28話 旅の始まり
「大丈夫か、ヴォン!」
「歩ける?」
ドモンとレネリーが心配そうな顔で駆け寄ってくる。
「大丈夫だ、痛いけどな。それより俺の狙いに気が付いてくれてありがとう。おかげで勝てた」
最後の行動、俺はリュールに策を見抜かれる可能性を極限まで減らすために、アイコンタクトもとらなかった。
アイコンタクト無しの意思疎通など二十年ぶり。良く成功したものだ、と思う俺に、ガハハとドモンは豪快に笑う。
「どれだけ一緒に戦ってきたと思ってんだ。それくらい当然だぜ」
「ああ、そうか。そうだよな」
「とりあえず、包帯は巻いたわ。だけど、そんなことで治るような怪我じゃないわよ」
「ありがとう、充分だ」
レネリーが手早く俺の身体に包帯を巻いてくれた。
包帯でグルグルになった俺は、崖に手をかける。
そんな俺の腕を、ドモンが握った。
不思議に思う俺の身体を、そのまま背負い込む。
「お前、もう崖登る力残ってねえだろ。俺が上まで運んでやるよ」
「いいのか?」
「当たり前だ、早くリーベちゃんのとこ行って安心させてやれ。リーベちゃんにとっちゃ、お前しか頼りはいねえんだからよ」
「それに、どうせあたしたちも反逆者だし、子供連れて逃げないといけないからね。早いとここの街を出ないと」
「……すまんな、迷惑かけて」
「馬鹿言うな、俺たちが守りたいと思ったから守ったんだ。お前と一緒だぜ、ヴォン」
ドモンは昔と全く変わらぬ笑みを浮かべる。
その笑みに、俺も思わず笑みを浮かべてしまった。
「こういうところがあたしがドモンを好きになった理由なの」
「……レネリー。急に惚気られても、反応に困る」
「あらやだ、ごめんなさいね」
そんなおばさんくさい反応を返してくるレネリー。
そりゃそうか、レネリーももう四十近いんだもんな。見た目だけだといってて三十歳くらいにしか見えないけど。
そんなことを考えながら、ドモンに背負われた俺は崖の上へと向かっていった。
「おじさん、大丈夫だった!?」
崖の上へとたどり着くと、すぐにリーベが駆け寄ってくる。
小さな手で俺の手を握るリーベ。ああ、こんなときでも健気だなぁ。やっぱりリーベはいい子だ。
「リーベ、よくここで動くのを我慢してくれたな。俺は嬉しいぞ」
「うん、おじさんに言われたから……って、おじさんすごい怪我! ど、どどどうしよ……唾液! あ、唾液は意味ないんだったっけ!?」
リーベは大層混乱している様子だ。
まあ無理もない。大出血祭りだからな。
包帯もすでに血で真っ赤だ。
これが唾付けるくらいで治るなら、苦労しな……。
「……あれ?」
「どうしたの、ヴォン?」
レネリーに答えるのを後回しにして、俺は自分の身体に夢中で手を触れる。
間違いない、やっぱりそうだ。
「いや……さっき兵士たちと戦った時の傷が、治ってる。それも、リーベに唾液を塗られたところだけ」
兵士と戦った時の傷は重傷ではなかったが、数十分で治るような浅いものでもなかったはずだ。
にもかかわらず、俺の身体のいくつかの傷は綺麗さっぱり完治していた。それも、全てリーベが唾液を塗りたくったところだけ。
「え? え? どういうこと? やっぱり唾は傷に効くの?」
「いや、そうだったら世界中のやつらが自分の傷に唾付けるぜリーベちゃん。そんなことはありえないはずだ。なあレネリー?」
ドモンに話を振られたレネリーは、顎をトントンと指で叩いた。
「もしかしてだけど……唾液って体液でしょ? ってことは、リーベちゃんの身体に含まれてる超高濃度の魔力が含まれてるはず。……だとしたら、リーベちゃんの唾液ってポーションなんか目じゃないくらいの回復薬なのかも」
「リーベちゃんの唾液がポーション!? ま、マジかよレネリー!」
「確証はないけど……とりあえず、塗ってみてそんはないはず。リーベちゃん、ヴォンの傷口に塗ってあげてくれる?」
「う、うん! わかった!」
リーベが一心不乱に俺の傷口に唾液をれろーとたらし、塗り込み始める。
「滅茶苦茶染みるんだが……」
具体的に言うと涙が溢れ出てくるくらいには痛い。
リーベが驚いてしまうといけないから気張って暴れまわるのは我慢しているが、本当なら今にも叫びだしたいくらいには痛い。
痛覚が麻痺しまくった俺でこの痛みなら、常人じゃとっくに気を失ってるぞ。
「でも、リーベちゃんの唾よ?」
「そうか、そうだよな! なら痛くない! 全然痛くないぞ!」
こんなことで痛がるようでは、これからさきリーベの保護者としてはやっていけん。
痛くない! 痛くない! 痛くない! 消えろ痛覚!
「ヴォン、お前ってやつは親馬鹿の方向性が違う気がするぞ……」
ドモンの声も、今の俺には届かなかった。
「と、とりあえず全部塗ったよ。おじさん、傷治る?」
手を唾液でべたべたにしたリーベは、心配そうにレネリーとドモンに尋ねる。
「いやいや、いくらなんでもそんなすぐには治らねえよリーベちゃん。なぁ、ヴォン?」
「……いや。すでにちょっと痛みが引いてきた」
肩口の大きな傷は、すでに治りつつあった。
切断されかけた骨も治っている気がする。
そうこう言っている内にも、俺の身体はしゅうしゅうと音を立てながら元の健康な身体に戻っていく。
「ちょっと言葉が出ないくらいの衝撃ね……」
医学も齧っているレネリーはもはや呆然と言った表情だ。
だが、自分の唾液が傷に効くと聞いたリーベは違う。
自分が役に立てることが嬉しいのだろう、リーベはレネリーとドモンの手をとる。
「お姉さんとお兄さんの傷にも塗ってあげる!」
「本当か? 悪いなリーベちゃん」
「ありがとうね、リーベちゃん」
「うんっ!」
そして、リーベがレネリーに唾液を塗り始める。
すでに傷が治りかけている俺は、ドモンの前に立った。
「ドモン、お前の身体にリーベが直接触れるわけにはいかん。よってお前には俺が塗る」
「お、おう。そうかよ」
そうなのだ。
そういうわけで、ドモンの傷には俺が責任もってリーベの唾液を塗っていく。
「え、絵面がきついわね……」
レネリー、それは言っちゃいけない約束だ。
そして、崖の上に来てからおよそ五分後。
俺たち三人の傷は、リーベの目覚ましい活躍によってめでたく完治していた。
「ありがとう、リーベちゃん!」
「ありがとうな、リーベちゃん」
「うんっ! わたしも役に立ててうれしいよ!」
満開の花のような笑顔でそう告げるリーベ。
「天使がいやがる……」
「へ? も、もうおじさん! 大げさだって」
リーベは照れたように赤味がかった頬を押さえる。
こりゃ天使じゃないな、大天使だ。
「リーベ、昇格おめでとう」
「た、大変だ、おじさんが壊れた!」
「本っ当に親馬鹿ねぇ、ヴォン」
レネリーとドモンが、俺を見て笑った。
「じゃあね、できればまた再会しましょう」
「それまで死ぬんじゃねえぞ」
「ああ、また会おう」
「じゃーね、お兄さんとお姉さんっ!」
レネリーとドモンは娘のエルサティを連れに行くといって俺たちと別れた。
追手が来るのが怖いので手短に別れを済ませ、俺とリーベは二人で歩きだす。
向かう先は決まっていない。行くあてのない放浪の旅だ。
不安はないわけではないが、リーベを守り抜く自信はある。
なぜなら、俺には勇気と……それにリーベがついててくれるからな。
「旅の始まりだな」
「? 今までも旅してたよ?」
こてんと首をかしげる大天使リーベ。愛おしい。
リーベの手を引き寄せ、握る。
小さな手は幼児特有の温かさで俺の手を迎え入れた。
ぎゅっと握ってくるその手を守れたことが、今は嬉しい。
「今まではリーベの親を探す旅だっただろ? これからは、違う。勇者と魔王の二人旅だ」
俺の言葉にリーベは眉を上げ、興奮したように口を丸く開ける。
「おお! かっこいいねおじさん!」
「だろ?」
俺はリーベに笑いかけた。
俺たちの旅は、まだ始まったばかりだ。
これにて完結です!
ここまで読んでくださり本当にありがとうございました!
新作も始めたので、そちらも読んでもらえると嬉しいです!
『融合魔術師は職人芸で成り上がる』
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