6 現実とは機が熟すだけ シェアハウス物語
佐々木さんのお兄さんから、佐々木さんの意識が回復
したと知らせがあった。
すでに食事も開始された程で、会話も普通に出来てい
るそうだ。一時的な昏睡状態だったのだ
ろう。だが病状が良くなっているわけではないからと
お兄さんも、安心はせずに、気持ちの切り替えだけは
やっていきますとのことだった。
様子を観るために、明日の午前中の検査までは入院に
なるようだった。
お兄さんに、もし今日にでもハウスにもどれそうなら、
明日の朝の食事をいっしょにしませんかと伝えておいた。
今日の僕は、ハウスの夕食ブッフェのセッティングの
当番スタッフになっていたので、15時の昼食ブッフェ
の片付けから仕事に入る予定だ。
ここのハウスは1日3食とも、ブッフェスタイルであっ
たが、朝も昼も夜も、ここのブッフェは最高だと僕は思
っている。
そしてその準備やテーブルセッティングも楽しくて、僕
がここで一番好きな仕事だった。
朝食の当番で買い出し担当の時は、朝だけではなく昼と夜
の分の買い出しも一度にやるので、僕のいるハウスでは家族
やゲスト、スタッフも入れた総勢150人分で、それはすごい
買い出しの量で、その後の調理場も戦場のような状態になる。
それが楽しいのは、家族もそこに当番スタッフとして参加を
するようになっているので、普段は見れない家族の人たちの
顔が見れるし、本当に仲間というか、このハウスで生活する
みんなが、大きな家族っていう感じになれる。
僕はバイトで、調理現場にも入っていたこともあって、買出し
も下ごしらえも、盛り付けも、セッティングも、どれも大好き
で、このブッフェが僕たちの試験事業のひとつのビジネスとし
て、ハウスの外でチェーン展開をしていく計画が進んでいる中
僕はゼネラル・マネージャー代理になっている。
また、もうひとつ別のビジネスでは、セミ・プライベート図書
館の企画運営と、アニメコスプレヤー向けの写真館の運営にも
僕は参加をしている。
これらの試験事業は、日本から来る、がん治療患者さんの治療
費やその家族も含めた滞在費のすべてをまかない、なおかつ、
滞在する家族がここで仕事についたり、職業訓練を受けてもら
ったり、日本にもどってすぐに職につけるための日本企業の担
当者とのコーディネートを滞在開始初期からやっているための
費用を作るためである。
もちろん、広報活動や慈善活動を通して、寄付や募金をいただ
くこともやっている。
ビジネスとは違うが、現地大学生と共同して、日本人向けのバン
コクでの医療ツーリズムの研究開発センターの設置を進めている。
僕は、観光学科の学生だから、本当は医療ツーリズムの研究がメ
インではあるが、今はこのハウスの運営や、ビジネスモデル作り
の方が主になってしまっている。
もしかしたら、夏休みが終わっても、このままここに残ることも
あるのかもしれない。3年生だから、まだ日本にもどって後期の
授業をいくつか受ける予定なのだが、休学も親に相談をしてみよ
うかとも思っている。
出来る時にやっておく。それが僕がここで身につけた
ことだ。 僕たちは、明日も今日と同じように時間が
流れていると思ってしまうが、佐々木さんのように急変
があったら、いつでも出来ると思っていたものが、一度
タイミングをはずしてしまっただけなのに、そのタイミ
ングの準備を最初からやり直さないといけないかのよう
に、機を熟させてくれた何かの力が
あったことを僕たちに知らしめてくれるのだ。
「川村さん。お昼は食べましたか? いつも食べるのを
忘れたって言ってるでしょう。お腹がすいたって、いつも
言ってるくせに、食べるのを忘れてるなんて変ですよね」
家族スタッフである渡辺さんの奥さんが、僕に声を掛けて
くれた。
「ありがとうございます。本当に忘れていたので、助かり
ました。食べそこなうところでしたよ」