17 中秋の名月 シェアハウス物語 第3シーズン-6
このハウスの最年少の住人の僕だけど、気持ちはいつも疲れて
いて、早く迎えが来ないかなって言っている老人のように自分
で思っていた時がある。
何に疲れているのだろうかって、最初はまったく分からなかっ
た。ここに来た当初は、ほとんど部屋から出なかった。出る気
力さえなかった。誰かと話をしたいのに、自分の心が傷ついて
しまうことを恐れて、誰とも話をしたくなかった。
東京で両親と暮らしている時、食事も1人で食べることが多か
った。いっしょにテーブルに座るだけでも息苦しかった。
このハウスに来てからは、食事を1人で食べるのがもったいな
いように感じてきた。誰かの笑顔を見ながら食べるのが本当の
食事なんだと思った。
食事の時に、何でも話した。
最初は、両親の悪口ばかりを言っていた僕だった。ハウスの皆
も何も言わずに聞いていてくれたけど、そのうち、「そんな話
をして面白いって」言われた。ショックだった。
どうしてそんなにショックだったのかさえ、言われてすぐには
分からなかったけど、他の人たちの話していることが僕の耳に
も入ってくるようになっていくうちに、理由が分かった。
僕は自分の気持ちのことは何もしゃべらずに、正しいの正しく
ないのって頭で考えたことしか、僕はしゃべっていなかった。
心で感じたことをしゃべっていなかったのに気づいた。
ハウスでの当番の仕事の時間になり、食堂に行った。
「おはようございます」
まだ、小川さんしか来ていなかった。
「タケシ君。おはよう。今晩はお月見だからね」
小川さんが朝の食事の準備をしながら僕に言った。
「小川さん、知ってる? 中秋の名月は10月4日だけど、満月
は10月6日なんだよ」
「へえー。そうなの。何でも知っているね、タケシ君は」
「それとね。ここ4年間は中秋の名月は9月だったけど、今年と
あと2020年は10月なんだよ」
「そうだね。お月見は9月だと思ってたのに、今年は10月なんて
いつの間にか10月に変わったのかと思ってた」
夜になって、雲間からちょこちょこと月が見え隠れしていた。
ハウスの皆で外のテーブル席で月見をした。
「タケシ君。今はいっしょに暮らしてなかったり、離れているけど私
たちにとって大切な人たちも、このお月様を見ているんだと思うとね
何か不思議な感じがしない?」
小川さんが僕に言った。
「月を見て、離れている人のことを思い出すってこと?」
「そう。ロマンチックでしょう」
「好きな人のことなの?」
「好きな人のことも、好きでない人のことも、全部だよ」
「好きでない人のこともって、どうして?」
「好きでない人は、私たちに何かを教えてくれようとしてくれる大切な
『先生』なのよ。だから、どこかで、いつか、感謝をしておかないと
いけないんだよ」
僕は両親のことを考えた。
ちょっとだけ感謝できる気もした。
ありがとう。お月様。
ありがとう。少しだけだけど、父さん。
ありがとう。父さんよりも多めに、母さん。
その日は、とても幸せな夢を見たような気がする。