9 Friend(フレンド) 第2シーズン-3 シェアハウス物語
「ミリア、おはよう。こっち、こっち」
ハナが、私に手を振ってくれていた。
「おはよう、ハナ」
私は、ハナのテーブル席に座った。
「待ってたわよ。ミリアと一緒だと私も体型を気に
して食べるから安心なのよね」
ハナは笑顔で言った。
遅めの昼食を2人でとった。
何が私を、日本に惹きつけるのかを考えることがよく
ある。なかでも日本のアニメは好きとかいうレベル
ではなく、日本のアニメで「育った」という言い方
の方が正しいと思う。物心ついた時には、日本のア
ニメという「家庭教師」がいたような感じだ。
仕事を通して日本人と触れ合う中で、自分の国とは
また違う、内面的な魅力を強く感じてそれをもっと
知りたいという欲求が私の中に大きくなっていった。
そんな時、シェアハウスの日本人学生と出会った。
それがハナだった。
この国では、国の政策として海外からの治療目的での
入院を受け入れる体制をとっている。そこには、まず
言葉の不安を取り除く通訳サービスの充実から始まり
日本人専用の受付窓口や、24時間対応の日本語案内
などがある。
特にバンコクの周辺には、医療環境の整った大病院が
多く、医師も欧米や日本などへの留学経験のあるこの
国エリートたちの多くが集中している。患者の比率の
4割が外国人という病院も珍しくはない。
外国人の中では、日本人の患者数がトップの方だが、そ
れは現地在住の人が多いからで、アラブ諸国の方が手術
や高度の治療を目的に来ていて、治療費も5倍程多いと
言われている。
私も、そんなバンコク市内の病院で、日本人専用の受付
窓口で案内係りの仕事をしている。
どうして、そんな医療ツーリズムのことを、1人で居る
時のように、考えていたのだろうかと思った。
それは、いつもは沈黙の時間なんてない位、よく話す
ハナが、今日は何も言わないままだったからだ。
いつもは、ハナが私に何でも言って来てくれていた。
今日も、ハナが先に私を見つけて呼んでくれた。
でも、今のハナは、いつもとは違っていた。
「ハナ、あなた学食に行ったことはある?」
「ないけど、安くてボリュームたっぷりが学食の
相場よね」
「今度行かない? 私が通っていたバンコク大学の
学食へ。日本へ帰る前に案内したいの」
「カワイイ女の子や、イケメンが多いって評判だ
からね。いいよ。行こうよ」
「それと、先の話かもしれないけど、ミリアも絶対
日本に遊びに来てね。いろいろ案内してあげたい所
があるから」
ハナが日本に帰ることを、2人で具体的には話した
のは、今日が初めてだった。
今までは、なるべくその話題にはふれないようにし
ようとしていた。
「ハナといっしょに日本から来ていた学生は、みんな
帰ちゃうの? 夏休みが終わるからしょうがないか」
「うん。そうなんだけど、1人だけ、大学に休学届け
を出して残る男の子がいるんだ」
「もしかして、ハナが恥ずかしくて、話もまともに
できなかったっていう男の子なの」
「残念でした。違います。
ミリア、そのことを知っているのは、あなただけなん
だから、もう少しデリケートに言って欲しいわね」
ハナは違うと言ったけど、その男の子に間違いない。
多分、その男の子に自分の想いは伝えていないこと
と、会えなくなってしまうことになったことを、まだ
ハナ自身で整理がつかないでいるのかもしれない。
「ハナ、今度、その男の子と私たちの3人で、どこか
遊びに行かない?」
「そうね。それもいいかもね。だって……」
ハナが言葉につまって、泣き出した。
これから会えなくなるのに、2人だけの思い出をと
いうこともできず、かと言って、何も思い出がない
のも悲しいと思っているのか
私には分からないけど、ハナが苦しんでいることは
よくわかるし、彼女だからこそ、そんな苦しみを味わ
う意味も価値もあるのだろう。
「ごめんね。ミリアが軽い気持ちで言ってるんじゃ
ないって、私のことを、とても考えてくれた上で言っ
てくれているって分かっているから、だからよけいに
私のウジウジしている所がイヤになってしまって」
ダメな自分のことを話すハナは、初めてだった。
私は、ありきたりの言葉は掛けたくなかった。
ここからの時間は、私にとって
人生で一番長い時間になってもいいと思った。