Act1 「絡み合う運命」
もし、時間を好きなように操ることができるのならば、あなたはどうしますか?
私がふと、気がつくと、また同じように私は窮地に立たされていました。
ビルの屋上で私は何者かに拳銃を向けられていて、後ろのにはフェンスもなにもなく、
断崖絶壁というのでしょうか、そこから落ちてしまったら命を落とす位置にまで追い込まれてしまっています。
私の隣には、まるで私を守ってくれるかのように誰かが立っていました。
今、わかることはその人は銀髪であることと、その人が私を脅威から守ってくれている人であることしかわかりません。
唯一わかるのは、体つきと髪の長さから女性であるということだけ、でも理由はわからないけれど、その人はとても信頼できる人だと思う事。
そして、私達に銃を向けている人はどこかで見たことあるような風貌で、でもはっきりよくわからないけれど、おそらくは私がよく知っている人物だと思う。
なぜかわからないが、私はその人に銃を向けられている。
銀髪の人は私に向かってこう言っているように聞こえる。
「生きるんだ……生きて、自分で未来を切り開くんだ……」
でも、今、私の目の前で銃弾を受けて……銀髪の人はビルの底に落ちていきました。
なぜか名前の知らないはずの人の名前を叫んで、段々、目頭が熱くなってきて、会ったことも無いし、名前も知らないけれど、涙が溢れてきて前が見えなくなっています。
もし、私が時を操る事ができたら、救う事ができたのかもしれないのに…なぜか届かない…
過去に行って、その人に撃たれるって伝えれば、もしかしたらって考える。
でも、私はこの時間を操ることなんて嫌いなはずなのに……なんで……
「じゃあ、今度は君の番だ……」
私によく知っている人物が拳銃の引き金を引くと、私の下腹部に激痛が走り、反射的に押さえていた手が真っ赤に染まっていました。
そして、私は涙を流していると、徐々に私の目の前が真っ暗になって……
そして気がついたら、ベットから落ちていて、床に寝転んでしまっている私がいた。
天井はいつもの通り、コンクリートで囲まれた灰色の天井。窓からは最低限の太陽の光が部屋を照らしている。
今日もまた悪夢だった…これで三日連続、銀髪の人の夢だ。
内容はともあれ、最終的なオチはみんな一緒「銀髪の人が私を守ってくれるけど最終的には私が殺される」なんと最悪な夢なのだろう…。
一昨日は、後ろから首を刈り切られ、昨日は身体を鉈で切られて失血死だ。
こんなに悪夢を見続けていると、寝るのがいやになってしまうほどここ毎日悪夢が続いてしまっている。
一応、今日見た夢の中で撃たれたと思われる、下腹部を見てみると銃創どころか出血も無く、きめ細かな白い肌が見える。
なんだ、今日も夢かと思った私は身体を起こして洗面所へと向かう。
歩きながら私は目を擦り、軽く眠気を覚まし、洗面所でぬるま湯を出して顔を洗う。
顔を洗い、完全に目が覚めると、私には開ける事が出来ないドアから、トントンと叩く音が聞こえてくる。
「エリーゼ・プラトン、朝食の時間です。部屋から出るように」
聞き馴染んだ先生の声が聞こえてきた。
私の精神的な診療をしてくれる人だ、私は先生と呼んでいるが本名はわからない。
勉強を教えてくれたり、風邪の時とかにも心配してくれる。
私は着替えを手早く済ませ、空ける事が出来ないドアを開ける。
今日の服装も、簡素な黒いTシャツに、動きやすい白のズボン。下着は上も下も柄の無い白だ。汚れは何も無く、清潔そのものだ。その上に白衣を纏う
そしていつもの様に、コンクリートに覆われた殺風景な自室に別れをつげ、朝食を食べるために食堂と思われる部屋に向かう。
今日の予定は、午前9時から12時までは論文を書いて、お昼ご飯を食べて13時から移動し、16時に行われる論文発表会を終えた後、19時から行われる企業のレセプションパーティーに参加する段取りになっている。
今日行われる論文の内容は時間跳躍とその応用だ…もちろん、その発表するのは私と先生、そしてソフィア博士の3人となっている。
時間跳躍、すなわちタイムトラベルだ。タイムトラベルをするには、専用の機械を使用して行う、2001年にジョン・タイターが用いたというタイムトラベルの仕組みを研究し、改良を加えたものを使用する。
今現在、論理的にタイムトラベルに成功すると10分前か10分後へ飛ばされる。もちろん、どちらかの時間に飛ぶのかは任意的に選択することができる。
とはいえ、研究チームの一人が「タイムトラベルの成功率は99%ですよ! 気楽に行きましょう」と言っているが、もちろん、鵜呑みにはしていない。
人類が宇宙よりも未開である時間という世界に挑むのだ、失敗したら、どうなるかは実際にテストしている私にもわからないのと、実験に失敗はつきものであること。
そもそも10分というのはあくまでも目安である。
飛ばされるのがもしかしたら、10時間かもしれないし、10年、もしくは10世紀になるのかもしれない。
私が研究している、タイムマシンはドラえもんの世界のではないので、不確定要素が多いのだ。
話が長くなってしまったが、とにかく今日はこの論文を発表してパーティーに望む。
どちらかというと、私はパーティーの方が楽しいメインイベントとして捉えている。
生まれて初めて、大きなホテルでの晩餐会の参加だ、私みたいな若い女の子が夢を見る事は決して悪いことではない。
でも、あんな夢を3日連続で見てしまったのならば、ホラー映画の様にせめて遺言やメモでも書いておくべきだったのだろう。まぁ、書いたとしても見てくれる人なぞそうそういるわけないと思うが。
そんなことを考えながら食事を済ませ、最後にオレンジジュースを飲み干すと、私は席を立ち実験場に赴く。
もしかしたら、この朝食はこの世で食べる最後の朝食なのかもしれない。と冗談になるようなことを考えながら私は部屋を出た。
レセプションパーティー開催まで3日前 PM 4時。
いつもなら、夕暮れ時なので、辺り一面が夕焼けで紅く染まりつつある時間だが、本日はどんよりとくもり空となっている。
そんな曇り空の下、日本の東京都23区内にある、小さな町。
雑居ビルがところせましと立ち並んでいる中、普通に歩いていると見落としてしまう場所に凄腕の便利屋が存在している。
5階建てのアパート件事務所の2階にある、小さな事務所、その中に便利屋が存在していた。
その便利屋の従業員兼、副社長兼、会計である篝アリサは3日ぶりに「便利屋やたがらす」と書かれているドアの鍵を開け、休業中と書いてある貼り紙を外し、中へと入っていった。
「はぁ……3日前に掃除したというのに、また事務所が汚くなっているじゃない」
事務所スペースに入ってすぐにアリサはため息をつく。
一回だけ目を通した書類や、読んで二回目は読まない週刊誌。空になったジュースやビールの缶や空になったポテトチップスの袋などが事務所内に散乱している。
挙げ句の果てには、大人のおもちゃのような空箱が、客人用のテーブルの上に転がっている始末だ。
ちなみに、3日前にアリサが掃除した際には、ゴミどころか埃すら無かったはずなのに3日でこの有様である。
そこの中央にある客人用のソファには、銀髪の女性が寝息を立てている。
「マオっ!! 起きなさいよ!! 午後4時よ!!」
「ううん……うるせえなぁ……」
ソファに横になっている人物こそ、この「便利屋やたがらす」の社長である雑賀マオである。
ベットで寝ている銀髪の女性こと雑賀マオがベットに寝ているのを見て怒りがこみ上げてくるので、金髪の女性である篝アリサが彼女の身体を揺すり始めた。
「また寝てるわね……ちょっと! マオっ!! いいかげん起きなさいよ!!!」
「あと……五分……だけぇ……」
「五分だけ……じゃないわよ!! 私がちょっと旅行に行っていた間にこんなに散らかして、なにやってたのよ!!」
アリサがなんとかしてマオの身体を起こすと、マオは目を擦り、あくびをしながら答えた。
「女の子ナンパして、一緒にいちゃいちゃしてから、ここに戻って寝てたわ。にしてもあの娘いろいろと可愛かったぜ、おっぱいは大きいし、指で弄くると可愛い声だして、とっても可愛かったぜ」
「はぁ……」
この便利屋の社長のぐうたらっぷりに再び、アリサがため息をついた。
この阿呆な相棒には一度、お灸を据えなければならないとアリサが決心をした時、事務所の固定電話から着信音が響き渡った。
電話のディスプレイを見ると、「パンナコッタ」と書かれている。
「パンナコッタ……こんな時間に何の用があるのかしら?」
パンナコッタ、世界規模でビジネスをしている貿易会社である表の顔を持ちながら、政府や軍隊に武器を売っている商人だ。
マオとパンナコッタという人物は親友であり、パンナコッタが日本に来たときのこボディーガードなどに私達を呼んでくれるお得意様である。
一回の報酬もかなり高額であり、仕事で使用した経費も持ってくれる上に、日本はそれなりに来ることが多いのでかなりの頻度で依頼をしてくる。
そんなお得意様であるパンナコッタさん相手に、まだあくびをしているマオに電話番を任せることができないと判断したアリサは2コール目にゆっくりと受話器を取った。
「はい、こちら便利屋やたがらすです」
電話の主は凜々しくハキハキとした声色、アリサはすぐに誰か理解した。
「突然の電話失礼いたします、私パンナコッタ様の側近メイドの雅でございます」
「あら、雅ちゃんじゃない、どうしたのこんな急に?」
「こんにちは、アリサ様。雑賀マオ様はいらっしゃいますでしょうか? 可能であれば、お取り次ぎを願いたいのですが」
「なに? 仕事の話かしら、今、あいつ寝起きだけどそれでもいいかしら?」
「かまいません、なんせご主人様の命ですので、よろしくお願いいたします」
アリサはマオに電話に出るように話しかけた。
「マオ、雅ちゃんから。仕事の依頼だって」
「なんだよ…雅からか、アリサよ、居留守を使ってくれよ、苦手なんだよあいつ」
「もうあんたが寝起きだということは伝えてあるわよ、嫌とか出たくないとか言っていないでさっさと出なさいよね、首元に矢をぶち込むわよ」
「それは勘弁してもらいたいぜ」
アリサの脅迫に身震いしたマオはすぐさまに電話の受話器を手に取った。
「はい、もしもし、お電話変わりました。社長の雑賀です」
「マオ様、雅です。大丈夫ですか? 少し声が震えているように感じていますが」
「ところで何の用だ? アリサに首元を刺される前に答えてくれると助かるんだけど」
「かしこまりました。単刀直入に言わせていただきます、仕事を一つ頼んでもよろしいでしょうか?」
雅が仕事の話を切り出すと、途端にマオの目つきが鋭くなる。
それを感じ取ったアリサはマオの首元から、矢を離す。
「なんだ、仕事の話か、何をすればいい?」
「誘拐です。女性を一人誘拐していただきたいのです。その女性は世界を変えてしまうほどの女性です」
「おいおい、まさか、どっかの大統領のお嬢様とか財閥の箱入り娘をさらってこいってか? あたし達を国際的な指名手配犯にでもする気かよ?」
「いいえ、違います。まだ無名の科学者の女性です。電話だと顔写真などみせることができませんので、本日、ご主人様の意向により、会食の場をご準備いたしました。東京スターサイドホテルの個室ディナーをご準備しております。私が本日午後8時頃に事務所前へお迎えにあがりますがよろしいでしょうか?」
「いいのか? スターサイドホテルで飯なんておごってもらえるなんてさ、しかも送り向かいのサービス付きなんてよ」
破格の条件に思わずマオの顔からも笑みがこぼれる。
「今回の依頼は当日誘拐をしていただく会場の事前視察も兼ねております、この程度必要経費の内です、お気になさらないでください。お食事代はご主人様のご厚意ですので」
「それじゃ、わかったぜ、午後8時な」
「よろしくお願いいたします。では失礼いたします」
マオは受話器を置き電話を切ると、アリサに雅から言われたことを伝え始めた。
「アリサ、仕事が入ったぜ。とりあえず、今日の午後8時に迎えが来るってさ、にしても、雅ってメイドの癖に愛嬌ないよな……無愛想な奴だぜほんと」
「まぁね、私たちが知り合ったころから冷静沈着なんだから、いつものことじゃない、それよりも、スターサイドホテルでご飯って、会食にしては豪華じゃないかしら?」
「まぁ、そこで当日の現場視察もするから、飯代はルルが持ってくれるってさ、ここは一つごちそうになろうぜ」
必要なことを伝えたマオは再び大きなあくびをすると、ベットに横になり、そして……
「んじゃ、そんな訳で雅が迎えにきたら、起こしてくれ……おやすみ……」
そう言うと、マオはベットに再び横になると、寝息を立て始めた。
「ねぇ!! ちょっとゴミ捨てとかはどうするのよ! また寝始めた……あの馬鹿……」
アリサは呆れて何も言えず、ため息をついた。
「まだ時間あるし、支度したらシャワーにでも浴びようかしら、なんせホテルだしね」
アリサはシャワーを浴びるために事務所の中にあるシャワールームに入っていった。
レセプションパーティー開催まで後3日 PM 7時55分
雅が約束した時間に近づいたころ、事務所のドアを叩く音が響く。
「おっ、来たな。来たぜアリサ。本当に時間ぴったりに来る、律儀だねぇ」
ドアを開けると、そこにはパンナコッタのメイドである雅がおり、マオ達に一礼する。
「お迎えに上がりました、マオ様、アリサ様。事務所の下に車を停めておりますので、どうぞこちらへ」
「こんばんは、雅ちゃん」
「こんばんは、アリサ様、突然の会食の依頼申し訳ありません」
「こちらこそ、夕飯ご馳走になって申し訳ないわよ」
雅が案内した先には、黒光りしている高級外国車が停まっており、雅に案内されたマオとアリサは雅の車の後部座席に乗り込む。
座席は安物の国国産車とは違い、シートはふかふかでゆったりと座れる。乗ってしまったら、ほかの車の座席には満足できなくなってしまうほどだ。
「出発いたします、高速道路に入りますので、シートベルトの着用をお願いいたします」
二人を乗せた車は事務所の前を出発し、すぐ近くのインターチェンジから首都高へ入っていく。
「事務所から30分ほどで到着いたします、それまでごゆっくりと」
「なぁ、ちょっと聞いていいか?」
マオが雅に質問を投げかけた。
「今回、誘拐してこいって女の子は科学者なんだろう? どういう分野の研究をしているんだ?」
雅は運転しながら、一瞬考え、答えを出した。
「お二人は、タイムトラベルは信じますか?」
「おいおい、何言っているんだ? そんなSFチックなことできるわけないだろ」
「信じるわけないわ、現実的な雅ちゃんがそんなこと言うなんて珍しいわね」
マオは雅を笑い、アリサは首をかしげる。
「信じられないのも無理はありません、なにしろ、その理論の発表があるのは3日後のスターサイドホテルで行われます、時間跳躍論理というものを研究しているそうです」
アリサが何かわかったように答える。
「まさか、その発表会で誘拐してくるのが……」
「アリサ様、ご明察です。今回誘拐していだく女性はその発表者です」
マオはグッと腕を伸ばすと、一息ついて、
「まぁ、詳しいことは、ルルから聞いてみないとわからない、顔写真や資料がないとなおさらだからな、とりあえず着いたからだな」
三人の会話が弾んできた頃には、車は高速道路を降りており、高級ビル街へと入っていた。
その中でも一番高く、一番光り輝く建物が見えてきた。
「まもなく、スターサイドホテルに到着いたします」
雅が運転している車は高級ビル街の中でもトップクラスで大きい建物の前に停まった。
「スターサイドホテルに到着いたしました。ご主人様はロビーにてお待ちです、私は車を駐車場に止めて参りますので、お二方はお先にホテルの中へ入ってください」
「わかった」」
マオとアリサはホテルの正面玄関で降りると、ホテルマンが開けてくれた豪勢なドアの中へと入る。
ロビーはとても広く、シャンデリアを用いた絢爛豪華な照明がホテルの内装を彩る。
ソファには座っている子供の様な女性だけで、夕食時なのか、他の客はおらず、フロントの人間とホテルマンだけである。
すると、子供の様な女性はマオ達に気がついて、こちらに寄ってくる。
「やぁやぁ、車の移動お疲れさん、今日はいきなり呼び出しちゃって悪いね」
「よぉ! ルル!! 背がちっちゃくてどこにいるかわからなかったぜ」
「そりゃ、悪かったな、はははっ!!」
マオが子供のような女性と高笑いしながら話をしていると、正面玄関から車を停めた雅が現れる。
「お待たせいたしました、ご主人様、マオ様とアリサ様を連れて参りました」
雅が子供のような女性に一礼する。
「お疲れちゃん、予想よりもずいぶんと早かったね。というと、道は混んでなかったんだ」
「ええ、予想よりも3分ほど早く到着いたしました」
「それじゃ、お腹空いたでしょ? とりあえずご飯食べようかね。雅も一緒に食べようか、一緒に食べた方が美味しくなるからね」
「かしこまりましたご主人様」
子供のような女性は、フロントにいるスタッフに声をかける。
「予約していたルル・シェラード・パンナコッタだ。食事のところまで案内してもらえないか?」
レセプションパーティー開催まで後3日 PM 10時
四人はそれぞれフルコースディナーを食べ終え、食後の余韻に浸っていた。
「いやぁ、うまかったぜ! すまねえな、ルル!」
「ご馳走様でした、パンナコッタさん」
「気にしなくていいよ、これぐらい必要経費だからさ」
ルルがお冷やをぐぐっと飲み干すと、一息置いて語り始める。
「それじゃ、食器も片付けてもらったことだし、今回の仕事について説明しようか、雅、二人に資料を渡してくれないか?」
ルルの指示によって、二人には4ページある資料と一枚の集合写真が渡される。
資料の内容は、ここのホテルの間取りや、論文発表とレセプションパーティーのタイムスケジュール、そして逃走用のランデブーポイントが示されているホテル近辺の地図。
そして、集合写真には白衣を纏った中年の科学者の中に、紅一点でこの写真の中でもかなり目立つ少女がいた。
その少女は見た限りだと、中学生か高校生の間の年齢で、髪は黒髪でロング、肌は白く、眼鏡をつけている。白衣を着ているがあまり運動とかできなさそうなくらい、細身の体型をしている。
写真の中だとかなり右の端にいる為、この論文自体にはあまり貢献はしていないと思うが、写真にわずかだが、華やかさは加えている。
気になる点があるとするならば、彼女の写真は幸薄そうな、暗い表情をしている。
まるでこの集まりがあまり好きじゃなさそうな顔持ちだ。
「というわけでさ、その写真に写っている紅一点の女の子、その娘をさらってきてもらいたいんだよねぇ」
二人が黙々と資料に目を通している間、ルルはその少女について説明していく。
「その女の子の名前はエリーゼ・プラトン、まだ15歳の天才少女さ、アメリカの方ですでに博士号を持っている正真正銘の天才少女だよ」
「嘘っ! 15歳なのこの娘!?」
この中年科学者の集まりの中にいる女の子が15歳というのに驚きを隠せないアリサ。
「そして今、時間について彼女は研究をしている真っ最中なんだよねぇ、今度発表する時間跳躍の論文も彼女が関わっているだよねぇ」
「珍しいな、いつもなら警備の手伝いとか、暗殺とかの仕事だけど、人さらいをしてほしいなんて? どういう風の吹き回しだ?」
ルルは目線を鋭くさせ、マオに普段では話さないような、力強い声で語る。
「彼女はその横にいる科学者に軟禁されている。大学院を卒業してから、研究に集中させるという名目で軟禁されているんだよね、残念だけど、そいつが名乗っている名前がたくさんあってねぇ、なかなか尻尾を掴めないのさ」
「だから、そのまま女の子だけをいただいてしまおうという魂胆なのね」
誘拐する理由を理解したアリサはルルにさらなる疑問を投げかけた。
「でも、それだけだとパンナコッタさんがその女の子がほしいという風にしか感じられないのよ、誘拐する理由はそいつの妨害以外にもあるということなのね」
ルルはアリサの疑問にあっさりと答える。
「流石アリサさんだね、まぁ、うちの親父の頃から、彼女に返済不要の奨学金としてお金をあげて大学院まで通わせていたんだよね、でも、今じゃ軟禁状態だから、このままだと、せっかく育てて投資してきた女の子が他の科学者の手に行ってしまう、それだけは避けたいのさ。機械やパソコンは今のご時世代わりはいくらでもあるけど、人はそうは行かないからね」
ルルの意図を理解したマオは、たばこに火をつけ、席から立ちあがる。
「わかった、要するに3日後のパーティーで御姫様をエスコートして、悪いクソ親父どもに一泡吹かしてくればいいんだな、ルル?」
「ああ、そういうことだ、話が早くて助かるよマオ、エスコートするのに武器や車がいるならこっちで手配するよ、というわけで、頼んだよ、マオ」
一通り、ルルの説明が終わる頃には、時計は11時に近づいていた。
「ご主人様、そろそろお時間です」
「だねぇ……そろそろお開きにしようか、まぁ、明日辺りに連絡して準備してほしいものを雅に伝えてくれ、当日までに必ず手配しておくから」
マオに続くように、アリサも席から立つと、一緒に部屋に出て行った。
「雅、あの二人を事務所まで送る、車を出してくれ、私も乗る」
「かしこまりました」
そして、ルルと雅も席から立ち上がり、部屋を後にした。
ロビーに戻り、ホテルの豪勢なドアを開けると、目の前には雅が運転してきた高級外国車が停まっている。雅がゆっくりと後部座席のドアを開け、その中へと乗り込んだ。そして、会計を終えたパンナコッタが助手席に乗り込むと車はやたがらすの事務所へと再び走り出した。
再び高速道路に車が乗り込むと、マオがルルに質問を投げつけた。
「なぁ、ルル、なんでおまえの親父さんはこの女の子に出資なんてしていたんだ?」
「それがね、うちにもよくわからないんだよねぇ……そういうの聞く前に逝っちゃって、その後すぐに、相続や会社の乗っ取り阻止とかで忙しかったからね、すべてはエリーゼちゃんこそ知るかな」
アリサがわかりきったように言う。
「全ては誘拐が成功して、女の子に尋問でもしない限りわからないということね」
「アリサ、女の子相手に尋問なんて失礼だぜ、気軽におしゃべりして、心を開いてくれたらそのうちわかることさ、男と一緒で、せっかちなタチは女の子に嫌われるぜ」
アリサがマオに向かって、笑顔で矢を握ると、マオは蛇ににらまれた蛙のように、身をすくませる。
その時だった、雅がバックミラーに何かを準備している車両に気づくと、車内にいる三人に伝える。
「後ろから、車が3台とバイクが2両、こちらを追いかけてきています、いずれも車種は同じ、拳銃を持っているのも確認できます」
「ふーん、私を暗殺しようってかマフィアってとこかね……お二人には悪いけど、報酬上乗せするから、あいつらを潰すのに少し手伝ってくれない?」
「あいよ、車の三台ぐらい楽勝だ、スクラップにしてやる」
「お得意様を簡単に暗殺される訳にはいかないわ、いくわよ!」
マオが懐からベレッタ84 FSを取り出し、窓を開ける。
「その銃、まだ気に入ってくれているんだね、武器を大切に使ってくれるのは武器商人にしてみれば、ありがたいねぇ」
セーフティを解除しながら、マオは答える。
「せっかく使いやすい拳銃をもらったんだ、使わないと損だ、いくぜぇ!!」
マオは黒塗りの高級車に向けて発砲する。
銃弾はフロントガラスを直撃するが、ヒビが入っただけで割れてはいない。
「防弾仕様か……こりゃもしかしたら、タイヤ防弾仕様でもだめってやつか、アリサの方、バイクが来るぜ」
「わかってるわよ! それぐらい!」
アリサは窓を開けクロスボウを取り出し、矢を放った。すると、加速してきたバイクは、アリサが放った矢が腹部に当たる。
矢に腹部を射られたライダーはそのまま転倒し、倒れてきたバイクの下敷きになる、それに巻き込まれるかのように黒塗りの高級車が追い重なる。
バイクの事故に巻き込まれた黒塗りの高級車は、スピンし、サイドミラーから姿を消した。
「ありゃ、アレだと、矢が深く刺さって即死だねぇ、車もアレじゃ動けないでしょ」
「ほんとはバイクのタイヤを狙っていたんだけど、急に加速するから……」
「仕方が無いよあれぐらい、証拠隠滅ぐらいこっちでなんとかできるからね、生死は問わないから確実に追っ払ってくれ、邪魔するなら容赦なんていらないしね」
ルルの言葉を聞いたマオは懐から手榴弾を取り出す。
「相手も命かけてんだから、本気でやらないとなぁ!!」
そしてピンを抜いて高速道路に転がした。
すると、大きな爆発がマオ達の後ろで響き渡り、車が1台巻き込まれ爆発する。
もう1台の車は煙でカーブが見えなかったのか、コーナーを曲がりきれず、ガードレールに衝突した。
「残るはバイク1台ね、マオの方に行ったわ!」
「了解! それじゃ、締めますか」
マオが再び拳銃を握ると、小さく呟く。
「銃口を見せるなら、命をかけろ……」
バイクがマオの席に近づいた刹那、マオが放った銃弾がライダーの胸元を貫く。
そのまま、ライダーは転倒し、徐々に遠ざかり、見えなくなった。
これで追っ手は完全に無力化した。
「今のうちにスピード上げて! 振り切って!」
アリサが敵が追ってこないのを確認すると、雅に号令をかける。雅はすぐにアクセルを踏み込む
「かしこまりました」
車は猛スピードで高速道路を駆け抜けていく。
(この会議が漏れていた? ……その可能性があるというのか?)
ルルは心の中で考えるものも、呟くことは無かった。
(まぁ、今考えてもわからないことが多い……揉み消しと同時にチェックさせておくかね)
レセプションパーティー当日、午後3時55分 東京スターサイドホテル
私達のプレゼンテーションまで残り5分を切った、私は控え室を出て、舞台の袖で待機していた。
大勢の前で発表するなど、私にとっては初めての経験であるので、とても緊張している。
膝は震え、息が荒くなり、失敗したらどうしようとそのことばかり考えてしまっていた。
本音を言ってしまうと、早くこんな状態から離れてしまいたいと思っている。
本番前になって、先生が余裕が無い私を励ましにきてくれた。
私に向かって正面を向き、そっと右肩に手を置いて、私の目をよく見る。
「大丈夫ですか? 息が荒くなっていますよ?」
「ええ、大丈夫です、すこし緊張していまして」
「最初は誰だってそうです、なんせ大勢の人の前に立って発表をするのですから、緊張するのは当然です。だからこそ自信を持って発表をすればいいのですよ」
私は先生がかけてくれた言葉で徐々に緊張がほぐれてきた。
「あなたが考えた発表なんです、自信を持ってプレゼンテーションしてきてくださいね」
発表の時間になり、私は先生に背中を押され、私は発表会の壇上にあがる。
大きな拍手で迎えられて、私は自己紹介をする。
「本日はお忙しい中、ご出席いただき、誠にありがとうございます。私はエリーゼ・プラトンです、よろしくお願いします。本日は皆様に、時間の跳躍についての研究成果をここで発表いたします」
出だしはこんな感じでいいだろうか? 拍手で迎えられた後に一気に沈黙が押し寄せる。
恐らくだが、この重圧感には慣れることは無いだろう。
「まず、時間跳躍は、今までSF映画や都市伝説として語られてはいました。ですが、本日発表する時間跳躍の技術を応用することで、未来や過去へとタイムスリップすることができるのです」
「お手持ちの資料5ページ、6ページをご覧ください、資料に記されている通り、時間跳躍は大型の機械を使用して行います。機械ごと時間跳躍を行い、未来や過去へとタイムスリップを行います」
「また、時間跳躍するにあたり、どの時代に跳躍するかを、タイムマシンの内部にて変更、設定をすることができます、ですがタイムスリップを行った先では何が起きているかはわかりませんので、それは私達でも予測することが難しいことです」
「タイムマシンで元の時代に帰るには年代を設定し直せば、元に時代に戻ることができ、緊急用に元の時代に一回だけ戻ることができるバックアップ機能も搭載しております」
「また、この技術の応用をして、時間跳躍を手軽に行うことも可能になります、身体全体をこの端末でスキャンし、情報を登録した後、まるで瞬間移動するかのように、時間の跳躍を行うことができます。本日はこの端末でデモンストレーションを行います」
エリーゼがスピーチしていた左側からスマートフォンを操作すると、一瞬で消え、舞台の右袖へと瞬間移動していた。
瞬間移動した後、右側の舞台袖からエリーゼが姿を現した。
一部始終を見ていた聴衆から拍手が湧き上がる。
「これらの技術を応用することができれば、人類が今まで操ることができなかった時間という概念を操ることができるようになる、それは人類の革新を意味していると、私は思います」
「これにて、私からの発表は以上になります、この後は、ソフィア・グレン博士によるタイムマシン内部の詳しい構造の説明に入ります。ご静聴ありがとうございました」
プレゼンテーションを終え、舞台の袖に駆け足で入ろうとする、だが、つま先が何かにつまずいて……
「痛ぁ!!」
聴衆の目の前で大きく転んでしまった、恥ずかしい……
穴があったら入りたいし、時間跳躍するなら飛んでいきたい気分だ。
すぐさま立ち上がり、舞台袖に私は駆け込んだ。
舞台袖にいたソフィア博士が私の頭を撫でてくれて慰めてくれた。
「よく、頑張ったじゃない! あんなに大勢の中で立派にプレゼンテーションできたんだから、転んだぐらいどうにでもなるわよ」
「うぅ……ありがとうございます……」
「時間跳躍のデモンストレーションも成功させたんだから、もっと自信を持ちなさいよ」
私は思わず感極まって泣いてしまいそうになるが、博士がニコッと笑い話しかける。
「女の子がそう簡単に泣くもんじゃないわ、化粧が崩れちゃうでしょ? とりあえず後は私に任せておいてもらえるかしら? エリーゼちゃんは先に控え室でゆっくりと休んでいればいいわ」
後はソフィア博士に任せて、私はゆっくりしよう。先生はソフィア博士の次だから、後で挨拶に向かおう。
私は博士と握手をして、舞台袖から出る。
そういえば、7時からレセプションパーティーにも参加しなきゃいけないから、一回仮眠を取りたいなぁ。
そう思いながら、私はホテルの控え室に戻っていた。
レセプションパーティー当日 午後6時16分
スマートフォンのアラームの音が鳴り響き、私を仮眠から起こす。
時刻をみると、午後6時過ぎている、少し寝過ぎたようだ
「うそ、もうこんな時間!? 早く支度しなきゃ」
一瞬で目が覚めた私は駆け足でシャワールームへと入る。
軽く、シャワーを浴びて、シャンプーで髪を洗い、ドライヤーで髪を乾かす。
パーティーではドレスを着て参加するようにと先生に伝えられていたので、下着姿でクローゼットを開ける。
私はクローゼットの中にある青いドレスを見つけるものの、一緒に白い布も着いていた。
「なっ、なにこれ?」
私の人生の中でドレスを着るということなんて初めてで、着方がわからない。
終わったら、ドレスを着ようと思ったが、着方がわからないので、ソフィア博士に連絡してみる。出てもらわないと、いろいろとまずい。
下着姿でパーティにでるなど、言語両断だ。
それに、先生は男性なので、ドレスを着付けることなんて、できないと思うし、というか逮捕されると思う。
そんなどうでもいいことを考えている暇はないので、ソフィア先生に連絡する。
女性であるソフィア先生に連絡をすると幸運にもすぐに出てくれた。
「もしもし? エリーゼちゃん? どうしたのこんな急に?」
「あの、博士……実は……」
私は、恥を忍んで、ドレスが着られないことや、化粧を一人で行うことができないことを話すと、ソフィア博士が部屋まで着てくれることになった。
「まぁ、しょうが無いわね。ドレスなんて一人で着るものじゃないし、今着付けに向かうから何もしないで待っているのよ」
そう博士に告げられ、大人しく博士を待つことにした。
「そういえば、こんなきれいなホテルなんて始めてだし……こんなにかわいい衣装を着るなんて……」
私はこれから行われるパーティーに心が躍り、思わず独り言を喋っていた。
「素敵な出会いがあるといいな……」
せめてこの夢のような高鳴りがいつまでも続いていれば……と思っていた矢先。
「年頃の女の子らしい夢で私はいいと思うわ、でもそんなエッチな下着姿でいると、王子様とキスどころか、野蛮なオオカミに食べられちゃうわよ」
「うわっ! 博士、見ていたんですか!?」
気がついたら、博士が私の部屋に入っていた。
「貴女が独り言をつぶやいてい時からね、ほんと、若いというかなんというかね」
頬が徐々に紅く染まって、穴があったら入りたくなってくる。
「時間も無いし、早く着替えるわよ、手伝ってあげるから、ね?」
「はっ、はい……」
博士は青いドレスを私に着付けを始めた。
「パニエはこれでいいかな? エリーゼちゃん、一回着てみてもらえる?」
私は青のドレスを身につけると、思いのほかぴったりだった、私は試着をする暇が無く、一発勝負だったので着られたことに驚きを隠せない。
博士の着付けも非常に早く、手慣れている感じだった。
「それじゃ、リボンをつけるわね」
博士は後ろの編み込みリボンを結び始めた。
「ソフィア博士、ドレスの着付けがお上手ですね」
「まぁ、こういったパーティーに呼ばれるのは珍しく無いし、妹の分まで着付けないといけなかったからね、これぐらいお茶の子さいさいよ……はい完成!! 一回鏡を覗いて見てみて、とっても可愛いと思うわ!!」
私は自分の身長ほどある鏡の前に立つと、あまりにもドレスが綺麗だったので見とれてしまっていた。
青系のシルクのドレスが何色にも染まっていない私を青色に染め上げ綺麗にしてくれた。
「この程度じゃ女の子だとまだまだよ、メイクもしていないでしょ? もっと可愛くなれるわよ、エリーゼちゃんは、もっと女の子らしくすれば異性からもモテると思うんだけど……」
でも、わかっていた。私には、おしゃれをしても意味が無いと思うし、そのような余裕は今後もないと思う。
研究や発表がこれからも待ちわびている私は、今日だけが特別であるだけで、私が姿を見せる機会などこれから先ほとんど無いかもしれないことも、なんとなくではあるがわかっていた。
「そんな落ち込んだ表情をしている時間は無いわよエリーゼちゃん。これからメイクもしなきゃいけないんだから、ほら、座って鏡を見ていて」
どうすれば、私はもっと女の子らしく生きることができるのだろう? と考えながら、私は博士にメイクをしてもらった。
「君はもっと自由に生きてもいいと思うんだけどね……」
「博士……どういう意味ですか?」
博士が呟いた言葉に私は疑問を投げかけた。
「だって、君はあの中年の先生と生活しているんでしょ? でもその生活は殺風景で研究や実験ばかり、正直言ってエリーゼちゃんの年頃なら面白くないと思うわ、私だったら即刻飽きてどっかに逃げると思う。だったら一回破ってみればいいと思うの、籠からでる小鳥のように……なんちゃって」
確かに博士の言うとおりだ、私はアメリカで博士号をとってから、ずっと研究や発表の準備ばかりをしていた。
毎日研究所に寝泊まりして、研究所から出ることなど許されていない私だ。
「外って、面白いですか、博士?」
「面白いわよ、こんな時間跳躍の研究している時間より最高の時間が待っているとおもうわ。ほら、もうすぐ時間よ、会場に向かうわよ」
ソフィア博士が私のメイクを終えると、私はパーティー会場に向かう。
このパーティーが、この時間が私を大きく変えるきっかけになるんてとても思わなかった。
レセプションパーティー当日 午後8時11分
「はぁ……楽しくない」
博士が言っていたのが嘘だとおもうぐらい、パーティーがつまらないなんて、正直、驚いてしまった。
私の予測が外れるなんてことは久しぶりだ。
まず、お酒が飲めないので、唯一飲めるソフトドリンクは朝飲んだオレンジジュースのみ、料理は美味しかったが、量が少なくてすぐに食べ終わってしまい、ソフィア博士みたいにお話でもしようかと思っていても、周りにはお腹が大きいおじさんや化粧が濃いおばさましかいない、話が合いそうな年上や同年代なんて一人もいなかった。
ここには博士が言っていたオオカミなぞおらず、ただ豚しかいなかったように思う。
「やぁ、お嬢ちゃん、よければお話を……」
腹は丸々で、お酒臭く、たばこの匂いが纏わり付いた、高級スーツを纏ったおじさんが私に話しかけてくる。
嫌悪を感じた私は、適当におじさんをあしらった。
そんな中であと1時間過ごすなんて、気持ち悪いので、そそくさとパーティーから抜け出し、再び自分の部屋へ戻ろうとしていた。
パーティー会場から抜けだすがいいが、自分の部屋までの行き方がわからない、なので近くにいた銀髪のホテルマンに声をかける。
銀髪のホテルマンは髪がショートロングで、目元は防止の縁であまりよく見えない。
「あの、すみません、1019号室に戻りたいのですが、エレベーターはどこにありますか?」
ホテルマンはジェスチャーを交えながら優しく教えてくれた。
「この先を右に行ったところに大きなロビーがあります、そこのエレベーターから行くと、早いかと思われます」
声が少し女性の様に感じたが、気になるほどでは無かった。だが、パーティー会場にいる人間より華やかな感じだ。
するとホテルマンが私の前で跪き、私の右手を取り、ロマンチックな言葉をかける。
「もし、私でよければ、ロビーまでご案内させていただきます」
頭が真っ白になる、まるで王子様にエスコートされるている気分だ。
「よ、喜んで……」
私は手をとり、ホテルマンが前に出て先行する。
あまりのお姫様対応に顔が紅くなり、目線が逸れて、心臓の鼓動が止まらない。だが、悪くはないと思っている自分がここにいた。
「どうして、このパーティーから抜け出そうと思われたのですか? 料理やお酒がお気になさらなかったのですか?」
ホテルマンの質問に呟く声で答える。
「つまらないからです……私が予想していたパーティーより、全然楽しく無かったからですかね? 参加している人は企業の偉い人ばっかりで、私に声をかけてくる人も、お酒くさくて……夢を少し見過ぎた気がします」
「まぁ、気持ちはわかる。中を見てみると、太ったおっさんばっかでみんなこの後のベットとこれからのビジネスのことで頭がいっぱいだ、年頃の女の子がつまらないから出て行くというのも無理は無いな」
私が答えると、ホテルマンの口調が軽くなったが、あまり気にならなかった。
そして、ホテルマンはロビーに向かう途中の廊下で急に立ち止まり、私の耳元で囁き始めた。
「なら、もしよければさ、この後、もっと最高の時間を一緒に過ごさないか?」
「な、ナンパですか? 私そういうのは初めてで……あのその……」
顔が紅く染まり、身体がなぜか熱くなってくる。
ホテルマンの人と手を繋ぎ、耳元で囁かれて、ホテルマンからシャンプーのいい匂いがして、私の心臓の鼓動がより早くなった。
まるで紅茶に入れる砂糖の様に私の中の何かが溶かされていく様に感じだ。
なにが溶かされていくのかは今の私にはわからないけれど、悪い気持ちでは無いのは確かだった。
そんなことを思いながら、二人で会話をしている内にホテルのロビーに着いていた。
ロビーに着くとすぐ側にエレベーターがある。
残念だがこのホテルマンとは名残惜しいが分かれなければならない
「じゃあすみません、お誘いは嬉しいのですが、私は部屋に戻らないといけないので……」
私がエレベーターのボタンを押そうとすると、ホテルマンに止められる。
「もっと最高の時間を楽しみたいんだろ? ならばこっちだ」
階段を下りて、ホテルマンに連れてこられたのは、地下の駐車場だった。
「えっ? ……ここになにかあるんですか? それとも、どっかに向かうんですか?」
「そうだな、そろそろ本当のことを話すか」
すると、ホテルマンはなにもためらいも無く、私の面前で制服を脱ぎ始めた。
制服を上下共に脱ぎ捨て、目を隠していた帽子も投げ捨てた。
私が思わず目を逸らすと、服の下はTシャツとホットパンツだった。
胸元が膨らんでいて、ホットパンツからは女性の私でも見とれてしまいそうな綺麗な太ももが姿を現す。
目元はぱっちりと開いている、ホテルマンは女性だったのだ。
そして、腰についているホルスターには拳銃が入っている。
「アタシは君を誘拐しに来た」
「どういうことですか? ……わたしを誘拐するって」
もう、何が何だかわからなくなっている。
思考回路がメチャクチャだ。
部屋に戻ろうとしてホテルマンに話しかけたら、君を誘拐すると言われて、訳がわからなくなるのは当たり前のことだと思う。
「アタシは君を誘拐するためにホテルマンに変装してパーティー会場で君を誘拐しようとしたんだけど、君がパーティー会場から出てくるもんだから、誘ってみた方が早いかなぁって思ってね」
「じゃあ、さっき貴女が話した楽しい時間ってなんですか?」
「これからの君の人生なんじゃないのか? 毎日、研究ばっかやっている人生より楽しい人生を送れるようにする」
銀髪の女性の目が真剣な眼差しになり、私の瞳をじっと見る。
「君に研究や発表に囚われない人生を送れるようにするんだ、だから来ないか? アタシ達と最高の時間を過ごすために」
銀髪の女性が先ほどと同じように右手を差し出すと、私はその右手をてに取った。
「それじゃあ、行こうか。向こうに車を準備している、あそこまで行こう」
銀髪の女性が指を指した方向に向かって歩き始める。
「そういえば名乗って無かったな、アタシはマオだよろしく」
「私はエリーゼです、エリーゼ・プラトン……」
私もマオさんに併せて、おどおどしながら自己紹介すると、耳が震えるような音が聞こえた。
間違いない、銃声だ。
どこからもなく、放たれた銃弾はマオさんの顔の横をすり抜けていく。
「いたぞっ! こっちだ! 少女は殺すなよ、ホットパンツの女だけを殺せ!」
エレベーターから拳銃を持っている黒服の男が3人、私達の後ろに立ち塞がり始めました。
「車の裏に隠れろっ、それとアタシのそばから離れるなよっ!」
マオさんは左手で私の右手をぎゅっと握りしめつつ、右手で拳銃を持つ。
黒服に拳銃を発砲しながら、私とマオさんは近くにあった車の裏に隠れた。
「ちょっと手荒い真似になってしまうが、仕方無い、車を手配しているから、急ぐぜ!」
マオさんは隠れながら、黒服相手に発砲を続ける、だがこのままだとまずい状況なのが変わらないが、マオさんの顔は余裕の表情に満ちていた。
「弾はありったけあるからな、容赦しないぜっ!!」
上では賑やかなパーティーが行われている中、地下の駐車場では銃声が鳴り響く。
「あんまり、この仕事で殺しはしたくないんでさ、さっさとやられてくれっての!!」
マオさんの射撃は正確そのもので、黒服が持っている拳銃を狙い撃った。
1人の黒服の拳銃に当たり、拳銃が砕け散り、宙に舞う。
「まだまだいくぜぇ!」
次から次へと黒服の拳銃のみに狙いを定め、拳銃のみに当てていく。
撃たれた黒服の拳銃は銃の衝撃に耐えられず砕け、使い物にならなくなった。
「いくぜ、やつらが飛び道具を失っている今がチャンスだ、走るぞ!」
マオさんの一言で私は全力で走りながら、駐車場の奥へと進んでいく。
奥に進むとヘッドライトが付いている車が見えてきた。
その時だ、私は足を滑らせ、マオさんと握っている左手を離してしまい、膝から大きく転んでしまった。
「大丈夫かっ? エリーゼちゃん!!」
マオさんが呼びかけるも、今の私はすぐに立つことができなかった。
その間にも拳銃を壊された黒服がナイフを持ってこちらに向かってくる。
マオさんも、黒服の足下に発砲し、牽制をするも、黒服は3人こちらに向かってきている、拳銃で相手をしていても、このままだと間に合わない……
すると、ヘッドライトが付いている黒塗りの高級車がこちらに向かってアクセル全開で向かってくる。
「あれに乗るよ、ルルからもっとセンスのある車を借りてくればよかったぜ、いくら高級車とはいっても、流石に黒だとムードってもんがない、赤色のオープンカーにしてくればよかったぜ」
車が私達の前に到着すると、助手席側の窓が開き、その中には金髪のポニーテールの女性が運転していました。
「初めまして、私はアリサよ。細かいことは後にして逃げるから早く乗って!」
私が後ろの後部座席に乗り込み、マオさんも後部座席に乗り込むと車は急発進でホテルの駐車場を出ていきました。
「あばよ!! 仕事熱心な黒服諸君!!」
マオさんが後ろで黒服を挑発しながら、私達が乗っている車はホテルの駐車場を脱出していきました。
「エリーゼちゃんね、とりあえず高速道路に入るけど、後ろの奴らが発砲してくるかもしれないから、シートに隠れるようにして!」
「はっ、はい!」
私は後部座席のシートを盾にするように、頭を両手で守りながらかがんでいました。
こんなのハリウッド映画でしか見たことありません。
でも……ここで事故なんて起こしたら命なんてありません。
今の私にできることは、ただこの戦いが終わることを祈ることしかできませんでした
「マオ、そこに弾薬と手榴弾が入っているから、高速に入ったらそれで追っ払って!」
マオが足下を見ると、拳銃の弾のケース、手榴弾が入っている箱を見つけた。
「OK! 任せときなって!」
アリサがバックミラーを覗くと、後ろから黒塗りの車が猛スピードで追いかけてくる。
「くたばれってんだっ!!」
マオが窓がから身体を乗り出して、後続の車に向けて発砲する。
やや撃ちにくい体制はあるが、マオが放った銃弾は後続の車に確かに当たり、他の黒塗りの車を巻き込みながらスピン、その後間髪入れずに大きな爆発音が聞こえた。
「よっしゃ!!」
これを見たマオは思わずガッツポーズを取る。
「喜んでる暇は無いわよ、まだまだ追いかけてくるわ! 3台まだ後ろにいる、バイクも来ているわ!」
「突き放すことはできねえか!? もっとアクセルを踏んだりしてよ! 」
「できないわよ! これ以上は出せないわよ!」
すると、マオはダッシュボードから手榴弾を出すと、ピンを抜き後方に投げつけた。
手榴弾は後続の車を3台巻き込んで爆発し、一瞬で車を廃車へと姿を変えた。
それを掻い潜ってきた、バイクがマオ達の横に着き、こちらに向けて銃を構える。
「遅いんだよっ!!」
マオがバイクのタイヤに向けて発砲すると、バイクのタイヤが破裂し、横転する。
この速度で横転して、コンクリートに叩き付けられると、ただではすまないだろう。
だが、バイクはまだ私達の横にいる、油断を許さない状況はまだまだ続いている。
「まだくるわっ! 本当にしつこいわよっ!!」
アリサが車をバイクに向けてハンドルを回すと、バイクに直撃する。
体当たりされたバイクはライダーもろとも、コンクリートに強く頭を打ち付けられていた。
これでホテルからの追っ手は完全に排除し、ひとまずの危機は脱した。
「こいつで、本当に終わりか……流石にこれ以上は来ないだろ……」
「そうね、私達の後ろはさっきの燃えた車で塞いじゃっていると思うし、これで一段落だと思うけど、ランデブーポイントを通り過ぎちゃったわね」
どうやら、マオ達がカーチェイスしている内に、車は目標であるランデブーポイントを通り過ぎてしまっていた。
「一回、ルルに対応を聞くか? このまま走り続けるとなると、やたがらすまで走った方が早い」
「それもそうね、連絡は任せていいかしら、マオ? 私は後ろを警戒しながら走り続けるから」
「ああ、わかった」
マオはスマートフォンを取り出すと、ルルに連絡をし始めた。
「やぁ、どうやら成功したみたいだねぇ、お疲れさん」
電話をかけるとすぐにルルが電話に出る。
「エリーゼっていう女の子を誘拐することに成功したんだけどさ、約束していたランデブーポイントを通り過ぎてしまった」
「といいうことは、高速道路で追われちゃったという訳かな?」
「そういうこと。でも、アタシもアリサもエリーゼちゃんも無事だ、だが、追っ払うの為に、車が少し傷ついてしまったけどな」
「了解したよ、たしかこのまま高速道路を走り続けると、事務所の方が近いだろ? 少しその娘を匿ってくれないか? その間の報酬は上乗せしておくから、明後日、横浜港の私達の船まで連れてきてくれ、いろいろあったんだ、少しエリーゼにも、羽を伸ばしてあげ刺してくれ」
「わかった、また何か動きがあれば連絡する」
「はいよー、向こうも多分連れ戻す為になにか仕掛けると思うから行動は慎重に頼むよー、ではまた」
マオが電話を切ると、今のやりとりをアリサに伝える。
「明後日まで護衛すればいいのね、これまた大変ね」
「まぁ、とりあえず早く帰ろう、エリーゼちゃんもいろいろあって疲れただろ?」
マオはエリーゼを安心させる為に頭を撫でる
「あっ……」
「とりあえず、追っ手は振り切った、安心していいぜ」
エリーゼは顔を染めながら、目に涙を浮かべていた。
「うっ……ううっ……」
そして、マオはエリーゼの瞳をじっと見て、決意した面持ちでエリーゼを話しかける。
「絶対に、君を悪い奴らから守って、君の人生を最高の時間にしてみせる。信じてくれとは言わない、でも必ず守って見せるから、一回泣くのはやめないか? せっかくの綺麗なメイクが汚れてしまうからさ」
エリーゼが小さく頷くと、運転しているアリサに提案する。
「どっかで一回メシでも寄っていこう、お腹が膨れれば気持ちが少し楽になるからな」
「了解、高速降りてすぐのファミレスでいいわね?」
「任せる」
アリサはより早く着くために、アクセルを踏む。
周りには他の車が走っておらず、エンジン音だけが車内に響いていた。
レセプションパーティー当日 PM10時30分
パーティー会場のバルコニーにて紳士服を着ている男と、白衣を纏った男性が会話をしていた。
「逃げられたか……」
「ええっ、車4台、バイクが2台の追跡部隊が全滅いたしました。エリーゼは誘拐され現在行方を追っています」
「パンナコッタの差し金か? ……」
「だと思われます、犯行した内の1人がホテルマンの変装していたらしく、まんまと誘拐されしまいました、こちらの不覚でございます」
紳士服を着た男が手に持っている赤ワインを一口飲む
「殺し屋を手配しろ、最悪、エリーゼを殺してしまっても構わない、金に糸目はつけん、人選はおまえに任せる、私はこの後、客とマスコミの相手をしなければならないからな、この件は漏れないようにしろ」
「かしこまりました」
「それとだ……」
紳士服を着た男性が白衣を纏った男性を呼び止める。
「ソフィア博士を監禁していろ、これ以上パンナコッタによって、私達の財産が取られてしまっては不味いからな、パーティが終わったら、すぐに研究所で監禁しろ」
「かしこまりました、早急に手配いたします」
白衣を纏った男性は紳士服の男に一礼すると、バルコニーから出ていった。
すると、間髪を入れずに女性記者がバルコニーへと入ってきた。
女性記者の腕には新聞社の腕章が見えている。
「ルバート・バルザック社長、本日の時間跳躍について、少しお時間を頂いても、よろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。よろしければ私の部屋でいかがでしょう? 記者は大変なお仕事ですから、お酒を交えながら……どうですか?」
新聞記者はルバートと共にパーティー会場から姿を消した。
次回予告
「よぉ!! アタシだ、雑賀マオだ。なんとかエリーゼちゃんをやたがらすまで運んで来ることができたはいいけどよ、まだまだ追っ手がやってきてるじゃあ無いの。ならば、迎え撃つまでの話さ、それになんか相手さんには美人さんがいるし、こりゃあ、楽しみなってきたぜ!!」
「次回 影からの暗殺者 また会おうぜ!」