8.チェリア
ルスティカーナ辺境伯の娘が、後宮にやって来ました。
しかも、上級妃でもないのに宮殿を与えられて。
一体、どんな方法を使えば、こんなズルが出来るの?!
でも、陛下は、私にも宮殿を下さると言ったの!
きっと、あの女の宮殿より素晴らしい物に決まっているわ! だって、私は寵妃ですもの!
本当は、正妃になりたい。
でも、陛下にお願いしても難しいみたい。
この国で一番偉いのは陛下なのに、どうして、何でも思い通りに出来ないのかしら?
陛下が、カメリア・ルスティカーナと仲良くして欲しいと言って来たわ。
私の両親がルスティカーナ辺境伯にどんな酷い事をされたか涙ながらに訴えたのに、どうして、そんな事を言うのかと私は腹が立ったの。
そうしたら、陛下は、カメリアと仲良くしたら私を正妃に出来るかもしれないと言ったわ。
一瞬心が揺れたけれど、ルスティカーナ辺境伯達に媚びるなんて、絶対に嫌!
ルスティカーナ辺境伯が陛下の邪魔をするならば、罰すれば良いのに!
陛下はお優しいから、それが出来ないんだわ。
優しい陛下は好きだけれど、ルスティカーナ辺境伯みたいな悪人にまで優しくしなくても良いのに!
そうだ! 私が陛下の寵妃になってから、誰かから受けていた数々の嫌がらせも、ルスティカーナ辺境伯が指示してやらせていたんだわ!
そう考えると、辻褄が合うもの!
私から陛下を奪う為にやって来るカメリアには、絶対に負けないんだから!
カメリアは、来て早々王太后様の宮殿に招かれたらしいです。
寵妃の私が未だなのに!
上級妃でもないくせに、何故!? 賄賂でも贈ったのかしら? それとも、脅した?
そうだわ。きっと。
私が招かれないのも、王太后様が、ルスティカーナ辺境伯に脅されているからなんだわ!
大雨の日。
恐れていた事が起きました。
陛下が、約束したのに私の所へ来なかったのです。
次に来た時、カメリアの所で雨宿りをしたと、来れなかった理由を話してくれました。
何も無かったなんて、信じられません!
どうして、あの女の所で雨宿りしたの! 私の所まで来てくれれば良かったのに!
きっと、陛下の護衛か誰かに賄賂を渡しておいたんだわ!
そうでなければ、おかしいもの!
私は、カメリアにガツンと言ってやる事にしました。
初めて目にしたカメリアは、余裕ぶった感じだったの。
たった一回のお渡りで、勝った気になっているんだわ!
だから、私は腹が立って、私の方が上だと思い知らせる為に、大声で陛下を渡さないと宣言したわ。
そうしたら、付け入る隙があるのねって、馬鹿にするように答えたの!
父親が偉いからって、娘も偉いって事にはならないのよ!
寵妃の私の方が、あんなたんかより偉いんだから!
そう思ったけれど、口には出さなかったわ。
言ったって、きっと理解出来ないと思ったからよ。
陛下を椿宮に引き込んだ事を責めたら、カメリアはお茶を飲まないかと話を逸らしたわ。
見れば、黒っぽいケーキがあった。
あれは、私が求めて止まなかったチョコレートケーキ。
以前、友達の家で出して貰った時、ちょっぴり苦いけれどそれすらも美味しいその味の虜になったわ。
でも、それ以来食べる機会が無かったの。
それが目の前に在る。
凄く食べたい!
私の好物だと、どうやって知ったの?!
でも、カメリアから貰いたくないから、突っぱねたわ。
そうしたら、お茶請けも知らないのかと馬鹿にして来た!
これ以上此処に居たら怒りで死にそうだと思ったから、帰って来たわ。
ああ……。チョコレートケーキ食べたかった!
どうして、カメリアなの?! 他の人だったら良かったのに!
そう言えば……、私、今まで誰からもお茶に誘われていないわ。
これも、きっとルスティカーナ辺境伯の仕業ね!
許せない!
花見の宴が開かれました。
私は、陛下にお願いして、誰よりも目立つようなドレスを作って貰ったわ。
花見の宴だから、花飾りを一杯付けて貰ったの。
想像以上の仕上がりに満足だったけれど、侍女の一人が、上級妃達が良く思わないとか愚痴愚痴言って来て、良い気分が台無しになったわ。
寵妃である私が一番良いドレスを着て、何が悪いのかしら?!
カメリアはどんなドレスで来るかと思ったら、黒いドレスを着て現れたわ。
花見の宴なのに黒いドレスだなんて、馬鹿なのかしら?
なのに、他の妃は、綺麗な黒だと褒めていた。
私のドレスは褒め無かったのに!
きっと、あの女の仕込だわ! お金を渡したか何かして、私を褒めさせず自分を褒めさせたのよ!
宴が始まり、余興が披露されて行きます。
寵妃なのに、陛下の隣に座れないのは悔しいけれど、仕方がないわ。
どうして、寵妃と言う事より下級妃である事を優先されるのかしら?
絶対、ルスティカーナ辺境伯の仕業だわ!
でも、やられっぱなしではいないのよ!
余興に、カメリアをエントリーしておいたの。
何も知らないあの女は、何も披露出来ずに場をしらけさせて恥をかく!
私は、それを楽しみにしていた。
それなのに、カメリアは、余裕ぶって舞台に立ち、歌を歌うと言った。
しかも、私が歌う予定のヨハンネス・モザルトが作った『春の宴』を。
知っていたんだわ!
きっと、準備の担当者が、カメリアに告げ口したのよ!
寵妃である私の味方をした方が得なのに、何で、それが解らないのかしら!?
私は、カメリアが最後の高音を外す事を祈っていたけれど、カメリアは外さなかった。
私の直前にねじ込むんじゃなかったわ!
壇上に上がった私は、初めて大勢の注目を集めた緊張で声が震えてしまったの。
だから、最後の音も外してしまった!
カメリアに恥をかかせるつもりだったのに、私が恥をかくなんて!
それもこれも、カメリアの所為だわ!
後で、陛下には、カメリアの嫌がらせだったと泣いて教えた。
嫌がらせは不発だったけれど、これで、陛下がカメリアの元へ行く事は二度とないわよね!
私は、遂に、陛下の子を授かりました!
これで、男の子だったら、きっと、正妃になれるわ!
お父様も、伯爵に戻れる。ううん! もっと偉くなれるわ!
でも、私が陛下の子を産む事を、あの女は良く思わないわよね?
私の子を、殺そうとするんじゃないかしら?!
そうはいかないわ! 何とかしなければ!
私は、沢山考えて、カメリアに罪を着せて処刑して貰おうと思い付きました。
お父様に手紙を書いて猫いらずを送って貰い、それを、食事に混ぜて侍女に毒見させました。
毒見に選んだのは、花見の宴のドレスにケチを付けた侍女です。
こうして、寵妃毒殺未遂事件を起こした私は、カメリアが怪しいと涙ながらに訴えました。
でも、証拠が無いから逮捕出来ないと言います。
寵妃の私の言葉だけで十分じゃない!
でも、仕方が無いから、私の所に食事を運んで来ていたメイドを自殺に見せかけて殺し、私が書いた遺書を置いておきました。
なのに、そのメイドは字が書けないからと、真犯人がカメリアに罪を着せようとしたと言う話になってしまいました。
私は、カメリアが容疑を逃れる為に仕組んだのだと訴えたけれど、聞いて貰えませんでした。
カメリアを排除する為に頭を悩ませていたある日、毒見をした侍女が血を吐きました。
私は最初、意味が解らなかった。
だって、毒を入れていないのに。
でも、直ぐに他の誰かが毒を入れたのだと気付いて、恐ろしくなりました。
カメリアが、私の子を私ごと殺そうと動き始めた!
でも、どれだけカメリアの仕業だと訴えても、証拠が無いとかで逮捕してくれなかった。
私と陛下の子の命と、証拠のどっちが大事なのよ!
誰も当てにならないから、私はカメリアを暗殺しようと考えたわ。
でも、カメリアの食事は椿宮で作られているみたいだし、花見の宴の様な行事でもないと外に出て来る事も無い。
秋の月見の宴の時期はとっくに過ぎたし、そもそも、私が起こした毒殺未遂事件の結果、私の身の危険を少しでも減らそうと中止になったし。
侍女や衛兵が多いから、こっそり忍び込んで殺す事も出来なかった。
何も出来ずにいる間にも、小動物の死骸を部屋の周囲に撒かれたり、放火されたりしたわ。
でも、神様が私達を守ってくれた。
私は、無事に子供を産んだわ。
男の子だった。
ルスティカーナ辺境伯やカメリアがどれだけ頑張っても、神様に愛された私達を排除する事は出来ない!
私は、息子の養育は王太后様にと、陛下にお願いしたわ。
全然関係無い人より、お義母様の方が安心出来るもの。
それなのに、息子は死んでしまった。
神様に守られているんじゃ無かったの?!
陛下は、お義母様を牢に入れたと言う。
どうして?! 殺したのは、ルスティカーナ辺境伯の手の者でしょう?!
ルスティカーナ辺境伯が憎い!
私の息子を殺した!
お義母様に無実の罪を着せて、陛下とお義母様の仲をも壊した!
どんなに憎くても、後宮の外に居るルスティカーナ辺境伯は殺せない。
だから、同罪のカメリアを殺す事にした。
でも、椿宮を守る衛兵に止められた。
もとはと言えば、彼等が仕事をしないからなのに、どうして、邪魔をするの?!
しかも、乱心したとして無期限謹慎処分を下された。
どうして?! 陛下は、私を愛しているのでは無かったの?!
何時の間に、カメリアに乗り換えていたの?!
私はずっとずっと考えていた。
どうして、こうなったのかを。
ルスティカーナ辺境伯は、邪神か悪魔かと契約したに違いない!
この国は、最早、神様にもどうにも出来ないのよ!
絶望と諦めの中日々を過ごしていると、陛下が来てくれました。
私は、陛下が正気になって、私を再び寵妃にしてくれるのだと喜びました。
お義母様が亡くなったと言う陛下に、私は、ルスティカーナ辺境伯の仕業だから処刑するべきだと言いました。
陛下は、私がまだ乱心しているとがっかりしたように言って、帰ろうとしました。
私は、この機会を逃せば、陛下がカメリアの物になるのを避けられないと思いました。
陛下を、邪神か悪魔の支配下にあるこの国から解放してあげなければならないと思いました。
私は、陛下を殺しました。
これで、もうカメリアに取られる心配はありません。
でも、この国は、邪神か悪魔の物になってしまっているので、悔しいけれど、生きていてはもう幸せになれません。
私は、天国で幸せに暮らす為に、死を選びました。