第5話 : "百緑草" の売却
「それじゃ、俺とハイムは ”一角兎” を売りに行ってくる。
レミク、悪いがボットの事頼んで良いか?」
「はい、ボットさんの事はお任せください。
【癒ノ験】の天与を持った友人がいますので」
「面倒掛けてすまないな、レミク。
うちのギルドにも【癒ノ験】持ちがいれば良いんだが……」
ゼノのボヤキも分からないでもないが、これは簡単な話ではない。
何故なら、【癒ノ験】はレミクのもつ【音ノ験】と同じく希少性の高い天与だからだ。
一般的に天与はその希少性によって ~凡~凌~稀~異~滅~ の順に5つに分類されるが、【癒ノ験】は ~稀~ にあたる。因みにハイム少年の【水ノ験】は ~凡~ 、ゼノやボットの【雷ノ験】は ~凌~ に分類されている。
~滅~ の天与は ’失われた天与’ とも呼ばれ、歴史上において数人程度は確認されているものの、その存在は文献でしか知られていないほどだ。
しかし、希少性=強さ ではなく ~稀~ の天与をもっていようとも、~凡~ に及ばない事も当然ある。相性や干渉術式の深度によって大きく左右されるのだ。
「お金以外にも足りないものが沢山ありますね……」
話を聞いていたハイム少年は少し落ちこんでいるような様子を見せる。
「気にすんな、ハイム。ギルドに依頼が入るようになりゃ、そのうち来るさ」
「……そうですね!まずは依頼を受けられるように頑張りましょう!」
「おう!その意気だ!」
何とも明るく、前向きな2人だろう。
しかし、その意気や良し!
「よし、まずは薬商に行こう」
「薬商ですか?」
「そうだ。そこで ”百緑草” を買い取ってもらう。
ついでに、”不休丸” の精製もしてもらおう」
「高く買い取ってもらえると良いんですが……」
「これは俺の経験だが……
これだけの量があれば、精製分を除いても200万リールは下らないだろう」
「そ、そんな大金になるんですか?!」
「そりゃそうさ。
”百緑草” は、普通ならこんなに簡単に採取できるようなものじゃないからな。
それに、”百緑草” を精製した “不休丸” は1つ12万リールはする。今回採取した量があれば、70~80は作れるだろう」
「す、凄いですね……」
ハイム少年は脳内で瞬時に算盤を弾き、その金額に驚きを示した。
それはそうである。
普通の12歳の少年には到底縁のない金額だ。
「まあ、吹っ掛けるけどな。
あいつらに取っても良い商売だから……少なくとも300万は取ってやろう」
「交渉はお任せしますが……
節度は守ってくださいね」
「おう、多分大丈夫だ」
多分では心配なのだ……
「しかし、これだけの量の “百緑草” を毎日採取しても1年で返済が終わらない額の借金って恐ろしいな……」
“百緑草” を採取自体が現実的ではないものの、途方もない額である事は間違いありません……
「よし、着いたぞ。入ろう」
2人が入った店の看板にはこう書いてある。
#薬商 フォルマーレ
「いらっしゃいませ。フォルマーレへようこそ。
……げっ、ゼノさんじゃないですか」
店に入ってきたゼノの姿を見て、店主は嫌そうな表情を見せた。
「おう、アドミル!久しぶりだな!
そんなに、嬉しそうな顔をするんじゃねぇよ」
「これが嬉しそうに見えますか?
は〜 ……それで、今日は何の用ですか?お子さんも一緒みたいですが」
「こいつは俺の子供じゃねぇ。
『小さき王』のマスターだ」
「あっ、噂の……
どうも初めまして。フォルマーレ店主のアドミルと申します」
「アドミルさん、初めまして!
『小さき王』のマスターを務めている、ハイム・エイヴァスです。
今日はよろしくお願いします」
「なんてしっかりした子なんだ……
こんな野蛮な男が身近にいるのが可哀想になってくる……」
「相変わらず余計な一言が多いなぁ」
「言わずにはいられませんね。
それで、ご用件はなんでしょうか?」
「”百緑草” の買取と “不休丸” の精製だ」
「”百緑草”?
うちでは少量の買取はしてませんよ?」
「問題ない」
そう言ってゼノは背負っていた袋を地面に下ろし、アドミルの前に ”百緑草” を積み上げた。
「どうだ?」
「……」
「これ、本当に『小さき王』がやったんですか?」
「ああ、間違いなく俺らだ」
「依頼を達成しない事で有名な『小さき王』が?」
酷い言われようだ。
なんて信用のないギルドなのだろう……
「そうだよ、その『小さき王』の仕事だ」
「……」
「おい!何固まってるんだよ」
「……すみません。
ここ最近で一番の衝撃だったので。
査定してくるので、少々お待ちください」
そう言うとアドミルは店の奥の方へと入って行った。
「何だか緊張しますね……」
「だろ?だがな、ここは強く出なくちゃいけなんだ。
良いか?一歩でも引いたら負けだ。よく見ておけ」
ゼノが言い終わると同時にアドミルが戻ってきた。
「”不休丸” の精製はどれほどの量をご希望ですか?」
「そうだな……取り敢えず10頼む」
「10ですね……畏まりました。
それでは、精製の代金を差し引いて200万リールで如何でしょうか?」
ゼノの読みはピタリと当たっている。
「おいおい、アドミル。”百緑草” の採取難度を分かっているだろ?
200万は安すぎる。400万だ。それでなきゃ売らない」
「400万って……
私たちの手元にほとんど残らないじゃありませんか」
「分かった。こいつは他の薬商に持ち込む。帰るぞハイム」
「は、はあ……」
ハイム少年はすっかり困り果てた表情をしている。
「……ま、待ってくださいゼノさん。
せめて250万で……」
「ダメだ。ハイム帰ろう」
「に、280万……」
「……」
「さ、300万……
これ以上はもう無理です……」
その数字を聞いた途端、ゼノは目を輝かせてアドミルの方を振り返った。
「アドミル、交渉成立だ」
「はぁ〜」
これは交渉なのだろうか……
店に入っていたゼノを見て嫌な顔をしたアドミルの気持ちが今なら分かるであろう。
「お支払いは手形でも良いですか?
それと、”不休丸” の精製は7日ほどで終わるかと思います」
「ハイム、それでも良いか?」
「もちろん、問題ありません。
それと、その……アドミルさん……なんと言えば良いのか……
すみません」
「いえいえ、気になさらないで下さい。
いつもの事ですから……
それに、これだけの量の "百緑草" が手に入る機会も滅多にありませんから」