3 弟への想い シェアハウス物語
佐々木さんは、相変わらず、お兄さんだけではなく自分の家族
にさえ会いたくないと言っていた。
これまでの自分の人生を否定し、今の自分自身を否定している
からだと思う。 病気を受け入れられないというのは当然な気
持ちだ。
「万が一ですが、今回、弟さんとお話が出来なかった場合、その
時は、おこがましいかもしれませんが、僕からお兄さんの言葉や
お考えを伝えさせていただきたいと思っています 」
佐々木さんのお兄さんと2人になった時に、僕は言った。
「そうですね。ですが直接、弟と話ができたとしても、私が私の
思いを、きちんと話せるか、伝えられるか、わかりませんから、
あたなのような方から、お伝えしてもらえるようにしておくのも
いいのかもしれませんね」
お兄さんは、沈んでいく夕焼けを見ながら、明るく言ってくれた。
「ですけどね。私の妻や子供たちが、ここで弟の奥さんや子供たち
と、とても楽しそうに、話したり笑ったりしているのを見ていたら、
それだけでいいのかもしれないと思いました。私も弟も、話をしな
くても、お互いの家族たちが、あんなに無邪気に楽しそうに笑って
いたら、弟も私も、それを見ているだけで安心ですよ」
おだやかな気持ちが、こちらにも伝わってくるように、お兄さんの
言葉が、僕のどこか深い場所で低重音のように共鳴していた。
「それでも、もし、弟に伝えてもらえる機会がったら、お願いした
いことがあるんです。
昔、小さいころ、上級生のグループに私1人で殴られていた時に
弟が助けに来てくれたのはいいんですが、反対にボコボコにされて
しまって、やられっぱなしのまま、私が弟をおんぶして家まで帰っ
たことがあるんです。
私は子供のころはケンカなんて、それが初めて位で、反対に弟は
いつもケンカばかりして帰ってきてました。大人になったら、これ
また逆で、殴り合いは、さすがにしませんでしたが、私の方がいつ
も勤めた先で大ゲンカをして、頭にきてすぐに会社を辞めてしまう
ことが何度あったことか。
今になって思うんです。小さいころは、ケンカばかりしてバカな
弟だなって思ってたんですが、何も考えずにケンカができていた弟
が、私は、うらやましかったんですよ。
大切なものを守るために、それ以外に、勝つとか負けるとか、そん
なことはどうでもいいからと、一途に突進し
ていく弟が、本当にうらやましかったですよ 」
少し涙ぐみながら、言葉をかみしめるようにお兄さんは話してくれた。
「そうですか。今のお話は、必ず弟さんに伝えさせていただきます」
それ以上、僕に言えることはなかった。
「ありがとう。話を本気で、聞いてくれる相手がいてくれるのが、こ
れほど幸せなことだと、この歳で初めて知りましたよ。本当に、あり
がとう。日本から来た甲斐がありました」
「でも、お兄さんが、そんなにケンカぱやいだなんて思いもしません
でしたよ」
僕は正直に思った通りに言った。
「これも、弟のおかげですよ。自分が守るべきもののためには、本気
で相手を倒すと決める。相手にこちらが本気であることを示すことだ
けが、たとえ負けたとしても、男として生きていけることなんだと。
ですが、小さいころのように、ただ突進するだけではなく
その前に知恵をふりしぼりました。勝てなくても、どうしたら負けない
かを徹底的に考えましたよ。だから楽しかったです。
私は自分の人生にまったく後悔はありません。でもそれは
弟が、あの時、私に教えてくれたことなんです」
お兄さんの言葉は、セキを切ったように、魂からあふれだすような言葉
に思えた。
「明日の朝、2人で朝ごはんを、いっしょにどうですか」
僕の軽い誘いに、お兄さんは微笑んで答えてくれた。