1 見えてなかったもの
「ちょっと、川村君、佐々木さんを何とかしてくれない?」
ハナさんが、なげやりな口調で、昼寝をしていた僕を起こし
に来た。
日本から佐々木さんのお兄さん家族が来るのは聞いていた
が、何があったのか、よくわからないまま、ハウスのゲスト
ルームへ僕は行ってみた。
「こんにちは。初めまして。僕は大学生スタッフの川村と言
います」半分寝ぼけた感じだが、いつもこんな風だしイイか。
今しがた到着した様子の佐々木さんのお兄さんに挨拶をした。
「川村さん。佐々木さんが、お兄さんに会いたくないって言っ
てるんです。どうしてか聞いても答えてくれなくて。何度も
部屋に行って声をかけるんですけど、そのうち、もう誰も来る
なって怒り出したんです。まだお兄さんには伝えていなんです
が、どうしたらいいですか?」
すぐに、近くにいた後輩の女の子が、小声で僕に言ってきた。
僕は無言で軽くうなづいた。
「佐々木さんは、ここ数日、気分が悪いみたいで。
どうでしょうか、お兄様がよければ、先に僕がこのハウスを
少しご案内させていただきますよ。佐々木さんのご家族と一緒
に、お食事しながら、こちらの状況をお聞きになってみません
か? ご迷惑でなければ、僕も同席させてもらいます」
僕の提案に、佐々木さんのお兄さんは力なくうなづいた。
後輩の子に、佐々木さんの家族に、次の食事を僕とお兄さんと
一緒にしてもらうように伝えに行ってもらった。
「お兄様は、奥様と子供さんも確かご一緒でしたよね?」
歩きながら僕が聞くと
「ええ。子供たちも夏休みのうちなら来れると思って、子供3
人と私たち夫婦で、今回やって来ました。子供たちは勝手に自
分たちで、そこら辺を走り回っていますが、妻は部屋から出て
来ようとしないんですよ」
お兄さんは、ボソボソと話してくれた。
「ご兄弟は、お兄様と弟さんの2人ですか?」
「いえ。一番下に妹がいましたが、20年程前に事故で亡くなり
ました。だから兄弟は今は2人です」
「ご兄弟の仲は、どんな風なんですか?」
「実は、お袋の介護や葬儀のことで、もめてから半分絶縁状態
のようになってるんです」
「でも弟さんの病気で、会えるのは多分、最後になると思って
ここまで来ていただいたわけですよね」
「色々とありましたが、最後は、小さい頃の兄弟の時のように
なれるんじゃないかと思って、そう思って来ました。」
「弟さんも、きっと同じように思っていると僕は思います。
1週間のご予定でしたよね?
最初から期待した通りにはいかないかもしれませんが、必ず
日本へ戻られる前には、昔のご兄弟のようになれるって、僕は
思っています。僕たちにも少しお手伝いをさせて下さい」
ずっと、うつ向き加減だったお兄さんが、顔を上げた。
「きれいな風景ですね。こんなに気持ちのいいところだなんて
今まで気が付きませんでした。気持ちが見えなくしていたんで
しょうかね」
「見ているつもりで、見ていないことって、誰でもよくあるこ
となんでしょうね。でも、そこに気づかせてくれるのが、ここ
だと僕は思います。それでも、その時は気づいても、またすぐ
に見ているつもりに戻ってしまうのも人間なんでしょうね。
だけど僕は、純粋な自然や、純粋に受け入れてくれるこの国の
人たちが、何度でも、気づかせてくれると思うんです。それで
いいと思うんです」
年上の人に、わかったような話をするのは失礼のような気がし
て、僕はお兄さんの横に立って、同じ森の方を向いて、顔は見
ずに話した。
「ありがとう。ここに来て本当に良かった。
弟とのことの前に、私たち夫婦も、ここで向き合い直して
みようと思います」
後輩の子が、僕たちを探しに来た。
「食事にいきましょうか?」
お兄さんの方から、そう言ってくれた。