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中年勇者とロリの旅  作者: どらねこ
2章 フォルクの街編
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8話 牢の中で

 警備隊の取調室は、酷く無機質なものだった。

 全体的に暗く、この空間にいるだけで気が滅入ってしまいそうだ。


「お名前を窺っても?」


 机を介して向かい合った警備隊の隊員がそう聞いてくる。

 若い隊員だ。年は二十代半ばといったところか。……ということは、丁度俺が勇者に任命されたころに生まれた子だな。

 そんな子がもう働いているとは、時の流れは速いものだ。

 そんなことを思いながら、俺は男に答える。


「ヴォン・エリキュール。年は四十だ」


 それを聞いた男は、一つ頷きを返してきた。


「やはり、勇者様ですか」

「ああ、そうだな。俺は勇者様だ」


 俺は冗談交じりにそう答える。

 正直なところ、現状捕まっている状態ではあるものの、俺自身の心配はあまりしていなかった。

 警備隊は優秀だ。必ず犯人を捕まえてくれるだろうし、よしんばそれが無理でも誤認されたまま刑に処されるなどということはまずない。

 俺の生まれた頃は色々と黒い噂もあったようだが、ここ数十年で急速に警備隊の清浄化が進んだのだ。


「それで、どうして勇者様があんなところに?」

「保護をお願いした子供がいただろう、あの子の親を探してここまできた。知り合いのブランシュを訪れたところ、あの家を紹介されたんで向かってみたらあんな惨状だったってわけだ」


 男は頷きながら俺の話を真摯に聞いてくれる。

 まあ、それが仕事なのだから当たり前なのだろうが。


「しかしそれだと、ランゼさんの家の中に勝手に入ったということになりますよね?」

「匂いがしたからな」

「……匂い?」


 若い男は首をひねった。


「血の匂いだ。扉の外までぷんぷんしたぞ」


 それを聞いた男の眼光が鋭くなる。


「……捜査の結果、窓や扉は全て締め切られていたことがわかっています。それなのに匂いを嗅ぎ取ることができたとあなたはおっしゃるんですか?」


 その問いに対し、俺は当然のごとく「そうだ」と答えた。

 驕るつもりはないが、これでも魔王を倒したい一員だ。それくらいは造作もない。


「もし信憑性がないと思うならブランシュに聞いてくれ、そうすればわかる」


 アイツもそのくらいの芸当はできるだろう。あんな大人しそうな顔してかなりの武闘派だからな。


「わかりました。では当然被害者と面識はないということですね?」

「ああ、ない」

「ふむ……」


 そこで男の質問が途切れる。

 聞くべきことを聞き終えたのだろう。


「俺はやってない。言えるのはこれだけだ」

「……わかりました。とりあえず、今日は地下牢に入ってもらいます」

「ああ、わかった」


 さすがに即日釈放されるようなことがないのは覚悟していた。

 地下へと連れられた俺は、灰色の部屋へと入れられる。

 鉄でできた牢は物理的にも印象的にも冷たいものだ。

 幸い、どうやら俺一人だけの牢らしい。

 それに気づいた途端少し気が軽くなる。同室者がうるさいと眠れないからな。


 牢に入れられた俺は、壁に尻をつけて座り込む。

 牢に入れられるのはこれで二度目だ。

 一度目は魔王を倒す旅をしているとき、仲間を馬鹿にしてきた国王をぶん殴ったんだったっけか。


「……あのころは、俺も若かった」


 若さからくる漲るほどの猪突猛進さ。あれはもう二度と手に入れることのできないものなのだろう。

 俺はつまらない大人になった。

 子供の頃の俺は、年をとったら自然と大人になれるものだと思っていたのだが違ったらしい。大人になるためには、それ相応の努力が必要なのだ。

 それを怠ると、こうなる。


「……リーベ、元気にしてるかな」


 リーベの顔を半ば無意識で思い浮かべてしまう自分に、少し呆れる。

 警備隊に保護されているんだぞ、大丈夫に決まっているじゃないか。

 少なくとも俺に保護されるよりは格段に安心で安全だろう。もしかしたらもう親御さんも見つかっているかもしれない。


「そうしたら、もうお別れか」


 当たり前のことではあるがなるべく直視しないようにしていた現実が、じりじりと背後に迫ってきている気がした。

 めでたい事なのに、心の底から祝福できる気がしない。

 俺はどこまで卑しい人間なのだろう。自嘲の笑いを漏らす。

 そんな時、リーベの言葉がふと脳裏をよぎった。


『自分で自分を傷つけちゃ駄目だよ、おじさん』


 ……そうか、そうだったな。

 気づかぬ間に、また俺は俺を傷つけていた。


「……つくづく学習しないヤツだなぁ、俺は」


 そう呟いてみる。

 なんだか笑えてきた。これは自嘲の笑いとは違うものだと俺は思った。


 立ち上がる。目線が上がる。

 四十の中年が、いつまでもくよくよしているわけにはいかない。

 いまこそ真に俺が『大人』になるべきときじゃないか。

 そんなことを思いながら、地下牢の冷たい夜は更けていくのだった。

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