27話 流れ
昇ってきた崖を下るのは一瞬だった。
重力という力に身を任せれば、それだけで俺の身体は自然に下へ下へと向かう。
まるで二十年前の自分の気持ちのようだ。
下へ下へ、ただただ下へ。
まあ、今はもう違うけどな。
俺は地面に向かって剣を振るう。
射出された衝撃波は地面に跳ね返り、俺の落ちる速度を緩めた。
さらに、着地の瞬間に膝を一瞬だけ曲げてさらに衝撃を吸収する。
こうして、俺は崖の上から無傷で飛び降りることに成功した。
「ドモン、レネリー。悪いな、俺たちのせいで巻き込んじまった」
斧を支えにしてなんとか立っている状態のドモン。
レネリーも満身創痍で崖に身体を預けているような状態だ。
ギリギリだった。ギリギリだったが、間に合った。
死んでいなかった、その事実に俺は胸をなでおろす。
「馬鹿野郎……なんで来た……」
「そうよ。せっかく……逃げ切れたのに……」
息も絶え絶えの二人。
確かに二人には悪いことをした。
たった今、二人の思いを裏切ってしまった。
それは悪いと思っている。だけど、俺は間違ったことをしたとは露ほども思っていない。
事実俺の心は、これでいいのだと声高に叫んでいる。
「お前らが死んだらリーベが悲しむだろ。……それに、俺が思っている以上に俺はお前らが大切だったみたいだ。見捨てたくても見捨てられなかった」
「相変わらずの……大馬鹿ね、あなた」
「そうかもな。だけど……二十年ぶりの共闘も、悪くねえだろ?」
片眉をあげて、二人を見る。
「……ハッ。ちげえねえな」
「なら、まだ倒れるわけには……いかないわねぇ」
二人はよろよろと俺の隣についた。
俺たちは三人で、目の前の男を見つめる。
「お前が新勇者だな?」
「あなたが魔王ですか? それとも上にいる子供がそうですか?」
男は俺が現れたことに対して微塵も動揺していないようだった。
感情の欠片すら感じられない平坦な声色に、思わずゾクリと背筋が凍る。
「……質問に答えないなら、こっちも答える義理はない」
「そうですか。なら答えましょう。あなたの想像通り、僕が今回の魔王討伐に当たって教会から任命された勇者、リュールです。以後、お見知りおきを」
男――リュールは流麗な動作で俺たちに頭を下げる。
今からまさに命を懸けた戦いに臨むとはとても思えないような優美な動作。
まるで式典で披露される剣舞の前の一例でも見ているかのような錯覚さえ起こす。
「それで、どちらが魔王ですか?」
「俺が魔王だ」
俺は答えた。
リュールは「そうですか」とだけ言う。
「まあ僕があなたを信じる道理もないので、もちろんどちらも殺しますけど」
そりゃまあ、当然か。
魔王かもしれない存在を生かしておくほど甘い心の人間は勇者にはなれない。……その点、俺は勇者として不適格であった気もするが。
そういう意味においては、目の前のリュールという青年は俺よりも勇者然とした男であった。
おそらくコイツは俺たちを排除すれば、その後崖を上って何のためらいもなくリーベを手にかけるだろう。そんなことを、させてたまるか。
「やらせねえよ。リーベは絶対に殺させない」
「この世に絶対なんてないんですよ。そうですね、唯一あるとしたら……」
リュールは僅かに微笑を浮かべる。
「『あなたたちでは、僕に敵わない』――ということは、絶対かもしれませんね」
「試してみろよ」
「そうですね、無駄話もこの辺にしておきますか。上の子供に逃げられると面倒ですし」
リュールが剣の切っ先を俺へと向ける。
俺も同じように首元の喉仏に切っ先の照準を合わせた。
ドモンとレネリーは手負いだ。
俺も傷は負っているが、戦えないほどじゃない。
なら、ここは俺が踏ん張らないと――!?
「へぇ、これを防ぎますか」
気が付くと、目の前にリュールがいた。
俺は迷う間もなく交代する。
何だ今の、まるで突然現れたみたいに……!
咄嗟に剣で防御は出来たが、偶然だ。次は怪しい。
「速えな……」
「その分、力はあなたたちより劣っていますよ。まあ、だからといって僕の勝利は揺るぎませんが」
タネはおそらく重心移動。
身体を動かさないまま重心だけを前もって動かすことで、実際の速度以上の速さに感じているのだ。
そう頭では理解できる。頭では理解できるのだが、身体は付いて来ない。
リュールの剣が、俺の身体を斬る。
なんとか致命傷は避けたが、左の肩口から腹部までを一撃で抉られた。
「ぐっ……!」
「大丈夫かヴォン! この、くそがっ!」
「おっと」
ドモンの攻撃をまるでスローモーションに感じているかのように悠々と避け、リュールは後退する。
コイツだけ違う時間の流れにいるみたいだ。全く捉えきれない。
「ヴォン、あなた大丈夫……!?」
「ああ、まだやれる。だけど、長期戦はきついな……お前らが苦戦してた意味がよくわかった」
「驚くことはありません。単純に年齢の違いです。僕は二十歳であなたたちはもう四十歳間近。その上、僕は幼い頃から戦闘訓練を受けています。どこかの誰かが魔王を討伐したのちに勇者とは思えない行動をなさったおかげで、今代の勇者候補の人間は皆、幼い頃から厳しい教育を施されるようになりましたから」
こんなところで、自分の過去の行いが首を絞めるのか。
因果応報、そんな言葉が脳裏をよぎる。
「戦闘経験がさして変わらない二十歳と四十歳。どちらの方が強いかなど、誰でもわかりますよね。ただそれだけのことです」
たしかにリュールの言う通りかもしれない。
俺たち三人を苦も無く相手取るコイツは、おそらく俺よりも強いのだろう。
ただし、強い方が勝つとも限らないのが戦いだ。
「お前の計算は机上論だ。戦いには、流れってヤツがある」
「その流れとやらも現状僕にあるように思えますが」
「先代勇者として、先輩から最初で最後のレッスンだ。流れの引き寄せ方ってやつを教えてやるよ」
俺はリュールに突っ込んだ。
視界に映るリュールはかすかに残念そうに剣を構えた。
そして、俺を斬るべく距離を詰めてくる。
「策もなく突撃、ですか。無謀が流れを引き寄せるとでもいうのなら、あなたにはがっかりです」
「違うね、流れを引き寄せるのは勇気だ。そんでもって、俺には勇気がついている」
剣を振り上げるリュールに対し、俺は剣を投げ捨て。
そしてただ愚直にリュールへと接近した。
「何を……!?」
剣ってのは、重い。棄てれば自然と速度は上がる。
リュールが慌てて剣を振り下ろすも、適正距離を超えて近づきすぎた俺の身体を叩き斬ることはなく、剣は肩の骨を半分ほど斬ったところで止まった。
「ぬ、抜けない……!?」
鍛え抜かれた俺の身体に食い込んだリュールの剣は、いくら抜こうとしても抜くことなどできない。
「これが流れの引き寄せ方だ。肉を切らせて、骨も断たせて、そんで相手の命を絶つ。レネリー、ドモンっ!」
「ナイスよ、ヴォン!」
「喰らいなぁっ!」。
レネリーとドモンが俺の背後からリュールを攻撃した。
レネリーの鞭が眼球に直撃し、視界を奪った隙にドモンの斧が腹部を掻っ捌く。
血と臓物を勢いよく溢れさせ、リュールはその場に倒れ込む。
「ガアアアアァァッッッ!」
痛みで辺りを転がるリュール。
俺はドモンから投げ捨てた剣を受け取って、リュールの首に切っ先を向けた。
「勇者だって人間だ。首斬られたら死ぬだろ?」
そしてリュールの首を、首から下と切り離した。
リュールは動かなくなった。
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