14 月の夜 シェアハウス物語 第3シーズン-2
和田さんのお見舞いから、この『ハウス』に戻って来ると、
食堂の奥から、いつものコーヒーの香りが漂って
来た。
「おかえり。リサちゃん」
コーヒー豆を挽きいている笑顔の小川さんが居た。
「ただいま」
そんな単純な挨拶だけど、本当にいつもそう
言ってくれる人が居る場所に住めることが幸せに思える。
「和田さん、早く戻れたらいいね」
小川さんが、カウンターに座っている私にコーヒー入れて
くれた。
「うん。和田さん、元気が出て来てたみたいで、すぐに病院
のソーシャルワーカーさんに相談をしたんだって。それで病
院の在宅支援をする人たちが、今週、このハウスに来るんだ
って」 私の言葉に、小川さんは少し戸惑った様子を見せた。
「どうしょう。明日にでも美容院に行けるように予約しとか
ないといけないわね」
小川さんは、そこが一番なんだと思いながら、私は足元にじゃれ
ついてきた子猫のミーを、私の足で遊んであげていた。
私が、このハウスに住むようになったのは、10ケ月前からだ。
大学の近くに借りていた部屋が、高い割には居心地が悪くて、
大学から少し離れてもいいから、もっと景色のいい所に移り
たいと思っていた矢先、お天気のいい日曜に、海沿いを自転
車で1人のんびりと散策をしていて、このハウスを見つけた。
最初は、洒落たお店だから、少しのぞいてみよう
と入ったら、確かに食事ができるお店ではあったけど、妙に
食事をしているお客さんたちが家族的な感じが不思議で、単
に常連客という印象ではなかった。それもそのはずだ。この
ハウスの住人が『お客』であり、その店の『従業員』だった
からだ。もちろん、住人以外にも、B&B[ベッド&ブレク・ファ
ースト]や観光で立ち寄るお客さんも来ていた。
そして、このハウスの食堂の横には、洒落たインテ
リアとしてのイミテーション・フラワーとイミテーション・ブ
ックの工房とワークショップ用の部屋があった。ここのオーナー
であり『管理人さん』である女性の小川さんが、お花と本のイ
ミテーションをオリジナルで製作をしていた。
普段は自転車で通学をしているが、雨風の強い日なんかは、その
小川さんが、乗合バスのようにしてハウスの住人さんを車で送っ
てくれて、また帰りに迎えに来てくれる。住人さんたちからは
尊敬の念を込めて『お館様』と小川さんは呼ばれていた。
ただ、今のように毎日、和田さんの病室に住人皆で、代わる代わ
るお見舞いに来て、バラバラに帰っていくのは、それぞれ自分
たちで、バスなり自転車なりで来ていた。
車の免許は、来年の正月明けに、合宿免許を取りにいく予定に
しているけど、自転車でまだまだ散策をしてみたいと思っている。
自転車でお見舞いに行く途中、稲が全部倒れてしまっている田んぼ
があって、そう言えば風が強かったなと思ったが、まったく倒れて
いない田んぼもあったので、それを和田さんに話したら、それは稲
が病気か何かで弱っているせいだろうねと教えてくれた。
『和田さんは、強い風が吹いても倒れないよね』と私が言うと、
『あたりまえだよ。『家族』に支えられてるからね』と笑顔いっぱ
いに答えてくれた。
今日も月が綺な夜だった。