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書き出し祭り! 第二会場!! 作者:肥前文俊
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ゆえにえにしむすばれし

 黒髪黒目の小さな少女がただ歩く。引き連れるのは1匹の荷馬、その背には土か埃か煤かに汚れ、意識の無い少年が1人。
 少女の年格好は10を越えるか越えまいか。少年は10にも届かぬ程か。しかし姉弟に見えないのは明らかだ。鈍い金色をした少年とは顔立ちも違う。
 端的に異様である。が、最も異様であるのは少女そのものだ。

 いかにも旅慣れしていると思しき、古びたマントを外套とし。童のようにふらつく事なく、大樹めいて安定した足取りは、真っ直ぐとし揺るぎない。見たままの少女にしては全く以てあり得ない。
 そして何より、腰に下げた代物がとびきり異様であった。それは鞘に収まった細長い刃物で、刃には若干の湾曲が見られ片刃である。少女、いいや女に言わせると、この刃物は刀と呼ぶらしい。
 この地で使われる刃を持つ武器は、主に直剣や、もっと肉厚な物が殆どであり、刀などという物をお目にかかる事などまずは無い。
 そんな珍奇で、おまけにそれなり重量のある代物を腰に下げ、慣れたように歩く童女など。

 女には、年相応という言葉が全ての面で一切当てはまらない。最早振る舞う中身ではなく、その身体、というより容れ物こそが異様なのではなかろうか。

 そんな女が背を向ける方へは、小さな農村があった。広場には老木がそびえ、貧しくも豊かさのある村だった。
 それももう無い。村が、あった、だけだ。
 今はもう、崩れた家屋と炎燻る瓦礫、山ほどの死体のみ。後は朽ち果て風化するのを待つだけ。

 原因は何か。簡単だ、略奪である。規模からいって単なる野盗の仕業ではあるまい。下手人はおおよそどこぞの貴族にでも雇われた傭兵団か。
 アングナートの名で呼ばれるこの地は、領土を接するいくつかの小国が対立を繰り返し、貴族がごろつきと大差無い傭兵団を雇っては戦を起こす。支払いを浮かせるのが目論見か、蛮行は往々に黙認される。村1つ消されるなど、実のところそう珍しくもない。

 故に女は背を向けて、ただ歩き続ける。





 悲鳴、怒声、下卑た嗤い声。砕く音、燃える音、引き裂く音。何かを生み出す音など一つもありはしない。何かが、何もかもが、失われる音だけが絶え間なく耳を打つ。
 自分を物陰に押し込んで出て行った両親も、とうにそんな音を立てたきり。
 血の臭い。炎の熱。肉が炎で焼ける臭い。
 こうして終わるのか。こんなものに包まれて終わるのか。
 こんなものに、成り果てるのか――。

 少年はこうして意識を失った。身体を横たえ、目を閉じた。もう開かないはずだった。

 そしてそのはずだった目が開いた時、彼を包むのは穏やかな温もりだった。
 仰向けに寝かされたまま頬に感じる、火の温もり。あの暴力的な熱とは比べるべくもない。そしてその温もりを逃さぬようにか、身体は厚手の布にくるまれていた。
 一体……。微睡から覚めることをいまだ許されない少年に、ましてその答えなど。

「おや、目が覚めたかいね」

 童女のように澄んで高くありつつも、らしからぬ落ち着きを持った不思議な声が、少年の耳を打つ。
 のろのろと身体を起こし、声の主へと視線を向けると、そこには黒髪の少女が腰を下ろしていた。その横には少年の見慣れぬ棒が立てかけられている。つまるところ刀だが、少年に知る由も無い。ただ身にまとう外套から察するに、今少年をくるんでいる布は、予備か何かを貸し与えられたものなのだろうと、ぼんやりながら察する事が出来た。
 日はとっぷり暮れ、小さな焚き火で照らされたこの空間だけが、声の主と少年と、ついでにくつろぐ荷馬だけが宙に浮いているようだった。

「わしはヤツカという。好きに呼んでおくれ。……そうさな、しがない旅人といったところじゃ。こんなナリをしておるがのう」

 くつくつと笑いながら女は名乗る。まるで、怪しい者ではないと先んじるように。どうせなら両手でも上げようかと女、ヤツカが動いたところで、それはすぐにやめた。彼女は、自分が焚き火にかけた小ぶりの鍋を混ぜている最中だったのを、どうも意識に入れていなかったらしい。
 その鍋の中では、幾分か粘りを持った雑穀がとろとろと煮えている。粥である。

「……よしよし、こんなものか。ほれ、おあがり」

 味を確かめた雑穀粥を、女、ヤツカは慣れた手つきで器へよそい、少年の眼前へと突き出す。
 思わずといった塩梅、殆ど反射的に、小さな木のボウルと簡素な木べらを受け取った少年の手の中、粥は優しく湯気を立てていた。

「えっ、あ……。ありがとう、ございます? えっと……えーと……」
「ヤツカじゃ」
「ヤツカ……さん。ぼくはティモと、いう、いいます」

 自分と大差ない背格好に見えるヤツカに、少年、ティモはしかし何か感じ取れるものがあったのだろう。その点で子供というのは鋭いものである。
 弱り切った心身で、たどたどしくありながらも言葉選ぶ様は、健気でもあるし、それもむしろ子供らしくあった。

「くふ、おぬしはほんによい子じゃ。……どした、冷めてしまうぞ」
「あ、い、いただきます……」

 いまだ靄がかかったような頭のまま、促されるまま、とりあえず目の前のものへ。
 そうして口に運んだ粥はよく炊かれ、すぐに形を失い喉へと滑り込んだ。柔らかい熱で温められた胃の腑が、もっともっととせがむようで、どんどんと手は早まる。ティモがほとんど掻き込むようになるまでは、ほんのすぐだった。

 それから手は止まらない。身体の真ん中、温められたはらわたから、血流に乗って熱が駆け巡り、春の雪解けのようにあちらこちらが動き出す。それはまさに、生を取り戻したと言うよりほかにない。
 あっという間にボウルは空になり、すると自ずから、ふうと一息が漏れる。
 それが合図だったのだろうか。止まった時が動き出したとでも言うべきか、固く封をされた栓が緩んだようだと言うべきか。

 生きるのならば。死なぬのであらば。それは足を掴みにやってくる。
 しみ出すように、忍び寄るように。音が、熱が、声が。恐怖が。苦しみが。悲しみが。
 駆け巡る。駆け巡る。埋め尽くすように駆け巡る。
 漏れ出すものが、言葉となって。

「かあさん……。とうさん……」
「クロエ……。ロブおじさん、みんな……」

 忘れていたわけではない。忘れられるはずもない。忘れられればどんなに楽か。

「ウソだ、そんな、どうして、なんで……」

 意味を成さない呟きも、瞳から零れ落ちる涙も、漏れ出るものは止め処ない。
 血が巡り始めたせいか、ぐうぐうと鳴り出した腹の音すら止め処ない。
 生きるために。ただ生きるために。

 死を悼むこの瞬間すら、残酷な程に生は幼く小さな少年を逃してくれはしない。
 どれだけ惨たらしく人が死んだその時ですら、どれだけ自分が身代わりならばと思うその時ですら。もっと食え、もっと眠れ、もっと生きろと自らの身体は叫びを上げる。
 それが無性に悔しくて、情けなくて。

「よい。今はよいのじゃ。ほれ、これも焼けておる」

 ヤツカは全て分かっている。
 だから泣き濡れるティモへ、ヤツカは肉を差し出した。
 野兎を捌いて焚き火で焼いた。滴る肉汁はさぞ美味かろう。
 ヤツカは全て分かっている。
 肉を裂き、ティモへと分ける。半分に分かたれた肉を、泣き濡れるティモへ差し出した。

「今はただ食って、寝るがよかろう。それだけでよい」

 ティモはそれを受け取った。半分に分かたれた兎の肉を。
 止まらぬ嗚咽でえずきそうになりながら、遮二無二肉へと食いついた。

 そうやってでしか、いられないのだ。



 「近くの町に、縁のある商人が店を構えておってな、そやつにおぬしを預けようと思う。いつも忙しのうしとるから人手は入り用に違いなかろうて、下働きとて食い扶持と屋根だけはなんとかなるじゃろう」

 横になったティモをあやすように、ヤツカは語る。
 この歳相応にはまるで見えない女に、浮かぶ疑問は絶えない。逐一問うていけば、それこそ寝入りを逃すに違いない。
 ただこれだけは、切り出さなければならなかった。

「どうしてこんなに良くしてくれるんですか? ヤツカ……さん、は。ぼくみたいなのを助けてまわってるんですか?」

 ティモにとって、勇気のいる質問だったことだろう。とはいえ、正直に答えて貰える見込みが特に少ない質問だという事には、気付けていない。そこがまだ子供らしいところでもある。
 そんな無垢さに、ヤツカもついつい笑みをこぼしたのは、無理からぬことだ。

「ただの気紛れじゃ。こんな事はまず無いな。幸運に思えよ?」

 そんな風に、本当になんでもないみたいにあっさりと答えるヤツカへ、そんな、と声を上げかけ、しかしそれ以上何か問うことなど出来なかった。

「わしはの、善き人ではないぞ?」

 そう嘯きながら口角を上げてみせる様の、蠱惑的な艶然さに、ティモはただ黙り込むしかなかった。
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