24話 告白と決断と卵焼き
そして、翌日。
昔馴染みに会えた俺は、少々浮かれ気分で朝食の用意をしていた。
まさか昔話に花を咲かせられる日が来るなんてな。
それもこれも、リーベが俺を呪縛から解いてくれたからだ。
「……少しおまけしとくか」
俺はリーベの皿に卵焼きを一つ多めに乗せてやる。
リーベは卵焼きも好きだ。二切れあれば、きっと喜びも二倍……とまではいかないだろうが、いつもよりは喜んでくれるだろう。
「おーい、朝ごはんできたぞー。起きろー」
俺は未だ寝ているリーベを起こしに寝室へと向かう。
そして寝室の扉を開けた瞬間、異変に気付いた。
部屋の中に充満する濃密な魔力。
そしてその中心にいるリーベ。
気楽な気持ちで部屋に入った俺は、一瞬その気配に気圧されてしまう。
音で気づいたのか、リーベはこちらを向いた。
「ねえ、おじさん」
その目は赤く輝いていた。
「おいリーベ、その目……! 大丈夫か、熱は!?」
正気を取り戻した俺は、すぐにリーベに駆け寄り額に触れる。
以前目が赤くなった時と違い、今度は発熱は感じられない。
しかしこの状況はどう考えても普通ではないだろう。
「熱は無い、か。リーベ、一応救護院に行こう」
「おじさん、お話があるんだ」
リーベは妖しく輝く赤の目で俺を見る。
目の色が変わっただけで、なんだかリーベの人格まで変わってしまったように思えて、俺は思わず息を呑んだ。
「話……?」
「うん。大切な、大切なお話」
リーベは少なくとも、自失しているようには見えない。
「……わかった」
俺は少し考えた末、ベッドに座ってリーベの話を聞くことにした。
「多分わたし、今目の色変わってると思うんだ。だよね?」
リーベは俺に瞳の色を見せるように、顔を近づけて大きく瞳を開く。
「ああ。昨日までは蒼だったのに、今は真っ赤だ」
「うん、やっぱり……」
頭が痛い。
嫌な予感がする。
頭に映像が浮かんでくる。二十年前、死に物狂いで魔王を討伐した時の。
なんでこんな時に思い出す?
違うだろ、そんなわけないだろ。
馬鹿な考えを頭から必死で追い払う。
「何がやっぱりなんだ? 俺にはまだ何が何やら……説明してくれないか?」
「本当はおじさんも、薄々気づいてるんじゃないの?」
「……」
答えない俺にフッと微笑を浮かべて、リーベは言った。
「おじさん、わたし『まおー』みたい」
「今日の朝、突然記憶が戻ったの。生まれてすぐの記憶が。……わたしは元々人じゃなかった。黒い、もやもやな存在だった。戻った記憶が教えてくれたんだけど、まおーは皆そうだったんだって」
自らをまおー……すなわち魔王だと語ったリーベは、黙る俺を見つめながらそのまま口を動かし続ける。
「お父さんとお母さんに会いたいと思わなかった理由もわかったよ。わたしにお父さんとお母さんなんて、最初からいなかったからだ。多分、わたしはどこかでそれに気づいてたんだと思う」
たしかに、リーベは最初から両親を探すことにあまり乗り気ではなかった。
不思議だったことだが、たしかにリーベの言っている通りなら説明がつくかもしれない。
「黒いもやもやだったわたしは、長い間ずっとこことは別の場所にいた。名前は分からないけど、光も影も上も下もないところだった。お父さんもお母さんも、友達も、誰もいなかった。ただ暗いドロドロしたところにいたわたしは、もがいてもがいて、そこからやっとの思いで出てきて……その出口が、おじさんの家の前だったんだと、思う」
だから、出会った時のリーベは服を着ていなかったのか。
全てが繋がっていく。繋がってほしくない方へ、繋がっていく。
「おじさん、ごめんね……優しくしてもらったのに、わたしはまおーだったよ」
「……リーベ」
泣きそうな顔のリーベに、俺はまともな言葉をかけることができない。
リーベはベッドから立ち上がり、俺の前で両腕を広げる。
「わたしを殺してよ、おじさん。おじさんはゆうしゃで、わたしはまおーだから。買った本のお話にもそう書いてあったよ。ゆうしゃはまおーを殺して、ハッピーエンドなんだってさ」
……一体どういう思いで、この子はこんな言葉を発しているのだろうか。
目に涙を溜めてながら「殺してくれ」と懇願する少女に、俺は何をしてやれるのだろうか。
……深く考えるな。
今、俺の目の前にいるのは魔王だ。それは間違いない。
「……」
俺は無言でベッドから立ち上がった。
そして、目の前のリーベを見下ろす。
華奢な身体だ。だが、魔王だ。
まだ幼い。だが魔王だ。
泣きそうな目をしている。だが魔王だ。
強く噛んだ唇が白く変色している。だが魔王だ。
いくら考えても、事実は変わることはない。
目の前にいる少女は魔王であり――だが、リーベだ。
「リーベ、俺はお前を殺したりなんてしない。俺はお前を護る」
俺はリーベにそう告げる。
「え……?」
「リーベ、お前は突然俺の前に現れたよな。あの時の俺は酷い状態だった」
今思い出しても、酷いという言葉以外見つからない。
案じて訪ねてきてくれた友の言葉にも耳を貸さず、ひたすら家に篭り続ける日々。
停滞しているだけでは腐ってしまうのは分かりきっていたのに、あのころの俺は何もできなかった。
「俺は勇者の肩書きを捨てたようでいて、その実ずっと縋ってたんだ」
何もなくなった俺が縋れるもの……それが勇者という肩書だった。
「だけどお前はそんな俺に一歩前へ進む勇気をくれた。外へと踏み出す元気をくれた。旅をする楽しみをくれた。……全部全部全部、俺が失くしていたものばかりだ」
俺はリーベを抱きしめる。
小さい身体は震えていた。
「ありがとう、リーベ。俺はお前のお陰で、『人』に戻れた」
しゃがみこみ、リーベの両肩に触れる。
まっすぐに目を見つめる。
俺の気持ちはもう決まった。あとは、リーベがそれを受け入れてくれるかどうかだ。
「勇者としてではなく、保護者としてお前を護ろう。……勇者でもなんでもない俺でも、そばにおいてくれるか?」
「……うんっ。だって、おじさんがたとえ皆のゆうしゃじゃなくても、おじさんは……おじさんはわたしにとってはゆうしゃだもん……っ!」
リーベは泣きながら笑った。
「大丈夫か、リーベ? 飯は食べれるか?」
「うん、大丈夫。ちょっと嬉し過ぎただけだから……」
リーベは手で涙を拭う。
そして赤くなった目元で「えへへ」と笑った。
「じゃあ、さっそく飯にするぞ。早くしないと朝ごはんが冷めちまうからな」
俺はそう言ってリーベに背を向けた。
リーベの顔を見て、目頭が熱くなったのがばれないように。
少しぶっきらぼうな言い方になってしまったが、リーベは気にせず俺に付いてくる。
そして食卓へとついた。
「あれ? わたしの卵焼きだけ二つある」
「ああ。リーベは卵焼き好きだからと思ってな」
リーベはぱくりと卵焼きを口に入れる。
リーベの中で、その味がトリガーになってしまったのだろう。
一度は止まった涙が、またとめどなく溢れだしてきた。
「美味いか?」
「……うんっ。ぐすっ……おいしいよ……っ! ひっく……ありがとう、おじさん……!」
「そうか、泣くほど美味いか。作った甲斐があるな」
リーベの頭をクシャクシャと撫でる。
涙は、なんとか意地で堪えた。
保護者が泣くわけにはいかないからな。
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