番外編:国王
余は、この王国の国王である。
多くの妃が居るにも拘らず、チェリア以外の妃には手を付けずにいる。
勿論、それには理由がある。
余は、国王でありながら、情けない事に母上に逆らう事が出来ない。
逆らうと罰せられる訳ではない。
しかし、余は、即位前から母上の言いなりに生きて来たし、即位後も言いなりに政務を行っている。
その余が、唯一母上に逆らったのが、チェリア以外を抱かないという事。
何故ならば、他の妃を見ると、母上の顔が思い浮かぶからだ。
何故なのかは解らない。
だが、チェリアだけがそうでは無かった為に、余は彼女を愛した。
そのチェリアが正妃になりたいと言うので、余はチェリアを養子にして欲しいと有力貴族達に頼んだ。
しかし、返事は思わしく無かった。
最後の手段として、ルスティカーナ辺境伯に頭を下げた。
彼は、三つの条件を出した。
一つ目。
カメリアを上級妃とする。
これは、上級妃達をそう何人も離縁出来ないので、独立した宮殿を与えたり・侍女の数を上級妃と同じ数まで許したりなどで、なんとか妥協して貰った。
二つ目。
チェリアがカメリアと仲良くする。
実子と表面上ですら仲良く出来ない様な者を養子にしたくは無いとの事。
それはそうであろうな。
三つめ。
チェリアが、正妃に相応しからぬ品位の無い言動を行わない事。
これは大丈夫だろうと余は思ったが、ルスティカーナ辺境伯は、カメリアに対する事で化けの皮が剥がれるかもしれないとか言った。
チェリアの繊細さが芝居であるとは、余にはとても思えぬ。
しかし、この数ヶ月後、余はチェリアが如何にルスティカーナ辺境伯一家を憎んでいるのか、思い知る事となった。
カメリアが後宮に入ってからのある日。
余は、今にも降りそうな空模様の中、後宮に桜宮の進捗状況を確認に向かった。
この日を逃せば次は何時になるか判らなかったし、戻るまで降らないだろうと思ったのだ。
結果、桜宮を出て馬車に乗るまでの短時間で滝のような大雨に遭い、護衛から最も近い椿宮で暖を取るよう進言を受けた。
この機会に、余の情けを受けようとするであろう。
そう思ったが、カメリアはまるで興味が無いかのように振舞った。
意外な態度に、つい誘うように尋ねてしまった後に、そういう作戦かと思ったが、カメリアは、上級妃を差し置いてそんな事をすれば母上の機嫌を損ねるからと断った。
母上がそんな事を咎める訳が無いと思ったが、母上自身から釘を刺されたのだと言う。
上級妃は、母上お勧めの妃達だ。
母上は、彼女達の中から正妃を出して欲しいのだろう。
だが、無理な話だ。
余は、この時のカメリアの言葉を良く考えるべきであった。
そうすれば、チェリアと息子を失う事は無かったに違いない。
花見の宴が開かれた。
余は、チェリアに頼まれ、ふんだんに花飾りを付けたドレスを用意してやった。
「素敵! これで、カメリアがどんな華やかなドレスを着て来ても、私の勝ちね!」
しかし、カメリアは、予想に反して黒いドレスで現れた。
綺麗に染まった黒は、美しいものなのだな。
しかし、花見の宴には地味では無いだろうか?
そう思ったが、そのドレスにはピンクパールが花の様に飾り付けられていた。
それに、綺麗に染まった黒は目新しいからなのか、それとも、周りが華やかに過ぎるからか、却ってカメリアのドレスに目が行った。
何度も見ていると、不思議とセンスが良い様な気がして来た。
妃達が余興として歌や踊りを披露してくれる中、偶然にも、カメリアが歌った直後にチェリアが歌うと言う順番になっていた。
しかも、同じ歌だった。
チェリアは、イメージ通りたどたどしく歌い、最後の高音を外してしまった。
難しいだろうから仕方が無い。
後に、チェリアはカメリアの嫌がらせだと泣き付いて来た。
そう言われると、偶然にしては出来過ぎているか……?
チェリアが余の子を妊娠した。
しかし、喜びも束の間、何者かがチェリアを毒殺しようとした為、侍女が一人命を落とした。
可哀想に、チェリアは怯えてカメリアの仕業ではないかと言った。
しかし、証拠無しに逮捕は出来ない。
すると、件の料理を運んだメイドが、カメリアに頼まれて毒を入れたと遺書を残して自殺した。
だが、捜査の結果、そのメイドは無学故に読み書きが出来ない事が判明した。
それを聞いたチェリアは、カメリアが容疑から外れる為にそうしたのだと泣いて訴えた。
その可能性が無いとは言えないが、証拠が無い。
何度も起こされる毒殺未遂事件や悪質な嫌がらせ。
チェリアはその度にカメリアの仕業だと泣く。
しかし、証拠は無いのだ。
護衛を大勢付け、食事は余の物と一緒に作らせ、食事を運ぶ仕事は余の腹心の部下に頼み、そうして、漸く落ち着いた。
そして、チェリアは無事に男児を産んだ。
彼女が、息子の養育を母上に任せたいと言うので、余はその通りにした。
母上は何時ものように、上級妃の元へも通うようにと言った。
好い加減、諦めてはくれないものか。
そう思いつつ、無理ですと答えて帰って来た。
息子を母上に預けてから、間もなく一月が経つ。
そんなある日、息子が亡くなったとの連絡を受けて、余は慌てて母上の元に駆け付けた。
「母上!」
「どうしたのです? そんなに慌てて」
「どうしたって、息子が死んだのですよ!?」
まるで、何事も無かったかのように落ち着いている母上に、余は怒りを覚えた。
「ああ。秩序を乱すような事をするから、罰が当たったのでしょう。子供なんて、また作れば良いのよ。今度はちゃんと、上級妃の誰かとね」
これは、一体誰だ?
生まれて直ぐに亡くなった末の弟の死に取り乱し・涙した母は、何処へ行った?
何故、孫が亡くなったのに嬉しそうなのだ?
ふと、余はカメリアの言葉を思い出した。
『上級妃様方を差し置いてその様な事をすれば、王太后様のご不興を買ってしまいます』
まさか。
嫌な想像が脳裏に浮かぶ。
母上が余の子を殺したのか?
証拠は無い。
自然死かもしれない。
「何をするのです?!」
それでも、余は、母上を牢にぶち込んだ。
息子の死をチェリアに告げるのは、辛かった。
チェリアは暫し呆然とし、息子の死を受け入れると、叫んだ!
「ルスティカーナ辺境伯の仕業よ!」
その顔は憎しみに染まり、何時ものあどけなさは欠片も無い。
我が子を殺されたから此処まで憤っているのだろうか? それとも、ルスティカーナ辺境伯の仕業だと思っているからなのだろうか?
「陛下は、憎くないの?! 我が子が殺されたのに!」
「殺したのは、母上だ」
「違うわ! 仮にそうだとしても、その裏にはルスティカーナ辺境伯が居るのよ!」
何処までも平行線だった。
捜査するからと何とか宥めて、その日は帰った。
数日後。
ささやかに行われた息子の葬儀に、チェリアは姿を現さなかった。
悲しみの余り床に伏せたのかと思っていた余の元に、チェリアが乱心したとの知らせが届いた。
カメリアを殺害しようと、ナイフを手に椿宮に押し掛けたらしい。
何と言う事だろう。
罰しない訳には、いかないではないか!
チェリアが乱心しなければ、息子を失い嘆き悲しむ彼女を支える事も出来ただろう。
母上が息子を殺さなければ……。
いや。余が、息子の養育を母上に任せなければ良かったのだ。
だがしかし、一体誰が想像出来るだろう?
実母が孫を殺すだろうだなどと。
母上の言いなりであったツケで、余の政治能力は低い様だ。
四苦八苦しながら、周りの助けを受けながら政務をこなし、二ヶ月が経った。
そこへ、母上が亡くなったという報告が届いた。
牢の暮らしに耐えられなかったのだろう。
余は、母上を処刑するつもりも・死を願う気持ちも無かった。
ただ、牢で反省と後悔をして貰いたかっただけなのだ。
後悔で悶々としていた余は、独り後宮へ向かった。
チェリアに慰めて貰いたかった。
彼女が乱心した事を忘れた訳では無かったが。
「陛下! やっぱり、会いに来てくれたのね!」
「チェリア。余も会いたかった。……実は、母上が亡くなったのだ」
「ルスティカーナ辺境伯の仕業よ! 直ぐに処刑してください! あの男は危険だわ! 絶対、邪神か悪魔と契約している! 放っておいたら、この国が終わります!」
「……まだ乱心しているのだな」
いや。治っていないどころか、悪化している?
奇跡的に治っている事を少しだけ期待していた余は、消沈して立ち去ろうとした。
その背に、チェリアが体当たりをしたらしく、余は床に強かに体を打ち付けた。
「グッ……!」
耐え難い痛みに、余は呻いた。
何かを刺されたような痛みに、まさか、チェリアが余を刺したのかと、絶望に目の前が暗くなった。
何故だ?! ルスティカーナ辺境伯やカメリアを処刑しなかったからか?!
「カメリアには渡さないわ! 陛下は、私のものよ!」
最期に、チェリアがそう言った気がした。