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中年勇者とロリの旅  作者: どらねこ
3章 テタンドの街編
24/28

24話 告白と決断と卵焼き

 そして、翌日。

 昔馴染みに会えた俺は、少々浮かれ気分で朝食の用意をしていた。

 まさか昔話に花を咲かせられる日が来るなんてな。

 それもこれも、リーベが俺を呪縛から解いてくれたからだ。


「……少しおまけしとくか」


 俺はリーベの皿に卵焼きを一つ多めに乗せてやる。

 リーベは卵焼きも好きだ。二切れあれば、きっと喜びも二倍……とまではいかないだろうが、いつもよりは喜んでくれるだろう。


「おーい、朝ごはんできたぞー。起きろー」


 俺は未だ寝ているリーベを起こしに寝室へと向かう。

 そして寝室の扉を開けた瞬間、異変に気付いた。


 部屋の中に充満する濃密な魔力。

 そしてその中心にいるリーベ。


 気楽な気持ちで部屋に入った俺は、一瞬その気配に気圧(けお)されてしまう。

 音で気づいたのか、リーベはこちらを向いた。


「ねえ、おじさん」


 その目は赤く輝いていた。


「おいリーベ、その目……! 大丈夫か、熱は!?」


 正気を取り戻した俺は、すぐにリーベに駆け寄り額に触れる。

 以前目が赤くなった時と違い、今度は発熱は感じられない。

 しかしこの状況はどう考えても普通ではないだろう。


「熱は無い、か。リーベ、一応救護院に行こう」

「おじさん、お話があるんだ」


 リーベは妖しく輝く赤の目で俺を見る。

 目の色が変わっただけで、なんだかリーベの人格まで変わってしまったように思えて、俺は思わず息を呑んだ。


「話……?」

「うん。大切な、大切なお話」


 リーベは少なくとも、自失しているようには見えない。


「……わかった」


 俺は少し考えた末、ベッドに座ってリーベの話を聞くことにした。


「多分わたし、今目の色変わってると思うんだ。だよね?」


 リーベは俺に瞳の色を見せるように、顔を近づけて大きく瞳を開く。


「ああ。昨日までは蒼だったのに、今は真っ赤だ」

「うん、やっぱり……」


 頭が痛い。

 嫌な予感がする。

 頭に映像が浮かんでくる。二十年前、死に物狂いで魔王を討伐した時の。

 なんでこんな時に思い出す?

 違うだろ、そんなわけないだろ。

 馬鹿な考えを頭から必死で追い払う。


「何がやっぱりなんだ? 俺にはまだ何が何やら……説明してくれないか?」

「本当はおじさんも、薄々気づいてるんじゃないの?」

「……」


 答えない俺にフッと微笑を浮かべて、リーベは言った。




「おじさん、わたし『まおー』みたい」






「今日の朝、突然記憶が戻ったの。生まれてすぐの記憶が。……わたしは元々人じゃなかった。黒い、もやもやな存在だった。戻った記憶が教えてくれたんだけど、まおーは皆そうだったんだって」


 自らをまおー……すなわち魔王だと語ったリーベは、黙る俺を見つめながらそのまま口を動かし続ける。


「お父さんとお母さんに会いたいと思わなかった理由もわかったよ。わたしにお父さんとお母さんなんて、最初からいなかったからだ。多分、わたしはどこかでそれに気づいてたんだと思う」


 たしかに、リーベは最初から両親を探すことにあまり乗り気ではなかった。

 不思議だったことだが、たしかにリーベの言っている通りなら説明がつくかもしれない。


「黒いもやもやだったわたしは、長い間ずっとこことは別の場所にいた。名前は分からないけど、光も影も上も下もないところだった。お父さんもお母さんも、友達も、誰もいなかった。ただ暗いドロドロしたところにいたわたしは、もがいてもがいて、そこからやっとの思いで出てきて……その出口が、おじさんの家の前だったんだと、思う」


 だから、出会った時のリーベは服を着ていなかったのか。

 全てが繋がっていく。繋がってほしくない方へ、繋がっていく。


「おじさん、ごめんね……優しくしてもらったのに、わたしはまおーだったよ」

「……リーベ」


 泣きそうな顔のリーベに、俺はまともな言葉をかけることができない。

 リーベはベッドから立ち上がり、俺の前で両腕を広げる。


「わたしを殺してよ、おじさん。おじさんはゆうしゃで、わたしはまおーだから。買った本のお話にもそう書いてあったよ。ゆうしゃはまおーを殺して、ハッピーエンドなんだってさ」


 ……一体どういう思いで、この子はこんな言葉を発しているのだろうか。

 目に涙を溜めてながら「殺してくれ」と懇願する少女に、俺は何をしてやれるのだろうか。

 ……深く考えるな。

 今、俺の目の前にいるのは魔王だ。それは間違いない。


「……」


 俺は無言でベッドから立ち上がった。

 そして、目の前のリーベを見下ろす。


 華奢な身体だ。だが、魔王だ。

 まだ幼い。だが魔王だ。

 泣きそうな目をしている。だが魔王だ。

 強く噛んだ唇が白く変色している。だが魔王だ。


 いくら考えても、事実は変わることはない。

 目の前にいる少女は魔王であり――だが、リーベだ。


「リーベ、俺はお前を殺したりなんてしない。俺はお前を護る」


 俺はリーベにそう告げる。


「え……?」

「リーベ、お前は突然俺の前に現れたよな。あの時の俺は酷い状態だった」


 今思い出しても、酷いという言葉以外見つからない。

 案じて訪ねてきてくれた友の言葉にも耳を貸さず、ひたすら家に篭り続ける日々。

 停滞しているだけでは腐ってしまうのは分かりきっていたのに、あのころの俺は何もできなかった。


「俺は勇者の肩書きを捨てたようでいて、その実ずっと縋ってたんだ」


 何もなくなった俺が縋れるもの……それが勇者という肩書だった。


「だけどお前はそんな俺に一歩前へ進む勇気をくれた。外へと踏み出す元気をくれた。旅をする楽しみをくれた。……全部全部全部、俺が失くしていたものばかりだ」


 俺はリーベを抱きしめる。

 小さい身体は震えていた。


「ありがとう、リーベ。俺はお前のお陰で、『人』に戻れた」


 しゃがみこみ、リーベの両肩に触れる。

 まっすぐに目を見つめる。

 俺の気持ちはもう決まった。あとは、リーベがそれを受け入れてくれるかどうかだ。


「勇者としてではなく、保護者としてお前を護ろう。……勇者でもなんでもない俺でも、そばにおいてくれるか?」

「……うんっ。だって、おじさんがたとえ皆のゆうしゃじゃなくても、おじさんは……おじさんはわたしにとってはゆうしゃだもん……っ!」


 リーベは泣きながら笑った。






「大丈夫か、リーベ? 飯は食べれるか?」

「うん、大丈夫。ちょっと嬉し過ぎただけだから……」


 リーベは手で涙を拭う。

 そして赤くなった目元で「えへへ」と笑った。


「じゃあ、さっそく飯にするぞ。早くしないと朝ごはんが冷めちまうからな」


 俺はそう言ってリーベに背を向けた。

 リーベの顔を見て、目頭が熱くなったのがばれないように。

 少しぶっきらぼうな言い方になってしまったが、リーベは気にせず俺に付いてくる。

 そして食卓へとついた。


「あれ? わたしの卵焼きだけ二つある」

「ああ。リーベは卵焼き好きだからと思ってな」


 リーベはぱくりと卵焼きを口に入れる。

 リーベの中で、その味がトリガーになってしまったのだろう。

 一度は止まった涙が、またとめどなく溢れだしてきた。


「美味いか?」

「……うんっ。ぐすっ……おいしいよ……っ! ひっく……ありがとう、おじさん……!」

「そうか、泣くほど美味いか。作った甲斐があるな」


 リーベの頭をクシャクシャと撫でる。

 涙は、なんとか意地で堪えた。

 保護者が泣くわけにはいかないからな。

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