2 『順番を待つ』家族 シェアハウス物語
日本から今日こちらに着いた佐々木さんのお兄さんと、
こちらに、ご本人と共に滞在されている佐々木さんの
ご家族と、ハウスでの食事会を僕も同席して行った。
食事といっても、このハウスでは、いつもビュフェ形式
で、肉料理はほとんどなくて、豪華ではない
が、野菜や果物は色とりどりで種類も豊富だし、パンや
デザートも曜日によって違うのも楽しみのひとつでもあ
った。月に1度のスペシャル・サンクス・デーでは、握り
寿司や天丼なんかも用意されていた。
お兄さんの方から、積極的に弟さん家族に話をしてくれ
ようとしていて、とても和やかなムードで、食
事会をセッティングした側の僕は、ひとまずホッとした。
「ところで、日本を離れて、不便に感じたりすることは
ないですか?」
お兄さんが、佐々木さんの家族に尋ねた。
「本当に皆さんに良くしていただいて、不便はほとんど感
じることはありませんが、ただ、どの位ここに居るのか、
いつまで居るのかが、見えないのが、長くなればなる程、
自分自身と向き合う修行のように感じて、きつくなること
はあります」
佐々木さんの奥さんが、今まで僕にも話してくれなかった
心の内を語った。
遠くから子供の大きな声が聞こえた。
「ママ、あそこだよ。あそこ。ケイ君たちがあそこに居るよ」
お兄さんと一緒に日本から来た家族が、食事に合流してくれ
た。子供たちは、異国での久しぶりの再会に興奮していた。
奥さん同士も、それにつられたように、会話がはずんでいた。
お兄さんは、お互いの家族の久しぶりの交流の姿を、嬉
しそうに見つめていた。
ちょうど、その時、鐘の音が鳴り響いた。
「あれは、時間か何かの合図ですか?」
お兄さんが聞いてきた。
「あの鐘の音は、旅立たれた方があったというお知らせです」
僕は明るく言った。別に意識したわけではなく、旅立ちの意味
を僕自身が、ここに来てから深く味わえるようになってきたせい
もあるのだろう。いっしょに日本から来た家族の『開放日』でも
あるのだ。
近くの席で、現地スタッフが賛美歌を口ずさみ始め、それはいつ
の間にか、この食堂全体に広がっていた。
食堂でのこんな風景も、いつもよくあることではあるが、お坊さ
んに、お経を上げてもらうだけの形に慣れていた僕に
とっては、自分たちの声で、魂に祝福を送ることができる厳(おご
そ)かさと、あらためて生への感謝を捧げる神聖さを、より深く
実感させていってくれるものだった。
ここでの佐々木さん家族、お兄さん家族へ、僕ができることは、心
の安らかさを日々深めていけることへの確信の想いを、少しでも感
じてもらえる手伝いをしていくことだと、あらためて思った。
今旅立たれた方とその家族、そしてその『開放』を賛美歌で祝福する
ハウスのスタッフ、『順番を待つ』家族たち、旅立ちへの心の準備を
徐々(じょじょ)にしていかれているご本人たち、そして僕の前に居
る佐々木さんとお兄さんの2つの家族、そして僕自身、こんなにも人は
つながっているものなのか。
ふと気付くと、学科の指導教授が僕の肩に手を置いてくれていた。