06 正義のヒーロー登場
それは、天国にある、とある神殿から始まった。
ドーリア式の石柱が立ち並ぶ向こうで、ひとりの巨漢が虚空を相手にひとり暴れ回っていた。
その男は金髪で、彫りの深い顔。
青い瞳に鷲鼻に割れた顎。
いかにも狩猟民族といった好戦的な顔立ちであった。
身体つきは2メートル以上もあり、どこも鎧のような筋肉に覆われている。
服装は、その自慢の肉体を見せつけるかのような全身タイツ。
胸板の浮き出たタイツの上には、大きな白い星があしらえられている。
巨槌のような腕からパンチが繰り出されるたび、燃えるような轟音が、ごうと空気を震わせる。
「イエス! 見るがいい! この正義の一撃を!」
男の前には、数人の天使たちが立たされていた。
パンチが唸るたびに、ビクリと身体を縮こませている。
「悪はこのパンチを見るだけで震えあがり、悪事を止めるという! なのになぜキミたちは、悪いことを続けるのダッ!?」
天使のひとりが、震える声で言い返した。
「あ、あの、彦星様っ!」
それまではシャドーどまりだったパンチが、その天使の顔面にめりこんだ。
神殿の外まで吹っ飛ばされた天使は、倒れたまま動かなくなってしまう。
「ノーッ! ワシは彦星などではない! さあみんな、ワシの名を言ってみるのダッ!」
残された天使たちは直立不動になって、声を揃えた。
「は……はいっ! あなた様は、ヒコスター様です!!」
「イエス! よろしい! それでは続けようではないか、なぜキミたちは、悪事をやめないのか!?」
「ひ、ひこ……ヒコスター様! 私たちはなにも悪いことなどしておりません! 『愛の天使』である我々は、ヒコスター様のご命令どおり、毎日恋文をしたため、お送りしておりました!」
「ではなぜ、ケージバードからの返事がないのか!? それはキミたちが『愛の天使』としての職務を全うできていないからダッ! それを悪事と言わず、何と言おう!」
巨影に覆われた天使たちは、狙われたウサギのように震えあがった。
ヒコスターが大鷲のような両腕を広げ、今にも襲いかからんばかりに彼らに覆い被さっていたからだ。
……ワシは、ケージバードが欲しい……!
なぜならば、彼女だけが織れるという幻の織布、『天の川』……!
それは我らがゼウス様にしか献上されたことがない、幻の逸品……!
ケージバードを娶ることができれば、その布が思いのままにできる!
『天の川』をヒーロータイツに仕立て上げることができれば、さらなる畏怖を集めることができ、昇格は間違いなしだからダッ!
それだけではない!
『創造天使』であるケージバードの元には、清らかで美しい少女天使たちが仕え、機織りをしている!
ワシはこの世界の秩序を、未来永劫守り抜くため、多くの正義の遺伝子を残さねばならない!
そのために、必要なのダッ!
ワシの優秀な遺伝子を受け継ぐ子を、しっかりと産むことができる、美しい女たちが……!
だからこそワシは、かつて何度もケージバードの神殿に通った!
しかしケージバードの神殿は男子禁制! たとえゼウスであっても入ることのできぬ聖域!
しかし……しかし、あの悪魔だけは違ったのダッ!
門前払いを受けたワシの横を、ヘルロウはゆうゆうと通りすぎ……。
門番たちからも顔パスの気軽さで、ケージバードの神殿に入っていったのダッ!
なんと……!
長き神々の歴史に渡って男を禁じ、組織の純潔を守ってきた『ケージバード派』が……!
初めて男を受け入れたというのダッ!
それも神ではなく、ただの天使を!
ノーッ!
許せん……! 許せるはずがない……!
このワシが何百……いいや、何千年にも渡って正義のラブ光線を送り、通じ合ってきたヒロインを、かっさらおうなどと……!
しかもヘルロウはそのあと、さらなる卑劣な手で、ワシの恋路を邪魔した……!
悪魔のクラフトを用い、ワシとケージバードを、年に一度しか逢えなくしてしまったのダッ!
ワシはその時、悪への復讐を誓った……!
愛するものを奪われた正義のヒーローとして、不屈の闘志で、再び立ち上がったのダッ!
そして正義の力を駆使し、司法を動かして、悪に鉄槌を下した……!
ヘルロウの所属する、クラスの委員長の提案に力を貸してやり、あの悪魔を堕天に追い込んだのダッ!
そうして悪魔はいなくなったが、残していった呪いは、今もなお爪痕を残している……!
ワシは今もなお、ケージバードと逢えずにいるのダッ!
しかしその呪いも、ケージバードがワシに『自ら会いたいと』望んだ場合は別……!
だからこそこうして、『愛の天使』であるキミたちに、恋文を送らせていたのダッ!
それなのに、それなのにっ……!
ノーッ!
あの小鳥は籠を飛び立つどころか、返事も送ってこない……!
そこでワシは、考えた!
なにがいけないのかと……!
ワシはこの天国でも、法と秩序を司る神である!
鋼のような心と身体を持ち、悪を潰えてきたワシに、欠点などなにもない!
ワシに一切の非がないとなると、答えはひとつ……。
いいや、ふたつあった!
ひとつは、キミたちの書く恋文が、良くないということ!
この正義の象徴であるワシのすることを、あの悪魔と同じく邪魔しているに等しいということを!
だから今からワシは、キミたちに正義の鉄槌を食らわせる!
だが、ワシは見てのとおり、肉体的にも精神的にも懐が広いことで有名ダッ!
イエス!
一度だけ、チャンスをやろう!
ワシとケージバードの恋を邪魔する、もうひとつの障害を取り除くのダッ!
そう、ヘルロウ……!
馬に蹴られて死んでもなお、ワシの恋路を邪魔する、巨悪……!
その亡霊に取り憑かれているケージバードを、救いだす方法を考えるのダッ!
聞くところによると、ケージバードは今もなおヘルロウを贔屓にしているという!
我がヒロインの心から、その悪霊を追い払う手を考えるのダァァーーッ!!




