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第3話 : 草原の悪魔 ~遭遇~

「ここがオルド公国北部の居住不可地域ですか!

初めてきました!」


東部第2分区を出発した小さき王(レグルス)の一行は、目的地としていた”一角兎(ホーンラビット)”の生息域に到着した。


居住不可地域とは居住可能地域の対義語であり、文字通り人間の居住には適さない地域の事である。主に、魔物(モンスター)の生息域がそれに分類されギルドの請け負う討伐や素材採掘はここで行わている。その面積は広大で、人間の生息地の数十倍の広さを誇る。


「ゼノさん、見たことの無い植物がありますよ!これは何ですか?」


生まれてから一度も自分の地区を出たことのなかったハイム少年にとって、目に映る景色は新鮮なものばかりだ。


「おー、珍しいじゃねえか。

そいつは”百緑草(セントグラス)”だ。東部じゃなかなか目にすることはないが、”不休丸(アンレスト)”の原料だ」


“百緑草”。その名前は、百年間枯れることなく大地を緑で潤し続ける事に由来する。

そして、これから抽出したエキスは”不休丸”という滋養強壮薬の主成分として用いられている。

こちら……かなりお高いです。


「採っても……良いですかね!?」


「おお、勿論だ!だが、程々にしておけ。

それと、茎の色が若干黄色い若い芽は摘むなよ?それがマナーだ」


“百緑草”は年齢のよって茎の色が大きく異なるが、茎が黄色い成熟していないものを摘み取ってしまうと繁殖力が失われ、群生地は徐々に縮小していってしまう。


そして、“百緑草”が希少と言われる由縁はここにある。

マナーの悪い一部のギルドが、高価な”不休丸”の原料としての転売による収益獲得を目論み、

成熟していないものも含めて見境なく採集した事によって数年前に群生地を大きく減らしてしまったのだ。


「はい、分かりました!」


「ボット、お前も手伝ってやれ。

俺とレミクは周囲を警戒しておく」


「えー!俺、葉っぱを素手で触るの嫌なんだけど……」


「ぐちぐち言ってねぇで、さっさとやれ!」


そう言ったゼノは、躊躇しているボットの尻を軽く蹴る。


「いでっ!

はぁ〜、やるよ。やりますよ……」


ボットは仕方なく、膝を折って前屈みになって採集を始める。

植物に直接触るのが余程嫌なのか、着ていた衣服の袖を伸ばして手を覆い、採集をしている。


「何でこんな地味な作業を……腰痛いし……」


ボットは小言を言いながら黙々と作業を進める。


「それから、なるべく早めに採集を終えてくれよ?

“百緑草” と言えば、大抵はあいつの縄張りだからな……

それに、早いとこ一角兎の生息域を探さないといけねぇ」


「はい!ボットさん、急ぎましょう!」


「……はいはい」


そうして2人は黙々と ”百緑草” の採集を行い、ハイム少年の背負っていた鞄が一杯になるほどにまで作業を続けた。


「ゼノさん、レミクさん、お待たせしました!」


「おっ!ようやく終わったか!」


「はい、言われた通り茎の黄色いものは採らないようにしました!」


「そうか、偉いぞ!それにしても、随分たくさん採れたな。

東部に戻ったら売りに行くと良いだろう。これだけあれば、かなりの額で買い取ってもらえるだろうしな。まあ、借金の額には及ばないが……」


売れると聞いたハイム少年の顔には満面の笑みが溢れ、より一層目が輝く。


「う、売れるんですか!?」


「お、おお……こんな簡単に採れるものじゃないからな。

たまたま今回は幸運だったが、本来なら ”雷轟虎(サンダータイガー)” っつう厄介な魔物の縄張りになっているからな。ギルドに正式に依頼を出せば……[難度: (ろく)] は下らねぇだろう。正直、”一角兎” の討伐より遥かに面倒だ」


そんなに恐ろしい魔物(モンスター)に遭遇する事なく、”百緑草” を採集してしまうとは、なんと幸運な一行だろうか。

目的のものより遥かに価値があるではないか。

……もう帰ってしまっても良いのでは?


「皆さん、そろそろ本格的な捜索に移りましょう」

「おっと、そうだったな。レミクの言う通りだ。

少なくとも、こんなに草木の鬱蒼とした場所に ”一角兎” は生息していない。

あいつらは、草原のような開けた場所を好むからな」


「ゼノさんは、”一角兎” の討伐経験をお持ちなんですか?」


「ああ、何度かな」


「しかも1人で、だろ?」


ボットが付け足す。


「凄いじゃないですか![難度: (さん)]以上は単独での達成が難しいと言われているのに……」


実際、ゼノは凄い。

全盛期には、[難度: (なな)]までを1人で討伐している。

その力は今では若干衰えてしまったものの、オルド公国においてもトップクラスの実力の持ち主であろう。


「レミク、あれやってもらえるか?

このまま当てずっぽうに歩いていても埒が明かねぇ」


「分かりました。ちょっと待ってくださいね……」


そう言って、レミクは構えをとる。


「では……

【天与:音ノ験(おとのしるし)】*展式・音響探知(ソナー)*」


天与(てんよ)とは、生まれながらに個々に与えられた、(ことわり)に干渉する才能/資質の事である。

その性質は人によって異なるが、この世界に住む大抵の人間が一つ以上の天与を授かり、研鑽によって能力を磨き上げる。

特に二つ以上の天与を授かったものは、複数持ち(プルーラル)と呼ばれるが、その割合は実に10万人に1人程だ。


そして、その天与には大きく二つの扱い方があり、これを干渉術式という。

一つが干渉の影響を自身の体内外に及ぼす*展式*。

もう一つが、干渉の結果を自身の所持する武器に反映させる*纏式*だ。


「あと2kmほど東の方角に進めば此処を抜けられそうです。

その先には草原が広がっているので、”一角兎” の生息地も近いと思われます」


「助かったぞ、レミク。

ところで……前よりも探知可能な範囲が広がっている気がするんだが、どこまで開いたんだ?」


「良く気づきましたね!

つい先日、ようやく第()門まで達したんです」


「ほう、立派なもんじゃないか!

音の天与は希少だからな。第伍門まで開けばかなり有用じゃないか?」


「はい……

(よん)門から4年近く掛かりましたが……」


レミクの場合、音に関する天与を授かり研鑽によってその能力を第伍門にまで引き上げた。


門とは、理に干渉できる深度を表現した指標の事である。

その数字が大きければ大きいほど干渉力は強くなるが、その深度には個人差があり、限界も人によって異なる。

短時間で第肆門まで到達する者もいれば、どれだけ努力を重ねようと第参門にすら行き着けないものもいる。


「流石はレミクさんです!正しく、努力の賜物ですね!」


「いえいえ、恐縮です……」


因みに、歴史上で確認されている最大の深度は第(はち)門である。


「そう言えば、ハイムの天与は何だったんだ?12歳になったんなら、発現してんだろ?」


「ええ、つい先日」


「因みに何だったんだ?」


「【水ノ験(みずのしるし)】を授かりました!」


「おお、父親と一緒か!

【”水ノ験” 】は汎用性が高くて良いぞ」


「本当ですか!?」


「しかし……修練が難しいからな。

天与としての希少性はそれほど高くないんだが、大抵の奴が第参門までで躓いて挫折しちまう。

暫くは、良い師匠を探す事だな」


「ゼノさんに教えて頂く訳にはいかないんでしょうか?」


「出来なくもないが、正直やめといた方がいい。

天与は性質によって扱う感覚が全く違うからな。変な癖がつくと、後々後悔することになる。

つまりハイムの場合は、同じ【水ノ験】の天与を授かった奴から教わるのが良いだろう」


「それは知りませんでした。良い師匠、ですか……

因みに、ゼノさんの天与は何ですか?」


「俺は……」


ゼノが答えようとした瞬間、先端が鋭く尖った1本の角が、談笑を続けるハイム少年に向けて突進してきた。


「マスター!」


レミクの声が響き渡る。


「心配するな、問題ない」


ハイム少年の襟を掴んだ状態でゼノが答える。


「すみません……速度に反応できませんでした」


「気にするなレミク。こいつは【雷ノ験(かみなりのしるし)】持ちだ」


天与を授かっているのは、人間だけではない。

魔物(モンスター)もだ。

【雷ノ験】を授かった一角兎は、*展式*を使う事で筋肉に電気的な負荷を掛け、超高速での移動を可能にしている。


「おい、ボット!お前が相手をしろ!」


「えっ?ゼノさんは戦わないんですか?」


「ああ、あいつにやらせる。俺が出ちゃあ意味がないからな。

……おい、ボット!」


意味がないとは、どう言う事なのか。

ゼノの真意や如何に……


「分かった。

分かったてば……」


しつこいゼノの問いかけを受け、ボットが仕方なさそうに後方から姿を現す。


「ゼノさん、因みにボットさんの天与は?」


「あいつも一角兎と同じ【雷ノ験】で、第(よん)門まで開いている」


「勝てるんですか?」


「単体なら余裕だろう。だが、群れと当たれば五分五分だな」


幸いにも、現時点で一角兎は単体でいる。

早いところ決着をつける必要があると判断したのか、ボットは素早く腰の短剣を手に取り、先制を仕掛けた。


「【天与:雷ノ験】*展式・疾雷(しつらい)*」


途端、ボットは先ほど一角兎が見せた高速の移動と同様の動きを見せる。

そして、続けざまに攻撃を繰り出す。


「【天与:雷ノ験】*纏式・紫電一閃(しでんいっせん)*」


高周波電流を流し込み、切れ味の鋭くなった短剣を一角兎に向けて振り下ろす。


しかし、すんでのところで攻撃は躱されてしまう。


その様子を見たゼノが小さい声で呟く。


「悪くない攻撃だが……ここで仕留めておきたかったな」


ゼノが言葉を放った直後、一角兎はボットから距離を取り、天を見上げて鋭い叫び声をあげた。


キューーー!!


「そうなるよな……

おい、ボット!気を抜くな!群が来る」


すると、先ほど声をあげた一角兎の背後に、高速で移動してきた仲間たちが集結してきた。

その数およそ12。


「ボットさん1人で大丈夫ですか?」


「……危なくなったら、俺が助けに入る」



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