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資格  作者: 肉塊
3/5

肉団子

 どんな異世界が待ち受けているのかと身構えていたのだが、全く普通の、さっきまでいた現実世界とほぼ変わらない街並みの中、おれはさまよい歩いていた。

 ただ、建物には明かりが一つも点いていなかった。道沿いの街灯があるおかげで歩けてはいるが、すべての建物が廃墟になったように人気が感じられない。あの老人はほかにも資格を持った者がうろうろしていると言っていた。今のところ全くその気配はない。


 どれくらい歩いただろうか。3時間は経ったような気がするし、10分しか経ってないような気もする。バイトが終わってから今まで何も食べていなかったことに気づき、お腹が鳴った。それと同時にやっとのことで街灯以外の明かりを見つけた。赤い提灯をぶら下げた小さい木造の建物、ひらひらと垂れ下がる布の中から暖色の光が漏れている。屋台だ。おいしそうな匂いがかすかに漂ってくる。なるほど、都合の良いタイミングだ。

 

 のれんをめくると、4名ほど先客がいた。中年のカップルとおひとり様が2名だ。おひとり様①はスキンヘッドで両耳がなかった。代わりに油性ペンでチョンと描いたような黒い小さな穴がある。おひとり様②は鼻のあたりがのっぺりと平らで『名前を言ってはいけないあの人』のような顔していた。おれはカップルの隣に腰かけた。隣に座る男は右目に白い眼帯をしている。奥に座る女は化粧が濃く、露出度の高い服を着ている。女の方は何の異常もないように見えた。おひとり様2名が静かに大きなどんぶりをすする中、隣の二人は楽しそうにキャッキャぐははと笑いあっている。


 カウンターの向こう側では、頭にタオルを巻き首からエプロンを下げたいかにも大将っぽい男が作業をしている。両足がなく、キャスターのついた丸椅子に腰を固定して移動していた。その動きはもとから体の一部であったかのようにスムーズだった。


 おれがのれんをめくってから今まで、いらっしゃいの一言もなく視線もくれずに黙々と作業を続けいている。メニューを探したがどこにもなかった。おれが口を開こうとした直前、大将は何も言わずどんぶりを目の前のカウンターに置いた。


 どんぶりの中には無数の肉団子が黄金色に輝くスープにぷかぷかと浮かんでいる。その下に隠れながら、うねうねとした麺がこちらの様子を覗き見ている。

おれと眼帯男の間にあるカウンター上の黒い箱を開け、割り箸を取り出す。

指が一本ないことを思い出し箸を挟めるか心配したが、数秒練習すると意外といけそうだった。人差し指役を中指で、中指役を薬指で代用することできれいに挟むことができる。


「いただきます」


まずは隠れている麺を躊躇なく引っ張り出し、口の中へとすする。

麺にまとわりついたスープが口の中で広がり、味覚をびりびりと刺激する。

麺自体は程よい弾力があり噛むたびに心地よくなった。

次に肉団子を箸で挟む。想像よりやわらかく、力加減に気を付けながら口へと運んだ。

歯を閉じると同時に肉が崩れ、汁がじゅわっと弾け飛ぶ。

大脳辺縁系に存在すると言われる快をつかさどる器官に直接電気を流し込まれたような感覚があり、全身に鳥肌が立った。

目尻から頬にかけてぽろぽろと雫が流れ落ちる。なぜ涙が出てくるのか理解できなかった。究極に美味なものに出会うと人は皆こうなるのだろうか。


 どんぶりの半分ほどをおれの体に浸透させたところで、眼帯の男が話しかけてきた。


「兄ちゃん、ここは美味いだろう?ぐはははは、そうかそうか、よかったよかった、ぐはははは」


まるで自分が作ったような態度だ。


「おれはな、ついに野望をかなえるときが来たんだ。やっぱりおれはあんなくだらない会社で営業をやっているようなちっぽけな人間ではなかったんだよ。常に野望を持っていた。おれは大きなことを成し遂げる、偉人になるような器を持っているんだよ。それを会社の連中や玲子はわかっていなかったんだ。もしもおれが独り身で会社でも重要な役を任されていなかったらすぐにでも行動に移していたさ。でもな、でもおれには妻と子供、部下たちがいる。あいつらを守るためにおれは野望を封じ込めてやっていたんだ。でな、何の飲み会だったかな、たしか山中というやつの送別会だった気がするな。ケイちゃんが話しかけてきたんだ。うちの会社で受け付けやってる美人さんだよ。彼女だけは俺の価値を分かっていた。外間さんは仕事ができて部下思いで本当に尊敬しますってな、本当にその通りだよ」


眼帯男の名前はホカマと言うらしかった。


「ケイちゃんは相当飲んでててな、二次会が終わったころには一人で歩けなかったんだ。これはもうおれが面倒見るしかないと思って、ラブホテルまで連れて行ってあげたんだ。するとどうだ、ケイちゃんは服を脱いでおれに抱きついてきたんだ。もうそのあとは夢中で抱いたね、おれの価値が分かる女なだけあってかなり良かった。途中で玲子から電話があったんだがすぐに切ったよ。あの最高の時間を邪魔されちゃたまらん。ケイちゃんを家に送った後おれは余韻に浸って歩いて帰った。玲子と子どもたちを起こさないように静かに扉を開けて忍び足でリビングに入ったんだ。びっくりしすぎて大きい声出しちまったよ。暗闇の中で玲子がイスに座ってるんだ。玲子は震える声で聞いてきた。どこに行ってきたの?誰といたの?ねえ、答えてよ。どんどん声が高くなってきてヒステリックに叫びだしたんだ。またこれだよ。感情が高まるのを抑えきれないんだろうな、こうなったらしばらく放っとかないと直らない。でもその時は事情が違かった。あなたが女といちゃついていたの全部聴いていたって言うんだ。おれは盗聴器でも仕掛けられたのかと思ったけど、違った。どうやら電話がかかってきた時に切ったつもりが通話ボタンを押してたらしいんだ。さすがにこれは言い逃れできない。おれは少し考えて、もうずいぶんと玲子を抱いていないことに気づいた。そうだ、玲子はおれの愛を欲しているんだ。おれは泣いている玲子を強く抱きしめた。床に押し倒し、服を脱がせてやろうとした。そしたらさらに激しく泣き叫びやがるんだ。暴れる体を抑えるのに苦労したよ。わかった、わかったから、おれが悪かった、これからはお前のことを毎日愛してあげるからって、優しくなだめるんだけどより一層激しく暴れるんだ。さすがに抑えきれなくなって右手を離した。その時だ。玲子は離された左手でおれの右目の眼球を引きちぎった。おれの喉から聞いたことのない叫び声が聞こえたよ。その時、痛みよりも怒りが込み上げてきた。おれはお前たちのためにこんなに頑張っているのに、大きな野望を我慢してこれまでやってきたのに、なぜだ!なぜこんな仕打ちをする!なぜだ!そう叫んで夢中で玲子の首を絞めていた。気づいたらもう動かなくなっていたよ。泣き止んで静かになった玲子の顔は美しかった。」


ここで男はタバコを吸い始めた。男の吐く煙がおれの顔に直撃する。


「それで、あの猫が現れやがった。どこから入ってきたんだろうな。玲子の左手から俺の右目を奪って逃げて行った。それを追いかけてたらいつの間にかここにいたよ」


達成感に満ちた顔で男は微笑んだ。


「こいつは順子って言うんだ。乳癌で両乳をなくしてよ、本当に可哀想なやつだ」


隣の女の肩を抱きながら話した。


「おれは玲子のおっぱいが大好きでな、あの綺麗な形はケイちゃんでも及ばなかった。だからタキシードのじいちゃんに特注でブラジャーを作ってもらったんだ。玲子のおっぱいを切り取ってブラジャーにした。自分で着けていたらいつでも揉むことができるだろう?それでこの世界に来て順子に出会った。おれはこのブラジャーを順子に譲ることにしたよ。彼女は最高に運が良い。な?順子」


二人はまたキャッキャぐははと笑いあった。


「兄ちゃんも触ってみるかい?最高に柔らかいぞ」

「いや、遠慮しときます。それより眼帯の中を見せてもらえませんか?」

「なんだ、おっぱい触りたくないのか?変な奴だな。まあいいだろう、ほらきれいに目ん玉がくり抜かれてるだろう?」


 眼帯の裏には光をすべて吸い込んでしまいそうな黒い穴が空いていた。おれは早くこの穴を塞がなければいけないという使命感に駆られた。

 ふとどんぶりの肉団子が眼球に見えた。そうだ、これは男が猫に奪われた眼球なんだ、元の場所に戻してやらないといけない。おれは素手で肉団子を取り、男の右目に押し込んだ。ズポっときれいにハマった。男は悲鳴を上げて椅子ごと転倒した。

 肉団子が爆弾だったらいいのにと思った。このまま男の右目の中で爆発してくれと強く願った。

 女が心配そうに男を立ち上がらせようとする。ほかの客と大将は何事もなかったように平然としている。おれは小走りで屋台を去った。



 走り去って数秒後、後ろから女のかん高い悲鳴が聞こえた。本当に爆発したのかもしれない。


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