり、当たり前だが六十四時間働き続けることは死に直結する。


「……一日一日が惜しいんだ」


「……え?」


 兄は両手を握りしめ、絞り出すように言葉を発する。

 体調がすぐれないのもあるのだろうが、今にも救急車で運ばれてしまいそうなほどやつれていた。


「あのAランクのクエストが他の冒険者に受理され、ハーピーが討伐されてしまったら俺たちはゲームオーバーだ。ハーピーは想像以上に厄介な相手らしいから、Aランク冒険者でもそんなに簡単にクリアして舞うことはないと、デイゴンさんは言っていたがそれでもいつタイムリミットが来るか分からない」


 兄は現状を冷静に分析しているようだった。

 変態的な一面を目の前に叩きつけられることが多くて忘れていたが、彼はやると言ったことは信念をもってやり遂げる人間だった。自分がどんなに辛くても、掲げた目標を達成するためには自分が正しいと信じた行動は貫き通すのだ。


「いいか、コトミ。よく聞け」


 兄は真っ青な表情をぶら下げ、私と


「クライアントファースト。――顧客が最優先だ。セルカのためなら常に最善を尽くす。それが俺たちの役目だ」


「お兄ちゃん……!」


 セルカの依頼を受けたのも、本当にセルカの中にポテンシャルを感じたのか、はたまたFカップのバストの魅力に取りつかれたのかは定かではない。

 ただ、間違いないのは彼はセルカと同じぐらい、またはそれ以上の義務感をもって任務を遂行しようとしているのだ。


「はあ……」


 そもそもこの仕事を投げたのは私であり、多少なりとも義務感は感じている。

 いつも気怠そうにしている兄がこれほどまで真剣に仕事に向かっている姿を見て、放り出せるわけがないではないか。


「……わかったわよ……仕方ないなあ……」


 私は渋々承諾した。

 自分の甘さに呆れてしまうが、兄の手伝いが少しでも出来るのであればそれで良い。


 クライアントファースト。

 前世で彼はそれを全うし続けた、歴史に残る社長だったのだ。


 ――この後、地獄のバイト生活が待ち受けているとも知らずに……。

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