11 つかの間の故郷 第2シーズン-5 シェアハウス物語
僕は、実家のある九州にもどって来た。
10日ほどで、また、バンコクにもどる予定だ。
当初は、大学の夏休み期間の間だけの、学科の実地研修として
行っていたのを、そのまま現地に残って今の仕事をもっと続け
ていきたいと考えるようになって、帰国前に、両親にはその話
をして理解をしてもらっていた。
大学を休学することについて、手続きだけなら親に頼むことも
可能ではあったが、自分のことなので自分でちゃんとやりたか
ったのと、あと1年か2年向こうで、やっていくという前に、
やはり両親にもきちんと会って話をしておきたかったというの
があった。
それと、もうひとつ、僕の実家の近くの斬新的なシェアハウス
を自分の目で見ておきたかったし、そこで働くスタッフの人たち
とも話しがしてみたいと思っていた。
大学の手続きは、昨日までに終わったので、あとは、ここで、でき
るだけ多くの空気を吸っておきたかった。もう帰って来ないという
わけではないが、この夏休みの間、それまでは、当たり前としか思
ってなかった周りの景色や空気が、本当に当たり前じゃないんだと
つくづく感じたからだった。
「トシヤ、手伝って欲しいって、お父さんが」
2階の部屋に居た僕を、階段の下から母親が呼ぶ声がした。
「わかった。今行くよ」
僕は、書きかけの文章をセーブして、下の部屋に降りて行った。
「父さんが、納屋の片付けを手伝って欲しいんだって」
父親とは、話さないわけではないが、昔から母親が通訳のように
間に入って、直接会話をすることは少なかった。
多分、作業中もほとんど話すことはないだろうと思いながら、作
業用の格好に着替えて、納屋に行った。
「父さん、どこからやったらいいかい?」
僕がそう聞くと、案の定、黙って、あごで場所を指すだけだった。
本当に何の会話もなく、作業を続け、1時間半ほど立っていた。
「トシヤ、俺は、お前には後悔した人生は送って欲しくないと思っ
ている。誰が反対しようが、自分で信じれた道があれば、それを進
めばいい。俺は、お前が大学を休学することには賛成はできないが、
それでも、お前が自分で決めたことには、俺なりに応援をしていく
つもりだ。イヤ、誰が聞いてもびっくりするような決断を、あっさり
してしまう、お前のことがうらやましいんだ。俺も、お前のような人
生を送れたらよかったなって、そう思うよ」
父親が唐突に話をしてきた。
僕は、何も言わずに作業を続けていた。
「2人とも、そろそろ、お茶にしましょう」
母親が、飲み物と茶菓子を持って来た。
「どうしたの、何か大事な話でもしていた最中だった?」
父親と顔を合わせて僕は笑った。
「トシヤ、ちょうど、工房の小川さんから、いつでも居るから来て
って伝えておいてって言われたえわよ」
「ありがとう、母さん。今から行っていいかな」
僕は、父親の方を見て言った。
父親は、軽くアゴだけで2回うなづいた。
小川さんは、インテリアとしてのフェイク・ブックとフェイク・フ
ラワーをオリジナルで作っている人で、その工房でのワークショップ
や、自己啓発ぽい心理学のセミナーを、泊まり込みでやれる民泊と
シェアハウスを合体させ、やり始めていて、そこの住人の人たちが
それまで自分がやっていたのとは違う仕事や活動にチャレンジする
人も多くなったらしく、今では通称『ギルド・ハウス』と呼ばれて
いた。
僕は、自転車で『ギルド・ハウス』に向かった。