第1話 : 結団式
ここ、オルド公国は国中に大小200以上のギルドが乱立する君主制国家。
家庭における家事や清掃、居住区周辺の魔物討伐や遠方での素材調達など、
様々な種類の依頼をこれらギルドがこなしている。
「今月もマイナスか……」
『小さき王』のギルドマスター、ハイム・エイヴァスが見つめる帳簿の収入欄には、クッキリと”0”が記されていた。
その一方、支出の欄にはギルドの維持費や所属員の食費などの固定費が散見される。
「今月は依頼の発注すらなかったし」
齢12歳にして不慮の事故で両親を失ったハイム少年が、先代ギルドマスターであった父の後を継いでから、早くも3ヶ月が経とうとしていた。
「これじゃあ、借金の返済どころじゃない」
後を継いでから判明した事ではあったが、このギルドには多額の借金があった。
その額なんと10億リール。
オルド公国に住む一般的な市民が生涯かけて稼ぐ額がおよそ1億リールである事を考えれば、
その額の大きさが分かるであろう。
それにしても、何故ここまで借金が膨れ上がってしまったのか。
その原因はハイム少年の父である先代ギルドマスターにある。
この国ではギルドの達成した依頼の難度と達成件数によってG.Pが付与され、そのポイントをもとにG.Rを国から認定される仕組みがある。
各ギルドには、このランクに応じた支援金が国から配布され、また、ランクが高ければ依頼が多く集まり、多額の達成報酬を得ることもできる。
最高位:煌級 / G.P 30,000以上 / 支援金10億リール
第二位:耀級 / G.P 5,000以上 / 支援金 1億リール
第三位:輝級 / G.P 1,000以上 / 支援金 5千万リール
第四位:閃級 / G.P 500以上 / 支援金 1千万リール
第五位:照級 / G.P 100以上 / 支援金 百万リール
最下位:影級 / G.P 100未満 / 支援金 0
ご想像いただけるだろうが、『小さき王』はつい先日更新された最新のG.Rは勿論のこと、長らく最下位の影級だ。
ハイム少年の父はG.Rを上げる為にG.P集めに執着し、無謀にも達成難度の高い依頼にばかり手を出してしまった。
その結果、ギルドに積み上がったのは依頼未達成による違約金の支払いだった。
当然、小さき王に支払いの能力があるはずもなく、代わりに国中のギルドを統括しているギルド連合が、この多額の借金を立て替えている。
「マスター、おはようございます」
「マスター、おはよう」
ハイム少年に話し掛けてきたのは、『小さき王』に所属するたった3人のギルド員のうちの2人、レミク・ミレイクにボット・マウント。
「レミクさん、ボットさん、おはようございます!
体調は如何ですか?」
「万全です!最近休みばっかりですし……」
そう語るレミクの表情は悲壮感に満ちている。
「依頼ないですもんね……
それよりボットさん、ゼノさんはまだ来ませんか?」
「定例会があるとは伝えておいたけど、あの親父が時間通りに来るわけないじゃん」
ゼノ・マウントはボット・マウントの父であり、このギルド最年長の45歳だ。
「いつも通り……ですね」
ハイム少年は呆れた顔をしているが、かつてのゼノは国内に2つしかない煌級ギルドから引き抜きの話が来るほどの実力者でもあった。
「おうおう!元気がないじゃないか若者達よ!」
そう言って本来の集合時間から30分ほど遅れてやってきた能天気な男、彼がゼノだ。
「ゼノさん、遅いですよ!
今日は大事な話をするって言っておいたじゃないですか!」
「そうだったけなすまん、覚えてない。
まあ、時間だけはたっぷりあるんだ!焦るこたぁ無い」
「そんな態度でいるから依頼を貰えないんですよ!
頼みますから、もう少ししっかりしてください!」
「はいはい。気を付けますよ」
その態度から見るに、ハイム少年の言葉も全く響いてないだろう。
「それで、大事な話って何なんだ?」
「はい。では、気を取り直して……
これより小さき王の定例会を始めます」
「よろしくお願いします!」
レミクが背筋を正し、ハイム少年に応じる。
「今日の議題は、今後のギルドの方針についてです。
みなさん、このギルドが抱えている借金については知っていますよね?」
「当然知ってるよ。とんでもない額だしね。
それがどうしたの?」
10億リールもの借金については、このギルドでは誰もが知っている。
「皆さんにはまだ言っていませんでしたが……
つい先日、返済の期限を通告されました」
「ほう、ついに来たか。
それで、その期限とやらはいつだ?」
「……1年後です」
「ええ?そんなにすぐ?」
突然の宣告に、レミクが動揺を見せる。
「で、でもよ、まさか全額とは言わねえだろ?」
能天気なゼノも、流石に焦っているようだ。
「いえ、10億リール全額です」
「……」
「無理だ……」
「無理ではありません!」
「いや、無理だよ!10億リールもの大金をたったの1年でどうやって稼ぐんだよ」
ボットがあげる声は最早悲鳴に近い。
「現実的じゃあねえな。
そんな額を支払う事のできるギルドは、煌級くらいなもんだ」
「ゼノさんの仰る通りです。
ですから、小さき王は煌級を目指します」
「……」
「ブワッハッハッハッハ!
冗談キツイぜ、ハイム。1年以内に煌級だと?たったの3人しかいないこのギルドで?」
このゼノの反応は間違ってはいない。
ハイム少年の口にした事は、それ程に困難で現実的ではないからだ。
煌級のギルドなど、200以上もあるうちの僅か2つ、全ギルドの0.01%しかない。
それ故、オルド公国600年の歴史上、煌級ギルドは5つしか存在していないのだ。
「ええ、そうです。これは決して冗談ではありません。
それに……これ以外の選択肢は現状考えられないんです」
「それはその通りなんだがよ……」
誰もが困惑の表情を見せているが、ハイムの意見を覆せずにいる。
彼らは分かっているのだ。
10億リールもの返済を実現する為には、この無謀な策に望みをかける他ないと。
「皆さんの力が必要です。どうか……どうか、協力してください!」
12歳とは思えない少年の気迫に、全員が圧倒されている。
「……」
「……分かった。煌級を目指そう」
以外にも、一番初めに折れたのはゼノだった。
「正直、それ以外の手段が思いつかねぇ。
このギルドには恩もある。精一杯力を尽くそう」
「散々文句を言っておいて、よく言うよ。
俺は初めから協力するつもりだったけどね」
「嘘つけ!お前さっきまで散々喚いて、泣きかけてたじゃねぇかよ」
父親に続いて同意を示したボットを、隣に座るゼノが小突きながらからっている。
すると、それまで俯いていたレミクが急に顔を上げて言った。
「実は、マスターが煌級を目指すと言ってから、興奮が止まらなかったんです。
マスター!絶対に煌級になりましょう!」
「さすがは、レミクだ。熱いねぇ〜」
「はい!レミクさん、ありがとうございます!皆さん、ありがとうございます!」
そう答えるハイム少年の目からは一筋の涙がこぼれ落ちた。
「お、おいおい、ハイム。大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です!
こうして皆さんと気持ちを一つに出来たのが嬉しくて……
そうだ!少し待っていてください」
そう告げたハイム少年は、ギルドの受付の奥へと入って行き、すぐさま何かを持って出てきた。
「マスター、それはなんですか?」
「これは、ただのジュースなんですが……
煌級を目指すというギルドとしての目標が定まったところで、改めて結団式をしませんか?」
「いいじゃねぇか。そういうの好きだぜ」
「良いですね!やりましょう!」
ハイムが準備したジュースが3人のグラスに次々に注がれていく。
「それでは。
小さき王の煌級を目指して……
皆さん、全力で頑張りましょう!」
「オーーー!」
「よっしゃあ!」
「やるぞーー!」
それぞれが思い思いの言葉を掛け合い、グラスに注がれたジュースを飲み干した。
この日、底辺ギルド『小さき王』は、小さくも大きな一歩を踏み出した。