第6話 : "一角兎" の売却
「それじゃあな、アドミル。また来るからよ!」
「それは嬉しい事のなのか、嬉しくない事なのか……」
「アドミルさん、ありがとうございました!」
「こちらこそ、ありがとうございました。
“不休丸” は、精製が完了次第ご連絡差し上げますので」
「はい!よろしくお願いします」
そうして別れの挨拶を済ませると、ハイム少年とゼノは店の暖簾をくぐって再び外へと出た。
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・“百緑草”売却益
+ 3,000,000リール
$ ギルド財政状況 $
3,000,000 リール / 1,000,000,000 リール
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「いや〜
良い取引ができたな!」
「そうですね!ゼノさんのお陰です。
ありがとうございます!」
ゼノのやり方がどうあれ、交渉にwin-winが存在しないのは事実である。
交渉とは、win-loseの駆け引きなのだ。
「しかし、”百緑草” から利益を得ることができたのは、ハイムが ”一角兎” の討伐提案をしたからだ。これは、ギルドマスターであるハイムの決断と行動が生み出したと言っても過言ではない」
「そう……ですかね」
「そうだとも!自信を持てハイム。
……それじゃあ、次は武器商へ行くぞ!」
「今度は、武器商ですか?何か必要なものでも?」
「買うんじゃなくて、”一角兎” の角を売るんだ。
“百緑草” の買取価格と比べれば雀の涙ほどだがな……」
「”一角兎” の角が売れるんですね」
「ああ、【雷ノ験】持ちなら誰もが手にしたことがあるだろう。
因みに、ボットの持っていた短剣は ”一角兎” の角を素材にしている」
なぜ、【雷ノ験】持ちが “一角兎” を素材にした武器を持つのか。
それは*纏式*の発動には、同系統の天与をもった魔物を素材にした武器が欠かせないからだ。
他系統の天与もち魔物を素材にした武器も使用できない訳ではないが、共鳴率が著しく下がってしまう。つまり、己の干渉力を100%伝えらず、攻撃としての威力が大幅に低下してしまうのだ。
「ハイムも【水ノ験】の修練を始めたら、それに合った武器を探しに行かないとだな」
「今日行くところでは駄目なんですか?」
「俺の知る限りでは、【水ノ験】向きの武器は扱っていなかったんだが……
まあ、じっくりと見て回ってみると良いさ」
そう言うとゼノは、ある店の前で立ち止まった。
#武器商 ヘイバーン
「このお店もゼノさんのお知り合いの方がいるんですか?」
「少し前まではな……
今の店主とは顔見知りじゃあないが、品質は良いし品揃えが豊富なんだ。
なんせ、優秀な工房と繋がりがあるからな」
そう、武器商とは素材の買取から武器の製造までを一括して請け負っている訳ではない。
彼らの役割は、素材の買取と武器の販売の窓口であり、製造は工房に委託している。
「へ〜
実は、武器商に入るのは初めてなんです。早く行きましょう!」
ハイム少年は年相応の驚きと喜びを表現すると、ゼノの返答を待つことなく足早に店内へと入って行った。
「うわ〜凄い!
こんなに沢山の武器が……」
ハイム少年の眼前には、数々の武器が陳列されている。
「どうだ?
男心がくすぐられるだろう?」
「はい……
格好良すぎます……
あ!これは、ボットさんが使っていた短剣じゃありませんか?」
「おー!
よく見つけたな」
「えっ!!
80万リールもするんですか!?」
「流石にそんなに高いものは使っちゃねぇよ。
ボットが使っていたのはこっちだ」
そう言ってゼノは、ハイム少年が手に取った短剣の2つほど隣のものを手に取った。
「ボットが使っていたのはこっちだ」
「え〜と……
20万リール?同じ “一角兎” を素材にした短剣でもこんなに金額に差があるんですか?」
「工房の違いだな。
ボットが使っているのは並位工房デンジニア、
80万リールもする方は、特位工房ラフマリノで打たれたものだ」
「工房の違いで、そんなにも値段が変わるものなんですね……」
「工房ってよりは、共鳴率の違いだ。
並位工房が作った武器だと40~54、高位工房で55~69、特位工房で70~85あたりだろう」
先述のように、*纏式*の威力は共鳴率に大きく依存する。
高い共鳴率を実現する技術を持っているのが特位工房なのだ。
「それは大きな違いですね……
でも、特位工房でも90には届かないんですね」
「そうだな……
稀に出来る事はあるみたいだが、それでも数十年に一度あるかないかだ」
「それだけ難しいって事なんですね」
2人が工房について話し込んでいると、1人の男が声を掛けてきた。
「いらっしゃいませ!何かお探しですか?」
「あ、こんにちは!
今日は素材の買取をお願いしにきました!」
「素材の買取ですね!畏まりました。
失礼ですが……ギルド名をお聞きしても宜しいでしょうか?
ギルド連合に素材買取の報告をしないといけませんので……」
「『小さき王』です!」
「『小さき王』……ですか?」
「はい、そうです!」
この反応をされるのはどこに行っても同じらしい。
「念の為確認しますが……
あの『小さき王』ですよね?」
「……はい」
「いえ、すみませんでした!
久々に耳にした名前なものでして……」
「いえ、気になさらないでください!」
「それで、買取を依頼される魔物は何でしょうか?」
先ほどと同じ様な交渉を期待したのか、ハイム少年がゼノに話を変わる様に促した。
「…… ”一角兎” の角、5体分だ」
「5体分ですと……15万リールで如何でしょうか」
「それで良い。宜しく頼む」
“百緑草” の時とは打って変わり、あっさりと引いたゼノの様子を見てハイム少年は少し驚いた表情を見せている。
「それでは、こちら15万リールになります。
ありがとうございました!」
「おう、ありがとよ!
因みに、この店に【水ノ験】向けの武器はあるか?」
「すみません……
当店では扱っておりません」
「いや、良いんだ。
それよりも、買取ありがとよ!」
「はい、こちらこそありがとうございました!
またのお越しをお待ちしております」
店主から15万リールを受け取ったゼノとハイム少年は、店内を物色する事なくすぐに外へ出た。
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・“一角兎”売却益
+ 150,000リール
$ ギルド財政状況 $
3,150,000 リール / 1,000,000,000 リール
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「ゼノさん、今回は随分とあっさりしていましたね」
「”一角兎” の討伐は難しくないからな……
大体の相場があるだけに、粘っても仕方がない」
「それは知りませんでした。
でもこれで、今回の討伐の処理が一通り終わりましたね!」
「そうだな!」
「ギルドへ戻って、レミクさんとボットさんにも報告しましょう!」