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中年勇者とロリの旅  作者: どらねこ
1章 始まりの街編
2/28

2話 背中の重みのその意味は

 翌朝。

 外着に着替えた俺は一つ息を吐く。


「よし、行くか」

「お出かけするの?」


 幼女が聞いてくる。

 ちなみに幼女には俺の子供の時の服を着させている。

 いつか子供が出来たときに着させようと思っていたものだが、もうそんな機会はないだろうし、ここで役立ってくれてよかった。

 男物だが、無いよりは何倍もましだろう。


「ああ、お前の本来の保護者を探しに行かなきゃだからな」

「えー。そんなのいいのにぃー」


 幼女は口をとがらせブー垂れる。

 思っていたのとは真逆の反応だ。記憶喪失だから今までの生活への思いが薄いのだろうか。


「そんなのってことはないだろ。お前の大事な……いや、その前に」


 ごほん、と咳をして一度言葉を区切る。


「とりあえず、名前がないと不便だ。だから、便宜上名前を付けようと思う」

「名前? ……わたし、名前が貰えるの!? わーい! やったー!」

「ああ、昨日の夜思いついた名前だ」


 幼女はわくわくといった顔で俺を見上げる。

 まるで欲しかったプレゼントを貰う直前かのようなその仕草は、とても微笑ましいものだ。

 そんな幼女に、俺は名前を授ける。


「リーベ……リーベだ。今からお前の親が見つかるまでの間、俺はお前をリーベと呼ぶ」

「リーベ?」

「ああ、昔の言葉で『愛』って意味だ。……気に入らないか?」


 よく思いついたと自分を褒めてやりたいほどすばらしい名前だと思うのだが、いかんせん俺はネーミングセンスがない。

 嫌だったのならば、変えねばなるまい。

 そう思う俺に、幼女はニコッと笑う。


「ううん、ありがとう、おじさん! わたしは今からリーベだよ!」


 そして幼女は――リーベは、自分の名前を唱え始める。


「リーベ。リーベ。……えへへ」


 何だコイツ、すごいかわいいな。

 もしやこの気持ちが親心というものなのだろうか。

 ……いかんいかん、この子は他人(ひと)の子だぞ。

 あくまで本来の保護者の元まで送り届けるのが俺の役目だ。

 情を移しすぎてはよくない。別れがつらくなってしまうからな。

 頭でそう考えてはいるものの、二十年間で凍りきったはずの俺の心は飾らぬ態度のリーベをすでに受け入れつつあった。

 自分でも驚くほど、知らず知らずのうちに俺は人との触れ合いに焦がれていたらしい。


「ところでおじさん、愛ってなぁに?」

「……それは、ちょっと難しすぎる質問だな」


 もはや哲学の域に入っている気がする。

 まともに恋もしていない俺がそれに答えることは到底できそうもない。


「お前が大人になればわかるさ、リーベ」


 俺はそう言って頭を撫でてやる。

 リーベは気持ち良さそうにしながらも、少し不満気だ。


「……なんかはぐらかされたような気がするなー」

「……そんなことはないぞ?」


 子供は俺が思っている以上に賢い。

 それを学んだ晴れの日の朝だった。




 外に出ると、いつもどおりのなんにもない光景が広がる。

 そうだ、これこそがいつもどおりの風景だ。

 乾いた風とそれに靡く丈の短い茶色の草。

 それ以外には岩と地面しかない。

 これがここ二十年間で俺が見慣れた光景だった。


「わぁ、ここ何にもないんだねー!」

「まあ、町の外れも外れだからな」


 リーベは何にもないこと自体が楽しそうだ。

 子供というのはなんでも楽しめていいな。

 俺としても、ガッカリされるよりは喜ばれた方がいくらか嬉しい。


「それでおじさん、どこに行くの?」

「最寄りの町だ。普通に考えて、お前を知っている人間がいる可能性が一番高いからな」


 リーベは昨日親はいないと言っていたが、記憶喪失の子の言うことだ。

 もしかしたら本当はいるのに忘れているだけかもしれない。

 そしてもしそうならば、それはきっと……とても辛いことなんじゃないかと思う。

 この子にとっても、この子の親にとっても。


「? どうしたのおじさん。バカみたいな目をしてるよ?」

「誰がバカみたいだ誰が」


 考え事をしていたと言うのに、バカみたいはないだろう。


「じゃあ、行くか」

「歩いていくの?」

「ああ、だが遠い道のりだ。俺だけでもあちらにつくのは昼過ぎごろになる。疲れたらいつでも言えよ?」


 このくらいの年の子供の体力がどのくらいなのかは知らないが、歩ききるのは多分無理だろう。

 そう思い声をかけた俺に、リーベはむぅと頬をむくらせる。


「大丈夫だよ、わたし歩くの得意だもん! てくてくしちゃうんだから!」


 そう言って俺の前を行くリーベは、「てくてく」というより「とてとて」である。

 数歩前を行ったリーベは「どう?」とでも言いたげな顔で、鼻を膨らませながら俺の方を振り返る。


「おお、すごいなリーベは。そんなに早く歩けるなんて」

「えっへん!」


 なんともまあ、可愛いやつだ。

 俺は何度目かの微笑ましい思いを感じながら、町までの道のりを歩き始めた。






 そして数時間後。


「おい、本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫だもんっ! まだ歩けるもんっ!」


 俺の何度目かの声掛けを一蹴するリーベ。

 だが、どこからどうみてもリーベの体力はもう限界だ。

 小さい肩を上下させて小さく一歩一歩歩く様子に、俺の胸は罪悪感で締め付けられる。

 こんなことなら最初から背に背負っておけばよかった、と俺は後悔する。

 意地になった子供のあやし方など、俺には到底わからなかった。


 隣を歩くリーベはとてとてからよちよちへと変わってしまっている。

 不安に思いながら隣を歩いていると、リーベが足を引っかけた。


「……あっ」

「おいっ!」


 俺はすかさずリーベを抱き留める。

 怪我は……ないか。よかった。


「だから言っただろ。そんなに無理するな。俺の背中に乗れ」

「……大丈夫だもん。一人で歩けるもん」


 リーベは目線を合わせることもなく告げる。

 自分が子供だったときなどもう記憶の彼方だ。

 こういうとき俺の親父は、俺のお袋はどうやって俺をあやしてくれただろうか。

 記憶を探っても、答えは出ない。


「なあリーベ。俺は頭もよくないし、人の気持ちもあんまりわからない。だからさ、言ってくれないとわからないんだよ。お前はなんでそんなに意地を張ってるんだ?」


 情けないことだが、俺は本人に直接聞く以外の選択肢を思いつく事が出来なかった。

 俺の腕の中のリーベはぽつりと呟いた。


「……捨てられちゃうもん」

「ん?」

「おじさんに捨てられちゃったら、わたし一人になっちゃう……もんっ。だから、おじさんには迷惑をかけないようにする。そうすれば、おじさんには捨てられないって、わたし、思うからぁ……っ! ぐすっ」


 リーベの小さい背中が跳ねる。

 その反応に、俺はリーベを子供だと思いすぎていたのだと痛感する。

 あっけらかんとしているのが本心だと思っていた。

 俺はこの子の外見だけを見て、その心の中まで見ようとはしていなかったのだ。


「何言ってるんだリーベ。俺がお前を捨てるわけないだろ?」


 ひっく、と背中が跳ねるたび、俺は自身の不甲斐なさに嫌になる。

 四十になった男がこんな子供に気を使わせて、これじゃこの子の方がよっぽど大人じゃないか。


「だって、おじさんは、わたしのお父さんでもお母さんでもないんでしょ……? わたし、子供だし、何にもできないし……。おじさんの足引っ張っちゃうし……ぃ!」

「いや、お前は俺に大事なものをくれたよ」

「え……?」


 リーベの蒼い瞳が俺の姿を反射する。

 ここ何年間かで見慣れたやつれた顔。しかし俺の瞳だけは、勇者だった二十年前と同じように輝きだしているように思えた。


「リーベ、お前は俺にありがとうと言ってくれた。俺を勇者だと言ってくれた」


 それで俺がどれだけ救われたか、きっとこの子にはわからないだろう。

 でも、俺は救われた。俺はこの子に救われた。


「お前は俺に、もう一度歩き出す勇気をくれたんだ」


 勇者。勇ましい者。

 俺は勇ましくなんてなかった。でも、この子の為なら勇ましくなれるかもしれない。

 そんな確信めいた予感がした。


「だから、俺はリーベを絶対に見捨てない。リーベは俺の命の恩人だからだ」


 ここ二十年死んでいた俺に、もう一度生き返るチャンスをくれた。

 それがリーベだ。


 リーベは唇を噛む。

 そして口を開いた。


「……わたし、わがままだよ?」

「子供はわがままなもんだ」

「わたし、おじさんの足ひっぱっちゃうよ?」

「大丈夫だ、俺は元々そんなに大した人間じゃない。むしろ俺がリーベの足を引っ張りそうだよ」


 俺の答えに、リーベはふふ、と笑いを漏らす。

 そして一拍間を置いた。


「……本当に見捨てないでくれる?」

「ああ、見捨てない」

「本当の本当に?」

「本当の本当の本当にだ」


 俺は力強く頷きを返す。


 ふと、リーベが俺の首に手を伸ばした。


「……疲れたから、おんぶ」

「……ああ、わかった」


 俺は背中にリーベを背負う。


「よし、いくぞリーベ」


 リーベを振り返る。


「……うん、おじさん」


 背に乗ったリーベは、疲れているのにも関わらず笑って見せた。


 俺は立ち上がり、一歩を踏み出す。

 リーベは子供、身体を鍛えている俺には何でもない重さだ。

 だけど、今はやけに重く感じた。

 背に乗った「信頼」の重さを、俺は四十手前にしてようやく感じることができた。

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