9話 大人の女性
翌日。
「……ん?」
冷たい牢で朝を迎えた俺を起こしたのは錠の開く音だった。
「ヴォンさん、昨日は失礼をいたしました。釈放です」
「釈放……? ありがたいが、やけに早いな」
男の伝えてきた言葉に疑問を持つ。
まだ牢に入ってから丸一日も経っていない。
警備隊が優秀だとはいえ、もう真犯人を捕まえたなんてことがあるのか?
「実は昨日の夜から今日の朝方未明にかけて、同様の手口での殺人が再び起きたんです。ヴォンさんはその間ずっと牢の中でしたから、どう考えても犯行は不可能ということで、釈放という手はずになりました」
「なるほど」
連続殺人か。それなら納得もいく。
容疑者として牢屋に入っていたことが逆に自らの無実を証明する証拠となるなんて、皮肉な話だ。
牢を出た俺は一つ伸びをする。そしてコキコキと首を鳴らした。
もう少し長いこと収容されていれば感慨の一つも覚えたのだろうが……たった一日ではさすがにな。
さて、これからどうするか。
「……とりあえず、まずはリーベのところだな」
俺は保護されたリーベの居場所を警備隊の男に尋ね、その場所に向かうことにした。
その男から、リーベの両親はまだ見つかっていないということも伝えられる。
しかしまだ一日だ、落胆するには大分早い。
フォルクは広いからな、まだリーベについての情報も広まりきっていないだろう。
そんなことを考えていると、いつの間にか教えられた部屋へとたどり着いた。
部屋を開けると、綺麗な金髪をした幼女が警備隊の女性と一緒に積み木で遊んでいた。
「おうリーベ。一日ぶりだな」
俺がそう呼ぶと幼女はこちらを振り返り、ぱぁっと顔を明るくする。
「あっ、おじさーん!」
そして俺の元へと飛び込んできた。
身長の関係でリーベの頭がみぞおちに直撃するが、勇者の俺にはなんてことはない。
優しく受け止めてやる。
「おっと。元気だったか?」
「もう、一日会わないくらいで大げさだなぁおじさんは。わたしは元気だよ!」
ニコニコと太陽のような笑顔を浮かべるリーベ。
そりゃそうだな。俺は些か心配性になっていたようだ。
「あ! あのねおじさん、これお姉さんと作ったんだよ! みてみて!」
リーベは俺の元から離れ、積み木の元に走り寄る。
そこには積み木で出来たお城があった。
四、五歳の子が作ったにしてはかなりのクオリティに思える。
「おお、凄いなリーベは」
「えへへ、でしょー!」
リーベは鼻高々、といった顔でむふふと胸を張る。
そんなリーベを見て、警備隊の女性が微笑みながらを開いた。
「褒めてもらえてよかったね、リーベちゃん」
「うんっ! お姉さんも手伝ってくれてありがと!」
そうだ、この人にお礼を言っておかないと。
「どうも、リーベに付き合ってもらってありがとうございます。……って、親でもない俺が言うのもおかしな話なのかもしれませんが」
俺がそう言うと、その女性は俺に小声で耳打ちする。
「リーベちゃん、今はすごく元気に見えますが、昨夜はずっとしょげていたんですよ? 信頼されてらっしゃるんですね」
そんな言葉に、何と答えればいいかわからない俺は曖昧な笑みを返した。
リーベを見る。
「? なに、おじさん」
不思議そうに首をひねるリーベ。
この子は記憶がないからか、俺が離れていくのを恐れている節がある。
……まあ、それは俺も同じなのかもしれないが。
「あ、おじさん。ちょっとしゃがんでよ」
リーベは手を上から下に動かし、しゃがむことを要求してきた。
「しゃがむ? わかった」
言われた通りにしゃがむと、俺の頭の上にリーベの手が置かれる。
小さな手は俺の頭をグシャグシャと乱暴に撫でた。
「よしよし。一人でさびしいのによく我慢したね、えらいえらい!」
「なんで俺が撫でられてんだ……」
ふと横を見ると、警備隊の女性がクスクスと微笑ましそうに笑っている。
そんな女性に、俺は愛想笑いと照れ笑いと苦笑いが混ざった、おそらく傍から見れば奇妙に見えるであろう笑みを浮かべるしかなかったのだった。
警備隊の詰所を出た俺は、青い空の下で一つ伸びをする。
忙しない人々の頭上でゆったりと流れていく白い雲を見上げてみた。
なんだか落ち着いた気分になる。
「おじさん、これからどうするのー?」
リーベが俺の腕を掴んでブンブンと振った。
あのまま警備隊に両親の捜索を任せ、俺は手を引くという選択肢もあったのだが、それはとれなかった。
なんというか、リーベともう少し一緒にいたかったのだ。
俺はまだこの子に何も返せてないしな。
「まずはブランシュのところに行く。今回のことでアイツには結構迷惑かけちまってるだろうしな」
「おお、おじさんは律儀だねぇ」
「お前そんな難しい言葉知ってんのか。……やっぱり天才なのか?」
「えっへん!」
リーベは自慢げに鼻から勢いよく空気を漏らす。
やっぱりこの子は天才だ。
俺がこの年の頃なんて、鼻水垂らしながら街中を馬鹿みたいに走り回ってたからな。
あのころの俺にリーベの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ。
「やあヴォンさん、それにリーベちゃん。色々と大変だったみたいだね。まあ入りなよ」
昨日に続き突然家を訪れた俺たちを、ブランシュは嫌な顔一つせずに家の中へと招いてくれた。
「悪いな、直前に連絡入れてそのまま来ちまって。予定は大丈夫なのか?」
「あなたが心配することはないよ、今は他のことよりこの件が優先さ。それより……すまなかった」
ブランシュは席に着くや否や、突然俺とリーベに頭を下げる。
これには俺も虚を突かれた。
「僕がランゼさんの家を紹介したことで、あなたたちを厄介ごとに巻き込んでしまった。本当に申し訳ない」
頭を下げたままブランシュはそう言う。
「いや、お前が謝ることじゃないさ。突然訪ねてきた俺を邪険にもせずに受け入れて、その上両親探しの手助けまでしてくれたんだ。感謝こそすれ、怒るなんてことは絶対にない。頭をあげてくれ、ブランシュ」
俺はブランシュの肩を掴み、頭をあげさせた。
「むしろ俺の方がお前に謝りたいくらいだ。忙しいお前に色々と迷惑をかけてしまったと思う。本当に悪かった」
俺はブランシュに頭を下げる。
「いやいや、そんな。あなたが謝ることなんて一つもないじゃないか。顔をあげてくれ」
さっきとは逆に、ブランシュが俺の頭をあげさせる。
その一連の流れを見ていたリーベが、我慢できないといった様子で話に割り込んできた。
「もー! 二人とも顔が怖いよ? 両方とも許してるんだから『許してくれてありがとう』って言えば終わりなのに」
なるほど、意外と真理をついているかもしれない。
そう思った俺は、ブランシュに言う。
「許してくれてありがとな、ブランシュ」
「許してくれてありがとう、ヴォンさん」
「ね、終わったでしょー?」
リーベは得意げな顔をする。
「大人なのにそんなことも知らないなんて、二人ともお馬鹿さんなんだから! わたしの方がよっぽど大人だよもー!」
「……ふっ。そうだね、そうかもしれない」
「リーベが大人って、なんか面白いな」
「ちょっと二人とも、なんで笑ってるの!? わたし怒るよ!」
信じられないと言った顔で俺たちを交互に眺めるリーベ。
その顔がまた面白い。
「悪い悪い。……くくっ、怒らないでくれ」
「おじさん顔がにやけてるじゃん!」
不機嫌になってしまったリーベを必死であやす俺だった。