5 家族と居ること シェアハウス物語
報告をすべて終わったら、もう夜になっていた。
指導教授から、遅くなってもかまわないから、顔だけ
見せにくるようにと言われていたので、今から行って
もいいか確認をして、教授の部屋へ行った。
「おつかれさま。大変だったでしょう」
教授が、紅茶を出してくれながら言った。
「ここで、救急車に同乗したのは初めてで、その時の
あわただしい時間から、まだもどって来れていないよ
うな、時差ボケみたいな感覚があります」
僕は、教授に入れてもらった紅茶の香りを、かみしめ
ている時間が、気圧調整のように、ゆっくりと自分が
水面にあがって来ているような感じになった。
「あなたの行動は、本当に落ち着いていたようね。スタ
ッフからの報告も、私の友人からの話でも、あなたは素
晴しかったと聞いています。 必要なことを
必要な時に出来るって、なかなか大変なことよ。でも人
からの話だけよりも、直接あなたからも話が聞ける方が
私にはうれしいわ」
教授に認めてもらっているのは僕もうれしいが、それは
教え子としてだけなのか、男としてもそうなの
かと、少し要らぬことも考えてしまう。
「教授、ひとつ聞きたいのですが」
僕は聞かずにはいられなくなって、そう言った。
「どうぞ、かまいませんよ」
教授は、ティーカップをテーブルに静かに置いて言った。
「教授は、自分の家族と、今、居たいと切実
に思うことってありますか」
僕は自分でした質問だが、実は本当は何が聞きたいのかが
ぼやけていたような気がしていたが、教授なら僕の本当の
問いへ導いてくれるはずだから少しだけ勇気を出した。
「その質問は、自分の家族っていうのを、親子で考えるの
か、夫婦で考えるか、一族で考えるか、コミュニティで考
えるかで、答えが違うんじゃないかな。
今の私にとっては、ここがコミュニティだから、その意味
では、大きな家族の中でとても安心できていて幸せと思って
いる。親子では私の子供は今回2人ともここへ来ているから
感情的にも淋しくはないけど、私の親と私の夫とは、
この夏1週間程しか過ごせなかったから、形として離れている
って思うと寂しい気がするかな。
でもね、最近私は思うんだけど、親と過ごせる時間って
意識しないと出来ないなって。それを考えるようになって
友達とか先輩や後輩とかは、意識して時間を作って会うの
が普通だけど、それよりも優先して親と会う時間を作らな
いといけないし、それにもまして、夫との時間はもっと真剣
に考えないと、すれ違いが大きくなっていくばかりになちゃ
うみたいだね」
「そう考えると、僕たちが今やっている、がん患者の家族に
最期の時間を、家族として生活をしながら過ごし
てもらうシェアハウスは、まだまだ何かが足りないですよね」
僕は正直に思ったままを言った。
「あなたもそう思う? 私もここの形はまだまだ発展の余地
がたくさんあると思っている。だから、新しいことへチャレ
ンジし続けて、うまくいかなくても、その中から何かを見つ
けて行きたいって、いつも考えてるけど、本当にそのパワー
を持っているのは、あなたたち学生よ」
教授の言葉は、現状だけで四苦八苦していた
僕の活動筋に、目が覚めるパンチを浴びせられた感じ
だった。
僕たちがやることは、チャレンジをすることで、チャレンジを
しなくなった時は、歳が何歳であっても、もう若者ではないの
だと。
僕は死ぬまで若者の心でありたいと思う。
僕の本当に知りたかった問いには、たどり着かなかったかもし
れないけど、どういう態度で生きていけばいいのかは、はっき
りと分かった気がする。
雲間がない空に月がなかった。
今夜は新月だ。
願いごとがひとつ叶いそうだ。