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純文学(短編)

死後の相談

作者: 15cc


 今日、祖父が死んだ。

 満九十歳――肺炎だった。


「あんた、今日のうちにこっちさ()へ」

 久しぶりに聞いた母の声は鼻声だった。ずっと気の強い命令口調しか聞いたことがなく、それで反発心に高校を卒業と共に家を出たのだが、相変わらずの口調ではあったが随分か弱く、祖父の死よりも母のことが気になった。

 祖父は私が高校二年の頃から入退院を繰り返していた。正直やっとか――と思い、悲しむ気持ちは湧いて来なかった。

 祖父は、祖母を先に亡くしてから人が変わってしまった。介護をする母や母の妹――叔母によく暴言を吐いた。孫に優しかったはずが、会いに行っても挨拶を交わすことすらなくなり、ちらりと睨まれるだけだった。


 そんな祖父が死んだ。


 母は泣いていたが、心底ほっとしたのではないだろうかと私の心はどす黒い何かに覆われた。

 きっと叔母も同じことだろう。祖母が死んだときだって、「母さん母さん…」と縋るように泣いていたが、泣き終われば介護の愚痴が止まらなかった。


 母や叔母は一体何が悲しくて泣いているのだろう、と祖母の葬式でも彼女らを眺めながら思った。

 祖父は祖母を溺愛していた。縋る母や叔母以上の姿で「なして(さぎ)に逝ってまったんだして! わぁも連れでげっ!」と泣き叫ぶ……いや怒鳴っていた。

 そこまで愛する人間が死んでしまった――その祖父の想いが痛くて、祖父の涙に釣られて私も泣いたけれど死後の安堵感を覗かせた母と叔母の声で一瞬にして現実へ連れ戻された。


 ああ、死んで良かったんだ。

 十分に生きたんだ。


 悲しむことより、喪失感より、ある意味達成感を持って真っ白けになった祖母の骨を箸で摘んだのだった。

 祖父はずっと泣いていた。

 母と叔母は祖父の涙で泣いた。

 それを見ている私との間に透明な壁でもあるかのように、三人が泣き、私は傍観していた。


 私は冷たい人間のようだ。もしかしたらば最初から――産まれたときから冷たかったのかもしれない。

 一緒に悲しめない。一緒に笑い合うことは出来るのに……


 祖父はそれから体調を崩すようになった。

 頑なに病院へ行こうとはせず、毎朝仏壇の前で祖母を見つめていた。どんなになっても離れたくないと、祖母の名前を呼んでいた。


 その祖父は今、どんな顔でいるんだろうか?


 ――ふと、私は思った。祖母のもとへ行けるのだから、彼はもう泣いてはいないだろう、と。


 私は、「行かない」と言うつもりで開いた口を一度閉じ、明日は納棺だと説明する母に言った。

「夜には着くようにするわ」

 母は「わかった」と一言答えて電話を切った。


 そうだ祖父に会いに行こう。


 私は、スマートフォンを置き、クローゼットからキャリーバッグを引っ張り出した。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 静かな心理描写が素敵でした。 [一言] 人の死は悲しまなければいけない。それ以外の感情がわいたとしても。でも、本当に悲しむ、という気持ちもある。 色々と考えてしまう作品でした。
2018/07/13 13:04 退会済み
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