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バレンタインシリーズ

聖バレンタインデーの想い出

作者: 緑谷めい




  2019年2月14日。聖バレンタインデーに寄せて。

 




 今日は2月14日。どうして今朝、思い出してしまったのだろう。自分の前世を。そして、あの忌まわしいバレンタインデーの出来事を……







 あれは前世の私が高校1年生だった時の2月14日。私は片想いしていた同じクラスの本田君に、思い切って本命チョコを渡した。本当は「好きです」という言葉を添えたかったのだけれど、テンパった私は「これ、あげる」とだけ言って、チョコを本田君に押し付けるのが精一杯だった。本田君は笑顔で「ありがとう」と言って受け取ってくれた。そして放課後――――私は見つけてしまったのだ。学校の校舎裏にあるゴミ焼却炉に、私が本田君にあげたチョコが未開封のまま突っ込んであるのを……。ショックだった。ものすごくショックだった。16歳の私にはキツ過ぎる出来事だった。翌日から、私は本田君の顔を見ることができなくなった。当然、そのまま私の恋は終わった。その後、何だかんだで大学を卒業し社会人になったところまでは記憶がある。その後の事は分からない。







 私はブラントーム伯爵家令嬢メラニー。17歳。今朝、唐突に前世を思い出した。まさか自分が、いわゆる転生者だったなんて。驚きである。

 それにしても、どうして今朝、思い出してしまったのだろう。私が転生したこの異世界でも、今日2月14日は「聖リリュバリデー」という名の、女性から愛する男性にチョコレートを贈る、要するに前世のバレンタインデーそっくりの特別な日なのである。この国に伝わる聖母リリュバリの神話に由来する。どうしてそんな日に前世(含む・あの高1の暗黒バレンタイン)を思い出してしまったんだ、私……。


 今世の私には半年前に婚約した婚約者がいる。アルドワン侯爵家長男ルッジェーロ様。私より一つ年上の18歳。いずれは侯爵家を継がれる立場だが、現在は王国騎士団に騎士として所属されている。引き締まった細身のイケメンだ。親どうしが決めた政略結婚の婚約者であるにもかかわらず、私にとても優しく接してくださる。おまけに明るくてお話も楽しい方なのだ。婚約後、私はたちまちルッジェーロ様にのぼせ上がってしまった。仕方がないと思う。今まで男性と親しくした経験のない私にとって、ルッジェーロ様は素敵過ぎた。私は彼に恋をしている。

 ルッジェーロ様が私をどう思っているかは分からない。平凡な私に特別な感情はお持ちではないだろう、とは思うのだが、ルッジェーロ様に優しくされると少しだけ期待もしてしまうのだ。もしかして、もしかしたら私を想ってくださっているかも……と。


 だから私は「聖リリュバリデー」の今日、チョコレートを渡して自分の気持ちを伝えるつもりだった。今朝、突然前世の記憶が甦るまでは、そうするつもりだった。だが……無理無理無理! どうして告白なんてしようと思った!? 今朝までの私! 政略結婚じゃん! わかってるでしょ?! 何を期待してたの? 私が告白したらルッジェーロ様が嬉しそうに笑ってチョコを受け取って、

「私もメラニーが好きだよ。親どうしが決めた婚約だけど、いつの間にか貴女に恋をしてしまったんだ。愛してるよ、メラニー」 

 なーんて言ってくれるとでも思ってたの!? 今朝までの私を2時間くらい問い詰めたい! 脳内がお花畑過ぎる……ダメだわ。前世の記憶が甦った私には、今世の自分がいかにイタい夢見る女子か分かってしまったのである。一人、羞恥に悶える私。


 今日は、王国騎士団の月に一度の公開訓練日だ。婚約以来、私は毎月欠かさず公開訓練日には騎士団訓練場に足を運び、ルッジェーロ様の勇姿を見学している。騎士は女性に大人気なので、もちろん私だけではなく毎月たくさんの女性ギャラリーが押し寄せる。そんな多くの女性の中に埋もれている私を、いつもルッジェーロ様はすぐに見つけて手を振ってくださるのだ。勘違いしそうになるよね。なるよね? でも今、冷静になって考えてみれば分かる。婚約者が見学に来ていれば、手くらい振るさ。「マナー」の範囲内じゃん。何を浮かれていたんだ。今世の私よ……。

 今朝までの私は、今日2月14日の「聖リリュバリデー」に偶然重なった今月の公開訓練をもちろん見学に行くつもりだった。そして訓練終了後に、ルッジェーロ様にチョコレートを手渡して告白するつもりでいたのだ。だが、現在の私には、そんなことはとても出来ない。無理だわー。


 結局、前世を思い出しルッジェーロ様にチョコを渡す勇気を失った私は、今日は訓練場には行かず、一日中屋敷に閉じこもっていた。自室に一人で居ると、あの高1の暗黒バレンタインの日のことばかりが頭に浮かぶ。勇気を振り絞って渡したチョコレート。でも私があげたチョコは本田君にとってはゴミだった。校舎裏の焼却炉に未開封のまま突っ込むくらい迷惑だったんだよね。まさかそこまで疎まれていたとは……。でもさー、捨てるにしてもせめて……せめて、家に持って帰ってから捨てて欲しかった。何も学校の焼却炉に捨てなくてもよくない? ……ヤバイ。思い出したら涙が出そうだわ。


 そうして、世間が浮かれている「聖リリュバリデー」を、私は一人どんよりと過ごしていた。のだが、夕方になって突然、ルッジェーロ様が私を訪ねて来られた。約束もなしに屋敷にいらっしゃるなんて何事? 私が恐る恐る客間に行くと、なぜか思い詰めた表情のルッジェーロ様がいらした。

「メラニー。良かった。具合が悪いわけじゃないんだね?」

「ルッジェーロ様、いらっしゃいませ。はい。あの、至って元気でございますが……?」

「いや、毎月必ず公開訓練日には来てくれるのに、今日は姿が見えなかったから心配になって」

 えっ? それでわざわざ我が家まで来て下さったの?


「まぁ、ご心配をおかけして申し訳ございませんでした」

 頭を下げる私。

「いや、いいんだ。顔を上げてくれ。それで、あの……」

 ルッジェーロ様は、言いにくそうに口籠った。

「はい?」

「……メラニー、正直に答えてほしい。今日、誰にチョコレートを渡したんだ?」

 真剣な眼差しで問うルッジェーロ様。へっ? チョコ?

「……誰にも渡しておりません」

 本当だもの。

「でも3日前にチョコレート専門店でチョコを購入したよね? あれは聖リリュバリデーの為のチョコだろう?」

 どうしてそれを? 私は確かに3日前、街のチョコレート専門店でチョコを買い求めたけれど。


「なぜ、ご存知なのですか?」

「3日前、街を警ら中にあの店から出て来る貴女を見かけた。てっきり聖リリュバリデーに私に贈ってくれるチョコを買ったのだと思って、あえて声を掛けなかったのに……」

 そう言って、唇を噛むルッジェーロ様。

「それなのに今日の公開訓練には来てくれないし、誰か他の男にチョコを贈ったのかと」

「い、いえ、そんなことはしていませんわ」

 焦る私。冤罪である。

「でも、私にくれないじゃないか!?」

 ムキになるルッジェーロ様。らしくないわ。そんなにチョコレートが欲しかったの?


「ルッジェーロ様は、他の女性からたくさん貰われたのではありませんか?」

 冤罪をかけられた私が少し意地悪く言うと、

「全て断った。一つも受け取っていない」

 ルッジェーロ様はそう言って、更に言葉を続ける。

「今日の公開訓練の終了後、何人かの女性が出口で私を待っていてチョコレートを渡そうとしたけれど、私は『婚約者以外からは受け取れない』とはっきり断った」

 それって酷い気もするが……まぁ、受け取っておいて捨てる本田君よりは良心的だわね。

「メラニーから貰えると思って楽しみにしていたのに……」

 そんなことで、そんなに沈んだ表情をなさるの? 私がチョコを贈らなかっただけで? 意外ですわ。

「あの、しばらくお待ちください」

 私は自室にチョコレートを取りに行った。


「お待たせしました。はい、ルッジェーロ様。どうぞ」

 3日前に購入した高級チョコレートを差し出す私。何だか複雑そうなお顔で受け取るルッジェーロ様。

「ありがとう……これは私の為に用意してくれたの?」

「そうです」

「どうして渡してくれなかった?」

 もう、正直に言ってしまおう。

「捨てられるのが怖かったからです」

「えっ?」

「私が贈ったチョコレートを捨てられるのが怖くて、渡せませんでした」

「チョコを捨てる? そんなこと、するわけがないだろう?!」

 本田君だって、とてもそんなことをする人には見えなかったわ。


「人の心の中は見えませんもの。『ありがとう』と言って受け取ってくださっても、迷惑だと思われているかもしれません。すぐに捨てられてしまうかもしれません」

 ルッジェーロ様の目が険しくなる。

「誰のことを言ってる?」

「は?」

「誰かに傷付けられたことがあるんだな? それでそんな風に思ってるんだろ? 貴女を傷付けた男は誰だ?」

 えーと、「前世の同級生の本田君です」なんて言ったら頭がオカシイと思われるわよね? どうしよう? 


 ルッジェーロ様は、黙り込んだ私を見ておっしゃった。

「言いたくないなら、これ以上は聞かない。でも信じてくれ。私はそんな不誠実なことはしない。私はメラニーを愛してる」

 アイシテル? アイシテル? 愛してる? えーっ!?

「あの、でも、ルッジェーロ様。私たちは政略結婚をするのですし、婚約者だからといって無理してそのようなことをおっしゃる必要はございませんのよ」

 私の言葉を聞いて、ルッジェーロ様は苦しそうに顔を歪めた。

「無理なんかしていない。もともとこの婚約は、私が自分の親に頼み込んで貴女の家と結んでもらったものだ。私は1年前から貴女に恋をしている。政略結婚なんかじゃない」

 はぁ? 私の父は「侯爵家から申し込まれて断れなかった」としか言っておりませんでしたわよ?


「1年前から……ですか?」

 ハテ? ルッジェーロ様と1年前に何か接点があったかしら? 

「1年前の聖リリュバリデーに、王都の街を警らしていてメラニーに逢った。街外れの公園で、想い人に振られたらしい友人を貴女は一生懸命慰め、励ましていた。その横顔を見て、何て優しい目をした女性ひとだろうって一瞬で心を奪われた。聖母リリュバリのようだと思ったんだ」

 去年の聖リリュバリデーに失恋した親友令嬢を慰めていた時のことだわ。あの時、ルッジェーロ様に出逢っていたのね。それにしても、盛大に私を美化しておられますわね。聖母リリュバリ様もきっと苦笑いされますわよ。

 でも……嬉しい。まさか、ルッジェーロ様が私を想ってくださっていたなんて……。


「私もルッジェーロ様のことを愛していますわ」

「……本当に?」

「はい。だからこそ捨てられるのが怖くて、チョコレートを渡せなかったのです」

 ルッジェーロ様は、少し考えてからおっしゃった。

「メラニー。今ここで、一緒にこのチョコレートを食べよう」

「えっ?」

「そうすれば『捨てられるかもしれない』なんて、疑心暗鬼にならないだろう?」

「は、はい」

 ルッジェーロ様。何というか、実に男性らしい(単純な)考えですわ。いえ、嫌いではありませんわよ。そういう短絡的……もとい、あまり考え過ぎないところ。


 私とルッジェーロ様は、二人で一緒にチョコレートを食べた。

 食べ終わると、ルッジェーロ様はそっと私に口付け、そして微笑んだ。

「好きだよ。メラニー」



 ――甘過ぎますわ――









    終わり

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