北闇は2人を認めない・7
こうして、俺は父さんに連れられて本部へ向かった。タモン様に修行をするための休暇の許可をもらうのだ。
「話したのか?」
「はい。各隊長の許可はすでに得ていますので、問題はありません」
「そうか。んで、ヒロトはどうした?」
「あの子にはもう一度説得を試みます。それで、許可は頂けますか?」
「いいだろう。ただし、場所は指定させてもらう。それ以外の場所での修行は認めん」
「わかりました」
タモンが様が俺に向く。
「外にいる男に鍛錬場と伝えるんだ。そいつと一緒に先に行ってろ。セメルと話す事がある」
「了解です。じゃあ父さん、また後で」
執務室を出るとニスケが待っていた。タモン様に言われた通りにすると、「着いてこい」と言って歩き始める。
「あそこは特別な者しか入れないんだぞ」
「特別……ですか。例えばどういう人が?」
「人前で修行できない者……。精鋭部隊って知ってるか?」
「いえ、初耳です」
「混血者並に物騒な奴らだ。しかも、請け負う任務は機密なものばかりときた。あいつらは絶対に人前では修行をしないんだ」
話しながら、ニスケは厚みのある鉄の扉を開けた。中は薄暗く、壁は人工的な手触りで滑らかだ。長い階段はかなり下へと続いている。驚いた事に、本部には地下が存在するらしい。松明を手にとって一段ずつゆっくりと下りていった。
暗闇の奥から吹いてくる風に、ふと歩みを止めた。水の匂いを含んだ風が肌を撫でてくるのだ。
いつの間にか、滑らかだった壁はゴツゴツとした岩肌のような質に変わり、階段も形がいびつになっていた。そして、辿り着いた場所を見て息を飲み込んだ。
鍛錬場だというから、道場みたいな場所を想像していた。しかし、目前に広がるのは、人が大勢住めるほどの空間だったのだ。そこには作業をしている人が何人かいる。
壁に開いたいくつかの穴から滝のようにして流れてくる水。それを引くために作られたであろう用水路。だが、用水路にしては浅い。男によると、小川に似せているらしく、中を覗くと底には削って掘ったような跡があった。土や石、水草や小魚までいる。
この空間に光を与えているのは、天井を支えている何本もの支柱に設置された幾つもの松明だった。電気がくるまでの代わりらしい。他にも、建設中の大きな建物がある。さらには儀式を行うような祭壇まで。
「ここは……」
「俺は白雪家のような能力者ではないし、かといって優秀な一般の闇影隊ってわけでもない。ただの伝令隊だ。しかし、そんな使いっ走りにも一つだけアドバイスできることがある」
眉を寄せた顔がグッと近寄る。
「我が身が大事なら鍛錬場については深入りするな。たとえお前が人より優れていて、混血者に近しい人間だとしても、精鋭部隊の口封じは〝完璧〟だ。意味はわかるな?」
「……はい」
父さんが下りてくると、ニスケは作業員を連れて鍛錬場を出て行った。だだっ広い地下に2人きりとなる。もらえた休暇は二週間。その間、ヒロトは同班の混血者の家にお世話になるらしい。
「よし、早速始めようか」
そう言って、父さんは両手を広げた。淡い光が身体を包みこんでいく。別に驚く光景ではない。混血者の子たちがやっているのを何度か訓練校で見たことがある。
「まずは手本を見せる」
父さんの足もとから冷たい空気が発生した。そして、小川に向けて手を伸ばして唱える。
「氷・捕縛牢」
すると、いくつかの物体が浮いて出てきたではないか。その正体は氷に捕らわれた魚だ。
「これが言霊の能力だ。父さんの本来の力は水だけど、これに性質変化を加えて氷に変えることが出来る。ただし、これだと状況次第では言霊はその能力を存分に発揮できない。ここで補助するのが自己暗示だ」
片手なら片手に、両足なら両足に、力を与えたい場所を意識する。どのように、どれだけ必要となるのかを考える。説明しながら父さんが上着を脱いだ。右手が赤くなっている。
氷の塊を一つ手に取ると、それを頭上に投げた。程よい高さまで落下してくると右ストレートで氷を殴る。ただそれだけなのに、氷は弾丸のように飛んでいき、壁に当たって粉砕した。
「言霊がなければ成せない打撃技だが、自己暗示がなければあれはただの塊だ。この二つを組み合わせることで言霊は力を発揮する。これで言霊と自己暗示についての説明は終わりだ」
「仕組みはわかったけど、どうやって氷にしたらいいの?」
「ナオトの能力が父さんと同じとは限らない。そもそも言霊とは、自然の力を借りた力であり、ほとんど解明されていない謎を秘めた能力なんだ」
身をもって体験したものが能力となるらしいけど、これも有力な仮説にすぎないらしい。
「自然ってたくさんあるじゃん」
「そうでもないさ。現時点でわかっている主な自然は、俗にいう五大要素ってやつだ」
「地・水・火・風・空……だっけ。他は想像つくけど、空ってなに?」
「空は物語の中にしか存在しない、いわば幻の能力だ。なにせ、空には手が届かないからね。さ、ナオトの性質を確かめてみよう。空はさておき、火以外は触れたことがあるはずだ。その四つをイメージしてごらん。言霊がナオトに合う能力を選んでくれる」
ソワソワせずにはいられない方法ではないか。さっそく目を閉じて色んな記憶を掘り起こした。しかし、俺の思いとは違うところで別のイメージが頭に浮かんでくる。
(なんだこれっ……。お前は誰だ!?)
急に襲われた激しい頭痛。父さんが俺の名前を必死に呼んでいる。だけど、そうじゃない。俺の目に映っているのは別の人物だ。それでいて、ごつごつとした岩壁の中ではなく、森の中で小さな男の子が俺の頭を膝の上に置いて泣いている。
なにが起こっているのかと無意識に自分の両手を見た。その瞬間、チリッとした痛みが指先から全身に伝う。
「――っ、あづっ、熱いぃぃい!!」
瞼を精一杯こじ開けたときには遅かった。俺の身体を真っ赤な炎が包み込んだ。