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書き出し祭り! 第二会場!! 作者:肥前文俊
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ソニックブルーム・シンドローム

「30秒」

 ヘッドフォンを離し、長い黒髪を整え直した先輩が僕に向けて三本、指を立てた。

「知らない曲を聴いた人が、『その曲を最後まで聴き続けるか』を判断するまでの時間だ」
「それがどうしたんですか?」
「つまり、自分の曲を通して聴いてほしいなら、30秒で聴き手をこちらの世界に引き込まなければならない、ということだ」

 なるほど、と頷く。

「要するに?」
「このデモはボツ、ということさ」

 えー、と不満を漏らすが、当然のように聞き流された。

「なんだい、この腑抜けたイントロは。君はこれを睡眠薬として売るつもりなのかい?」

 薔薇のような先輩の声が部室に響くけど、その内容は棘でいっぱいだ。そして僕も棘の……いや、針のむしろに座る気持ちでいっぱいだ。

「頼むよ、後輩クン。君の作る曲が、このウタ研を救う唯一の方法なんだから」

 だったらもう少し労ってほしいなぁ。
 古ぼけた机に肘をつきながら、僕は歌姫研究会――――通称『ウタ研』の狭い部室でため息を吐いた。






「趣味は、その……作曲することです」

 高校の入学式、自己紹介でそんなことを口走った僕は高校デビューとやらに盛大に失敗した。残念ながら、現代日本において創作者とは日陰者であり、距離を置かれる運命にあったのだ。でもクラスに一人くらいは興味を持って聞いてくれると思ってたのに。あんなあからさまに距離を置かれるなんて。
 お陰様で、クラスではでっかいヘッドフォンを被って一人飯です。さみしい。


 そんな日々に転機が訪れたのは、四月も終わりかけたある日のことだった。

「このクラスに作曲ができる子がいると聞いたんだが、知っているかい?」

 この先輩が、どこから噂を聞きつけたのか僕のクラスまで押しかけてきたのだ。
 クラス中の視線に誘導され、先輩は僕の席までやってきた。
 黒い絹のような長い黒髪。黒いタイツに包まれた、モデルみたいに長い脚。薔薇のように色香の漂うアルトの声色。
 僕のようなぼっちでも知っている。彼女がこの学校の二年で、『歌姫』と自称する存在であると。

「君のような存在を、待っていたんだ」

 先輩は手を差し伸べる。まるでアニメのワンシーンのように絵になる光景だった。
 そして、それを前に僕は――――心底嫌そうな顔をした。

「え……嫌、です」

 だって、知っていたのだ。
 彼女が『歌姫』なんて生易しい人じゃないって。

 曰く、入学直後にスカウトされた合唱部をそのまま乗っ取ろうとした。
 曰く、嫌がらせをしてきた先生をその場で張り倒した。
 曰く、不良のカツアゲから助けてくれたと思ったら財布の中身を半分持ってかれた。

 学内の圧倒的情報弱者な僕でさえこれだけの噂が流れてくるのだ。実際はこの数倍の実績があるのだろう。
 綺麗な花には棘がある、なんて言ってる場合ではない。槍を担いだ女王様と呼んだ方がふさわしい位だ。

「いいや、君に拒否権は無い。この私に相応しい楽曲を作る名誉を、君に与えようじゃないか!」

 女王様から暴君にレベルアップしました。
 周りからの視線は哀れみに満ちていた。勿論、助けてくれる人はいなかった。





 僕を謎の空き教室(後からそこは部室だと判明した)に連れ込んだ先輩は、その美しい声色を無駄遣いしながら事情を滔々と語った。

「私の声は美しい。だからそれを崇めるためのサークルを作りたかったんだ。わかるだろう?」
「いいえ、全く?」
「それで去年ウタ研を作ったはいいが、最近になって教員どもは「部員が一人だけだから廃部」と言い出したんだ。私の声を崇めるサークルなんだから、私一人いればいいじゃないか、なあ?」
「いや、駄目でしょう」
「納得いかなかったから二、三人ほど蹴り飛ばしてみたが、「せめて活動実績は必要だ」と譲らない」
「当然だと思います。というか何で停学にならなかったんですか」
「仕方ないから私の歌声を記録しようと思ったんだが、既存の曲の使いまわしでは私の声がかわいそうだ。私のためだけの曲が必要になる」
「じゃあ自分で作ればいいんじゃないですかね」
「君さっきから生意気だな。吊るすか?」
「いきなり怖い!?」

 この後?当然のように入部届書かされましたけど?
 そうして一カ月ほど経って、現在に至るのです。





「君は掴みの重要性を分かっていない。そんなんだから君のボカロ動画の再生数はいつまで経っても300止まりなんだ」

 やめて、その言葉は僕に刺さる。棘に槍に、僕の心は穴だらけだ。

「この前のロックのやつはいい線行ってた。でも、まだ十分じゃない」
「あれは打ち込みだから……やっぱりギターは本物じゃないと、どうしても」

 この前の、というのは先週先輩に聴かせた別のデモ曲のことだ。
 僕はピアノ以外の楽器はろくに弾けないので、ギターやドラムを打ち込み……要するに、パソコンの合成音声に頼らざるを得なかったのだ。
 最近のソフトは性能がいいからある程度は誤魔化せるけど、ギターだけは本物の質感にどうしても及ばない。先輩はその部分を見抜いているんだと思う。
 誰か、ギターを弾ける知り合いさえいれば……。でも、コミュ障の僕には軽音楽部に頭を下げに行くことすらできなかった。
 だから、あの曲はずっと未完成なのだ。つまりはお蔵入り。

「というかそこまで言うなら先輩が作ればいいじゃないですか」
「前にも言っただろう。分業制というやつだよ」

 先輩はそう言うが、それの本当の意味を僕は知っている。
 DTMと呼ばれる現代の作曲においては、パソコンが一台あれば大抵のことはなんとかなってしまう。しかし、裏を返せばパソコンが使えないとどうにもならないのだ。
 そしてこの先輩、しばらく一緒にいて分かったが、超が付くほどのド不器用である。
 「これ、何もしてないのに壊れたんだが」なんて言葉を生で聞くことになろうとは思わなかった。ついでに言うと、同じ理由で楽器もできないらしい。

「まあまあ、私のために頼むよ。龍角散のど飴あげるから」
「いらないです……」

 あれ喉すーすーするから嫌いなんですよ。先輩は好きらしいけど。

「仕方ない、私の歌声で君のインスピレーションを刺激してあげようじゃないか」

 単に先輩が歌いたいだけですよね?という言葉を飲み込んだ。勿論歌うのを止めるなんてことはしない。先輩は歌うのを邪魔されるのが一番嫌いなのだ。
 それに……実のところ、先輩の歌を聴くのは嫌いではないのだ。
 なぜなら――――彼女の歌声は、その自負に相応しい程に、美しいから。


「――――」


 先輩の独唱が部室に響く。澄んだ液体のように狭い部室に満ちて、溢れて、空気に溶けて、どこまでも遠く。

 『エーデルワイス』。日本でも有名な歌だ。
 原曲はミュージカルで、高貴な白い花を祖国のオーストリアに例えて歌っている。
 先輩のイメージはどちらかというと黒だよなぁ、と思いつつも、僕はその歌声に聴き惚れていた――――のだが。

「ッ!?」

 気付いた。歌声に寄り添うような、もうひとつの旋律があることに。
 思い返す。この旋律はずっと流れていた。恐らくは、先輩が歌い始めた直後から。
 でもさっきまで気付けなかった。――――あまりにも自然に、歌に融け込んでいたから!

「――――って、どうしたんだ?人が歌っているときに意識を外すのはマナー違反だよ」

「先輩、今の聞こえました?」

 僕は小声で先輩に問いかける。

「……何のことだい?」
「聞こえたんですよ。隣の教室から、先輩の歌に合わせて弾くギターの音が!」
「隣の教室って……」

 あそこは確か――――

「今はただの倉庫だよ?」
「じゃあ倉庫にいたんですよ、ギタリストが!」

 今僕たちがいる旧校舎の二階は、もう授業で使うことはなく、空いた教室は部室や倉庫として利用されている。
 しかし倉庫になった教室は埃がひどくて、基本的に誰も立ち入ろうとはしないのだ。
 でも、音がしたのだ。確かに、その方向から。

「えー、あんな不衛生な場所に?アレルギー性鼻炎になっちゃうよ?」
「ギタリストの健康なんてどうだっていいんですよ!!とにかく確認に!!」

 教室を飛び出す。そして隣の教室のドアを、思いっきり開け放った。


 僕はそこで、一輪のエーデルワイスを見つけた。


 教室に舞う埃に夕日が反射して、星屑のように煌めく。
 その真ん中。雑多に並ぶ机と椅子に囲まれているのは、小さなアンプとエレキギター。そして、

「……あ」

 そのギターを抱えた、真っ白な髪の、女の子。
 それはまるで、高原に咲く白い花のような。

「……何か御用でしょうか」
「あ……」

 ……で、僕は彼女に何を話せばいいんだ!?
 何も考えずに飛び込んでしまったけど、別に彼女に用事があったわけでもなく、たださっきのギターが良かっただけなのだ。
 しかも僕は絶賛ぼっちのコミュ障だ。もう散々話して慣れてしまった先輩相手ならともかく、初対面の女の子とどうやって話せばいいのかなんて、分からない。
 でも、思ってしまったのだ。
 あの曲に、彼女のギターがあれば、って。
 だから、思いきり、


「あ……あなた(のギターサウンド)が、欲しいです!!」
「え……嫌、です」


 思いっきり言葉足らずの叫びは告白に曲解され、そして僕は無意味に失恋したのだった。





 青春とは、音の速さで心を駆け抜ける病である。
 音と花の香りに狂った僕たちの病気せいしゅんが、ここから始まろうとしていた。
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