北闇は2人を認めない・2
噂の裏付けとでもいおうか。俺とヒロトが〝呪われた双子〟と呼ばれる所以は、人には成せない瞬発力・破壊力・爆発力が備わっているからだ。
僅か1週間という試験までに残された少ない時間を使って、俺は〝今日も〟ヒロトに手合わせを頼んだ。監督はユズだ。
場所は国の外にある草原地。白くて綺麗な月が一帯を明るくする。風の訪れは、さわさわと揺れる草が教えてくれた。同時に、数歩ほど離れた場所に立つヒロトの金髪が彼の頬をくすぐっている。
こんなちょっとした時の流れに敏感になるほど緊張している俺と違って、ヒロトは欠伸をするほど余裕があった。
連戦連敗の俺が断言する。ヒロト相手に、策も練らずに、ただ我武者羅にやったって無駄だ。
「…………始め」
ユズが開始の合図を出した。少しの間、睨み合いが続く。
(さて、どうするか……)
たまに、ヒロトには360度が見えているのではないかと思わされる時がある。正面は勿論のこと、背中を取っても、カウンターを狙っても、瞬く間に地面にひっくり返っているのだ。一試合にかかる時間は1分もかからない。つまり、数秒間が勝負というわけだ。
息を吸って地面を軽く蹴る。すると、見計らっていたかのように、俺が動いたのと同時にヒロトは10メートルほど後退した。その距離を1秒とかからずにやってのける。
俺よりも瞬発力に長けるヒロトとの差は1センチ秒。僅かに思えても、これだけの時間があれば次の手を打てるほどにヒロトの動きは速い。
間を詰めるべく馬鹿正直に正面から行く俺の目の前に、突然としてそそり立つ土の壁。それは、ヒロトが踵落としをしただけで出来た壁だった。
「――っ!?」
珍しく対抗してくるなんて、と愚かにも身長の2倍ほどある壁を見上げる。すると、「ドガンッ!!」という壁を殴った音と共に、目と鼻の先にヒロトの姿が現れた。
(見抜かれている……)
俺が気を取られることも、そこで速度を落とすことも、全てをひっくるめて空白を突いた接近。すかさずヒロトを背負い投げするために首元へ手を伸ばした。しかし、凄まじく高度な足さばきで避けられ、くわえて重心をしっかりと下げた姿勢から強烈な一撃を放たれる。
「やっぱりそうくるよなっ」
この瞬間を俺は待っていた。
鏡のように、ヒロトと全く同じ動きで避ける。そして、もう一度首元に手を伸ばした。
ヒロトは先程の一撃で終わらせるつもりだったはずだ。その余裕が僅少の隙を生む。
「マジかよ」
掴まれた襟に瞳を落とす。明かに見て取れた兄の変化。余裕の顔と入れ違いで顔面に広がる真剣みの溢れた表情。
「っしゃあ!!」
声を上げて投げ飛ばす。ヒロトの背が地べたに着くのと同時に周辺が陥没した。勢いの良さに自分の身体までもが宙に浮くと、まだ余裕があるみたいで鼻で笑われた。
全身に伝う衝撃を無視して強引に身を捻るヒロト。俺を正面に構える姿勢を取る。
土の上を転がり、すぐさま体勢を立て直す。しかし、ヒロトを視野に捕らえることは出来なかった。それどころか、俺は少しも動けなかった。
「……終わったな」
ユズの声が鼓膜を貫いた瞬間、解放された視界。
体勢を立て直したところで、もう遅かったのだ。いつの間にか背後に回られたあげく、ヒロトは片手で目隠しをしてきた。そして、もう片方の手は俺の喉を掴んでいるではないか。
今日もまた勝てなかった。
「じゃあ、俺は帰るから。もう邪魔すんじゃねえぞ」
ヒロトがいなくなって座り込んで俯く。そうしてため込んでいた息を吐き出した。
自然と口から笑いが零れる。
「ははっ……」
俺とヒロトは真逆の存在だ。ヒロトが太陽なら、俺は月。光と闇。天と地。天才と――落ちこぼれ。訓練校ではそうでなくとも、白雪家では比べるまでもなく落ちこぼれだ。
卒業試験を控えた今、手合わせを申し込むのは今日で最後にすると決めていただけに落ち込みようは凄まじい。入隊する前に一度でいいから勝ちたかったな。
夜空を仰ぐと、ただでさえ前髪が邪魔をして視界が悪いのに、さらに月がぼやけて見える。
これで全戦全敗――、落ちこぼれらしい記録だ。
「残念だったな」
言いながらユズが隣に腰を下ろす。
「あいつより強くなきゃダメなのか?」
「当たり前じゃん。俺はもっともっと強くなりたい。そんでもって、俺たちを殺しにくるアホ共を見返したいんだ」
「理由はそれだけじゃないだろう」
「…………俺たちには居場所がない。取り戻したっていいだろ」
「そんなことだろうと思ったよ。僕には出生記録がないし、お前は生まれるはずのなかった双子の弟。腹に存在しなかった胎児。ましてや、白雪家と僕には本来人間がもつはずのない能力が備わっている。国民が食いつくのも当然だ。だがな、タモンも話していたように、僕たちが入隊すればもちろん討伐対象に人間は含まれていないわけだ」
「なにが敵かはちゃんとわかってる。でもさ……」
生きにくいだろ――。ユズは返事をかえさなかった。
「どれだけ殺しても次々に襲ってきやがる。どうしてこうも世間は俺たちの存在を認めようとしないのかなぁ」
「人間の姿をした化け物、だからだろう」
月を仰いでいた顔を膝のあいだに埋める。その間、ユズは優しく俺の背中を撫でていた。