4話 説明って難しい
「んーっ、と! はぁー、良く寝た!」
「早起きだなリーベ」
翌日。宿で目覚めた俺とリーベはベッドから軽やかに起き上がる。
どうやらリーベの寝覚めは随分といいらしい。
いや、昨日は昼寝したりもしていたからな。今日の様子だけで決めつけるのは早すぎるか。
「じゃあ早速行くか。お前の親を探しにな」
「いるかなー? 見つからないといいなー」
「何言ってんだ、自分の親だぞ? 見つかった方がいいに決まっているだろう」
突然何を言いだすんだ、と思った俺を、リーベは蒼い瞳でじっと見つめてくる。
「だって見つかったらおじさんとお別れしなくちゃいけなくなっちゃうでしょ?」
「リーベ、お前……」
「そうしたらおじさん生きていけなそうだもん。おじさんにはわたしが付いてないと駄目な気がする」
「おいちょっと待て。俺は四十手前だぞ」
常識的に考えて寂しがるのは俺じゃなくてお前の方だろ。
たしかに別れることになったら数日、いや数週間……数か月くらいは塞ぎ込むかもしれないが……。
それでもいつかは立ち直れるだろう、そう思う。
それと同時に、リーベに会えていなければいつまで経っても立ち直れずにいただろうとも思う。
そういう意味では、リーベの言っていることもあながち間違いではないのかもしれない。
だとしても、親を探さない理由にはならないが。
「よし、行くぞリーベ。付いて来い」
「あ、駄目だよおじさん! おじさんがわたしに付いてくるの!」
そう言ってリーベは俺の前にずいと出る。
どうやら先頭を気取りたいらしい。
子供の時分に、今のリーベと同じく誰よりも前を歩こうとしていたのを不意に思い出す。
「わかった。じゃあそれで行こう」
こういうところはしっかり子供なんだな。
なんの意味もない安心を感じながら、俺はリーベの後に続いて宿を出るのだった。
リーベの顔を見せ、見覚えがないかを聞きまわる俺たち。
中には勇者である俺の顔を見て露骨に顔を歪める人もいたが、そんなことには動じないくらいの気持ちを俺はすでに手に入れていた。
……いや、正直リーベが隣にいなければどうなっていたか自信はないが、それでも人々の心無い視線に耐えられるようになったことは大きな進歩だ。
それに、皆が皆俺のことを憎んでいるわけでもないということに気が付く事もできた。
引きこもった時の俺は心身が参っていて全員が敵に見えたものだが、今見てみれば何のことはない、そんな人はごく一部だった。これも大きな収穫である。
ただし、それとリーベの親が見つかるかどうかはまったく別の話であって――
「見つからないな」
「見つからないねー」
探し始めて一時間。
俺たちは何の手がかりも得られずにいた。
「どうしよっかおじさん」
リーベが俺を見上げてくる。
まさか見つからないとは思っていなかったのだろう、その表情は少し不安げだ。
こういう時に一緒になって不安になっているようでは駄目だ。
子供が困った時に道を指し示すのが大人の役割なのだから。
「リーベはもしかしたら、この町の子供じゃないのかもしれないな」
俺はそう自分の考えをリーベに伝える。
ここの町はそこまで大きな町でもなく、人口も少ない。
それゆえ町の住人同士の結束は固く、町の子供の顔は大抵の人が覚えているものだ。
これだけ聞きまわって誰一人リーベの顔を知らないということは、つまりリーベは他の町の子供だという可能性が高いということを意味していた。
「今日と明日聞きまわってもし何も手掛かりが得られないようなら、その時は地竜車使って隣街へ行こう」
この町から少し離れたところに、フォルクという街がある。
人口が多く活気もあり、このあたりの中心となっている街だ。
数少ない個人的な知り合いもいるので、伝手で探してもらうこともできるかもしれない。
「地竜車? それってなーに?」
リーベは首をかしげる。
「ああ、知らないのか。地竜車ってのはだな……あー、そのー……地竜が荷車を引っ張るやつだ」
「……おじさん説明下手過ぎない? まず地竜がわからないんだから、わたしには何も伝わってこないよ」
「……すまん」
人に何かを説明するって難しいんだな。初めて知った。
「地竜車がどんなのかわからないけど、楽しみにしとこーっと!」
「まだこの町で見つかる可能性もあるからな? そうしたら乗らないぞ」
「えー」
「えーじゃない」
当たり前だろう。
俺たちは遊びに来てる訳じゃなく、親を探しに来てるんだからな。
俺の厳しい目を見たリーベは拗ねたようにぷぅと頬を膨らませる。
くっ、かわいい……が、ここで態度を崩すわけにもいかない。
俺が甘やかしてしまったら、いざ親の元に反したときにぐうたらな子になってしまう可能性があるからな。
態度を変えない俺に、リーベは口をとがらせて片足を遊ばせた。
「あーあ、見つからないといいなー」
「あっ、こら!」
縁起でもないことを言うんじゃない。
よし、こうなったら絶対この町で見つけてやるからな……!
そして翌々日。
「見つからなかったねー」
「見つからなかったな……」
一昨日昨日と隈なく捜索したが、結局手掛かり一つすら見つけられなかった。
こうなるとフォルクに行ってみるしか道はなくなってしまったな。
心配しているであろうこの子の両親の為にもなるべく早く会わせてやりたかったのだが、それは少し先送りになってしまいそうだ。
「地竜車ってどんなのなのかな? わたしわくわくしてきたよ」
俺と手をつないだリーベは楽しそうに歩いている。
地竜車を見るのが楽しみなようだ。なんともまあ、暢気なヤツである。
少し歩くと、すぐに地竜車の場所へとついた。
地竜車というのは、地竜が引っ張って人や物を運ぶ荷車のことだ。
数少ない魔物を手なずける必要のある業種ということで、この職業に就くには免許が必要になっていると聞いた。もっともその難易度の高さから、無免許の輩も多いらしいが。
今回の業者は値段が少し割高な分しっかりと信用のある業者なので、その辺は安心だ。
「おお、これが地竜車かぁ! すごいねおじさん!」
地竜を見たリーベが興奮の声を上げる。
キラキラと瞳を輝かせて、とても楽しそうだ。
子供の頃ってのは知らないものを知るのが楽しいんだよな。
だけど大抵は、大人になるにつれていつのまにかそういう気持ちも薄れてしまう。
リーベには成長しても今のままでいてほしい、なんて思ってしまうのは自分がつまらない大人になってしまった自覚があるからだろうか。
「楽しそうで俺も嬉しいよ」
だけどそんな俺も、リーベと会う前に比べれば随分まともに戻れていると思う。
『自分を変えるのに遅いということはない』……戯言だと思っていた言葉だが、それも案外正しいことなのではないかと思い始めていたところだ。
とそこで、リーベの元気が見る見るうちに萎んでいることに気が付いた。
一瞬前までの快活な笑顔は影をひそめ、不安そうな、気がかりそうな表情を浮かべている。
年に似つかわしくない顔をするリーベに、声をかけてみる。
「どうしたリーベ、楽しくないのか?」
もしや、親が見つかっていない重大さに今更気が付いたのだろうか。
だとしたら俺も対応を変えねばならないが……。
そう思う俺の隣で、リーベは握った俺の手をギュッと握って俺を見上げる。
「……おじさん、わたしに優しすぎない? もしかしてわたし、何か騙されてる?」
「騙してないぞ!?」
「本当……?」
「本当だ」
誰でも簡単に信じてしまうよりはいいのかもしれないが、今のはおじさんちょっぴり傷ついたぞ。
狼狽える俺の前で、リーベは顎に手をやりニヤリと不敵に微笑む。
「ふーん。……ってことは、おじさんはわたしの召し使いってこと?」
「なんでだ」
その表情を見て、俺はやっと今の一連の行動が演技だったことを悟った。
子供が持っていい演技力をはるかに超越してるぞ。この子は本当に何者なんだ……。
「えへへ、冗談だよぅ。ありがとう、おじさん!」
「おう」
繋いだ手をブンブンと振り回しながら俺に先んじて地竜車に乗り込むリーベ。
乗り込んだところで、リーベは声を張り上げる。
「さあ、出発しんこー! ……」
チラチラ見てくるな。わかってるよ、言えばいいんだろ言えば。
「出発しんこー」
「よしよし、良くできましたー!」
「頭を撫でるな」
なんだこの扱い……。
ともかく、俺とリーベは隣街のフォルクへと向かうのだった。