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抹殺らいふっ!ー世界は2人を認めないー  作者: 犬丸
SEASON.1―少年期編・1―
6/12

北闇は2人を認めない・4

 翌朝、集合場所である正門に到着すると、真っ先に目に飛び込んできたのは大男の姿だ。彼の名は青島ゲンイチロウ。青島班を率いる隊長である。


 班員は俺とユズの2人だけど、任務で木壁の外に出るので増援に面識のない男の先輩が2人いる。青島班は隊長を含めたこの5人で依頼主を護衛する。まだ来ていないようだが、もうしばらく待てばやって来る。


 ここで一つ言っておこう。先輩方にとって俺とユズは〝初対面〟だ。


 隊員全員が揃ったのを確認して、依頼人が到着する前に、青島隊長は俺たちに代わり自己紹介と任務内容を説明した。



「おはよう。この2人は私の部下で、ナオトとユズだ。先輩達よろしく頼むぞ。では依頼内容を伝える。依頼者は黒岩ジロウという男性だ。北山に山菜を採りに行くので、その間の護衛をする役目が我々の任務だ。林道を通り、途中で山に入るという至って安全なルートではあるが、三種への警戒を怠るな」

「了解」



 しばらくして依頼人のジロウさんがやって来た。大きな籠を背負った彼を中心に青島班が正門を出発する。


 少し距離を置いて、俺とユズキは隊の後方を歩いていた。



「やはり、今日も昨日と同じか」



 ユズのこの一言は、事件の全貌である。


 俺とユズは半月前から同じ時間を過ごしている。山菜採りの護衛任務を半月間もこなしているのだ。初めは何かの試験かと思っていたが、会話も行動も周りの動きも全てに一寸の狂いもない。


 青島隊長の挨拶を聞くのも15回目となった今日もまた変わらない。ただ、その日によって天気が変動することから、同じ時間を過ごしているだけで、1日を終えていることがわかった。つまり、把握している限りではあるが、俺とユズ以外の人々は同じ言動・生活を繰り返しているのだ。


 俺たちはこの症状を〝幻覚〟と呼んでいる。


 苦虫を噛み潰したような顔で、先頭を行く隊を見つめるユズ。



「おそらく、ジロウさんを自宅に送り届けるまで変化は起きないだろう」

「今日こそは犯人が出てくるかも」

「もし姿を現すとしたら、とっくに仕掛けてきているはずだ。なぜなら、僕たちが今に至るまで何も行動を起こしていないからだ。きっと、全員が幻覚にかかったと踏んで目的を果たしていただろう。しかし……」



 しつこいようだが、なんの変化もない。


 この事件が自然現象や病ではなく、誰かに仕組まれたものだとしたら、上層部に報告して手を打ってもらう他ないが。この事件の一番の厄介どころはそこだ。



「上が動かないってことは、皆と同じってことだよな?」

「そう考えるのが妥当だろう」



 報告したとしても、朝になれば記憶はリセットされているわけだ。現状、動けるのは俺とユズしかいない。


 任務を終えてユズは自宅に帰った。皆が寝静まる頃に俺の家に来た彼女の腕の中には、黒いフード付きのマントが二着あった。素性を隠すために持ってきたそうだ。確かにこの戦闘服だと目立つ。




「どこで拾ってきたんだよ」

「細かいことは気にするな。とにかく、なにが起きても顔だけは死に物狂いで隠すんだぞ」

「フードがめくれたら終わりだな」

「そう言うと思ったから、これも持ってきた」



 鞄から取り出したのは、角が二本生えた般若の面だ。面にはベルトのような物があり、後頭部でしっかりと固定できるようになっている。



「早く事件を解決させよう。そうすれば、お前の家族も帰ってくる」



 そう言ったユズは、ふんわりとした笑みをみせて、それを般若の面で覆い隠した。


 夜道、監視員を警戒しながら2人で北闇中を走り回った。時刻は3時頃といったところか。こんな時間に出歩く一般人はいない。人気のない北闇での犯人捜しは止まることなく行えるが、物音一つしないのだからどこか恐ろしくも感じる。


 怪しい者がいないか一通り確認した。北闇を隅々まで駆け回っていたため、すでに早朝を迎えそうである。


 ふと、ユズが足を止めた。この公園は俺とユズが夜な夜な密会するオープンな公園だ。訓練校時代、ショートスリーパーである俺たちは12時なんて決まりは完全に無視していた。



「変だな……」



 そう言って、俺の手を引きながら公園が見渡せる民家の裏に隠れる。しばらくして、彼女は堂々と公園に向かって行った。ユズの背中に思わず手が伸びる。



「おいっ……」

「ここは監視員から死角となる場所みたいだ。出てきて問題はない」



 辺りを見渡した。すると、緊張で強張っていた身体から力が抜けていくような感じがした。彼女の言う通り、公園の周りにある建物や木のおかげで――、いや、違う。俺は馬鹿か。死角があるとはつまり、北闇でもっとも手薄な場所ということじゃないか。


 それと、気になるのが、変だと洩れたユズの言葉。



「ここでなにかあったのか?」



 ユズがこくりと頷く。



「実は、数日前から今みたいに調査を始めていたんだ。これくらいの時間になると、必ず公園付近を徘徊しているお年寄りがいた。危険だし、家の近くまで送り届けていたんだが、今日は姿が見当たらない」



 俺が眠るのを見計らって外に出ていたらしい。



「1人で行くことないだろ」

「雑用以外の任務をしたいのはわかる。だがな、考えもなしに動かれると困るんだ。僕たち2人しかいないんだぞ?」



 考えていることはお見通しだと言わんばかりのユズは、呆れた声振りだ。



「ともかく、一つ収穫だ」



 緩んでいた気を張り詰め直すかのような、ユズの小さな声。生唾を飲み込んだ。北闇のどこかに幻覚にかかっていない老人がいる。


 毎夜、同時刻に現れていたのは、あえて周囲と同じ行動をする必要があったからだと仮定しよう。根拠は二つある。一つはこちらと同様であるか。もう一つは、そいつが犯人であるかだ。最悪なのは後者だ。



「もし俺がそのお年寄りの立場だったら、とっくに騒いでいるかも。でもこれはあくまで被害者だったらの話しだ。もしくは……」



 この瞬間も、俺たちのやり取りを何処かで傍観しているか――。なぜならここは、監視員から死角となる場所なのだから。


 そう考えたところで、ユズの般若の面を俺の両眼が捉えた。表情はわからずとも、腕を組みながら黙っている彼女をみるに、どうやら推測するところは同じのようだ。


 ユズは姿を見られている。


 冷たい風が身体を撫で、マントが静かになびく。少しの間、公園には葉が擦れる音が聞こえていた。それから静寂を取り戻して、ユズが口を開く。



「……走れ!!」



 直後、居たたまれぬほどの重苦しい気配を感じた。膝から崩れ落ちそうになる足を懸命に動かす。もはや、ただ走るというよりも逃げるにちかい。全身にのしかかった気配は、殺気そのものであった。



(ヤバイッ……、なんだよコレッ……)




 重圧から抜け出したのと同時に、俺はユズの手を引いて本気で駆けだした。


 今いる場所から近い裏門を目指す。監視員に見つかるかもしれない、なんていう不安は微塵もなかった。それよりも、なぜだか感が〝外へ出ろ〟と叫んでいる。


 走りながら、背後から得体の知れぬ物体が追いかけてきている気がしてならなかった。


 自分の荒々しい呼吸音が鼓膜を刺激しているけれど、決して息が切れているわけではない。指先は冷たくなり、背中は鳥肌が虫のように這いずり回っている。


 恐怖による身体の異常。普段から冷静なユズですら息が上がっていた。


 目前に現れた裏門を飛び越えて、2人で同時に盗み見るように振り返った。


 ユズキが息を吐き出すように言う。



「アレはなんだ?」

「――っ、あり得ないだろ! なんでっ……」



 腰の曲がった老人が、俺たちと程度を同じくして走れるのだろうか。俺のスピードは100メートルを3秒で走りきるほどだ。



「公園にいたのって、あの人?」

「そうだ」



 あんな得体の知れない老人相手に、恐怖を抱かない者はまずいない。


 急に足を止めたユズが俺の手を振りほどいて後方に向いた。数秒ほど遅れて俺も老人に向く。地を蹴って高く飛んだ彼女は、あろうことか老人の頭上めがけて拳を振り下ろしていた。


 舞い散る砂塵を纏いながらユズが後退す。砂塵が晴れると、顔面から首までが地中に埋もれている老人の姿。



「死んだ……のか?」



 なんの躊躇もなくやって見せたユズに肌が粟立った。「闇影隊らしいことをする」とは言っていたが、ここまでとは想像すらしていなかったのだ。思わず彼女の肩を掴んだ。



「人だったらどうするんだ!」

「アレが人ではないから攻撃した」



 冷静に言葉を返すユズの背後で、老人が両手をついて顔を引き抜いていた。だらりと垂れている頭はそのままでむくりと立ち上がる。そして、身体に異変が現れた。


 あらぬ方向に関節が曲がり始め、まるで操り人形のような体勢となる。それだけでも不気味なのに、さらには蠢きながら姿を変え、俺たちと似たような格好となった。フードを深く被っているせいで顔は確認できない。しかし、立ち振る舞いは明らかに人であった。


 そいつはユズにこう言った。



「どうしてバレたのかな。完璧だと思っていたのに」



 立っていたのは老人ではなく、そして本人が認めてくれたおかげで人でもないとわかった。まだ幼さの残る男子の声を発しながら、首を傾げている。


 俺の脳が危険信号をだした。ズキズキと痛みにも似た感覚は、今すぐ手を下せと命令している。拳に力がこもった。だが、その手をユズが強く掴んで首を振る。


 ユズキが話しかけた。



「目的はなんだ。なぜ北闇を襲った?」



 犯人が肩を揺らして笑う。



「目的は果たされた。君たちのおかげでね。北闇には可能性が二つあることがわかった。そっちの子は使い物にならないようだから、予想より手っ取り早く済んだよ」

「その発言は自ら死を志願したことになるが、そう捉えて構わないな?」

「別にいいよ。殺せるものならね。だけど、俺の死はなんの解決にもならない」



 これは始まりにすぎない――。


 奴が喋っている隙に、上層部に突き出すため、ユズと同時に捕獲しようと動いた。だが、伸ばした俺たちの手は空気を握りしめていた。



「逃がしたか……」



 般若の面を外しながら、そう言って舌打ちをするユズ。


 すると、北闇を包み込む光のドームが浮かび現れた。直後、音もなく弾けて消えていく。それは、半月に及んだ謎の事件の解決を示していた。


 いまだに不安がくすぶるなかで、どこか胸を撫で下ろしている俺がいた。


 半月前に父さんとヒロトに下された任務は、国外での特例任務だった。特例というのだから、名前に相応しい難関な任務に違いない。もし仮に、北闇だけではなく外でも幻覚症状が出ているとしたら、2人は毎日のように戦っていたはず。



(多分、北闇領域内のみだ)



 きちんと確認できたわけではないけど、ドームの消滅は俺の目に見える範囲でだった。きっと2人は無事に帰ってくる。


 それも束の間、今度は別の感情が芽を出す。


 あいつはハッキリと言った。俺は使い物にならない、と。俺が足を引っ張ってしまったのだ。


 般若の両目に空いている二つの穴。そこから見渡せる狭い視野の朝を迎えた空。仰ぎながら、また自問を抱いた。



(俺はいったい何をしているんだろ……)



 同じ言葉なのに、持つ意味が違う。


 相手が何者だったにせよ別の結末だってあり得た。大事な友達を失うという、最悪な結末だ。


 無力な自分をこんなにも責める日が今までにあっただろうか。強さが欲しい――、心の奥底から望んだ。

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