19話 ある日の夢
気が付くと、色のない空間にいた。
地に足をつけようとするが、そもそも地面がない。
上下もない、左右もない。
何もない空間に、俺だけがいた。
なんなんだここは。
そう思ったとほぼ同時に、背後に気配。
「おうヴォン、久しぶりだな」
振り返った俺に、ソイツはガハハと笑いかけた。
先ほどまで感じていた疑問など全て頭から飛び、俺はソイツとの再会を喜ぶ。
「ドモン、ドモンじゃねえか! ひっさしぶりだなぁ!」
「ガハハ、そう喜ぶな。子供じゃねえんだからよ!」
男の名はドモン。
二十年前、俺と同じパーティーに所属していた男だった。
勇者である俺が剣士で、ドモンが斧士。
酒好きで気性が荒い彼とは酒場で幾度となく激しいぶつかり合いをしたが、竹を割ったような性格にパーティーが助けられることもそれ以上にあった。
パーティーで一番親しくしていたのは誰かと問われれば、俺は間髪入れずにドモンの名を答えるだろう。
俺にとってはそういう掛け替えのない人間だった。
「ドモンだけじゃないわよ? あたしもいるんだから」
「レネリー! お前もいるのか!」
ドモンの横にふっと現れたのはレネリー。
男を誘惑する扇情的な格好をした女だ。ただでさえ生地の薄い服に、腹部を露出しているおまけつき。
彼女はパーティーで盗賊……というとレネリーは怒るんだよな。シーフを担当していた。
それに加えて見た目とは裏腹に金銭的にはとても真面目で、パーティーの金銭面は彼女に頼りっぱなしだった。
それがあまりにきっちりしてるもんだから、ドモンとよく「レネリーは絶対に、昔金遣いの荒い男と付き合って痛い目見てる」なんて言いあってはレネリーに殴られたのを昨日のことのように思い出す。
……今思うと最低な発言だったな。よくパーティーを抜けないでいてくれたものだ。
「ぼ、僕もいるよ……」
「リュネガまで!」
影が薄く声も小さい男が、いつの間にかレネリーの横に立っていた。リュネガだ。
リュネガは気の弱い男だった。いつも何かに怯えていて、常にマイナス思考。心配性の権化みたいな男だった。
だが、それはイケイケ思考の俺たちパーティーの貴重なブレーキ役としてありがたいことだった。彼がいなければ、無理をして突っ込んで無残な死を遂げていたことが何度あっただろうか。
そしてその暗殺能力はとにかく高かった。
魔物との戦いではあまり光るところのなかった男だが、こと人間相手の暗殺に関しては俺たちなど比べ物にならないレベルの結果を出し続けた。
だからこそ、パーティーで一番怒らせると怖いのはリュネガだというのは他三人の共通認識だったのだ。
「二十年前のパーティー勢ぞろいじゃないか! すげえな、どうなってんだよ!」
俺は三人に笑顔で語りかける。
まさか二十年経って今、四人が再開できるなんて夢にも思っていなかった。
絶対に無理だと思ってたのに……!
「お前がずっと引きこもってる間に色々あったんだぜ?」
「悪かったなドモン。何度も来てくれたのに、門前払いみたいにしちまってよ。あの時の俺はかなり参っちまってたんだ」
魔王を討伐してから打って変わって向けられた非難の視線に、俺の心はぽっきり折れた。
とにかく魔王討伐に関する記憶をすべて消したくて辺境の村のその外れに家をつくり、外界を遮断した。
他の三人のことは、正直考える余裕がなかった。
ドモンもレネリーも、俺の元を何度も訪れてくれたっていうのにな。
「俺の心が弱かったんだよ。本当に悪かった」
そうだ、皆も俺と同じ経験を味わっていたはずなのだ。
それを俺だけが自分の殻に閉じこもって、引きこもってしまった。
三人には、本当に悪いことをした。
「……ほらぁ、どうすんのよ。ドモンが空気読めないこというから辛気臭くなっちゃったじゃない」
「お、俺のせいなのかよ!? わ、悪いなヴォン」
「いや、俺の方こそ」
二人で謝ったところで、レネリーは満足げに頷く。
「で、皆あたしに惚れたから会いに来ちゃったのよねぇ?」
「ハァ? 笑わせんじゃねえ、色欲女」
「なんですって、この酒おぼれ男!」
「なんだと!」
「なによ!」
「……ハハッ、なんだか本当に懐かしいなぁ」
自然に笑いが零れる。
全てが酷く懐かしい。まるで二十年前に戻った気分だ。
ドモンとレネリー、それにリュネガの顔をまじまじと見る。
「まさか四人で再会できるなんて、本当に夢みたい――」
「ねえ」
「……ん? どうしたリュネガ」
なんだか、リュネガの雰囲気がおかしい気がする。
俺の方を見つめるリュネガは、暗い雰囲気を纏ったまま言う。
「どうして僕を見捨てたの?」
「……どういうことだよ。俺はお前を見捨てたことなんか一度もないぞ」
そう言った後、心のどこかがズキリと痛むのを感じた。
「ぼ、僕は心細かった。今まで信じていた人たちに急に冷たくされて、心が折れてしまいそうだった。パーティーの誰かに会わないと、変になってしまうと思った。だから僕は、君のところを訪れた」
「……お前が、俺の家を?」
俺は尋ねる。
知っている。俺はリュネガが家に来たことを知っている。
知らない。リュネガは俺の家になんて来ていない。知らない。
「忘れたなんて言わせないよ? 君は僕に言ったんだ。『帰ってくれ、お前の顔は見たくない』ってね! 僕が……僕がどんな思いで君の家を訪れたか! ……僕は自殺したんじゃない。僕を殺したのは――」
「やめろっ!」
聞きたくない。戦友からのそんな言葉なんて聞きたくない!
耳を塞いだ俺の手を、誰かが無理やり剥ぎ取る。
いや、誰かなんてわかっている。リュネガだ。
貧弱だったはずの彼の腕は異常な力で俺に腕を動かさせてくれない。
「こっちを向けよ、ヴォン」
そう言われるだけで、眼球は彼を捉えてしまう。
俺の視線の真ん中で、彼は口を開いた。
「僕を殺したのは、君だからね」
「――っはあっ!」
俺はベッドの上から飛び起きた。
身体中が汗でびっしょりで、酷く心地が悪い。
だが、街は何の変哲もない。ごくごく普通の、静かな夜だった。
「夢……か」
窓から空を見上げる。月は雲に隠れて見えなかった。
……嫌なことを思いだしてしまったな。
リュネガは二十年前に自ら死を選んだ。
その遺書には、人々への恨みつらみと共に、ドモンとレネリーへの感謝の気持ちが綴られていた。俺に対しては、何も書いていなかった。
多分アイツは俺に助けを求めていたんだ。助けを求めて伸ばしてきたリュネガの手を、俺は振り払ったんだ。
もう二十年前だ。だけど、まだ二十年前だ。
一度蓋をしたはずの気持ちが、堰を切ったように溢れだしてくる。
なんで俺は彼にあんなに冷たく接してしまったのか。優しい言葉の一つでもかけて家に向かえ入れてやれば、リュネガは死を選ばなかったんじゃないか。
二十年前に何度も繰り返した後悔が、再び自分の中でグルグルと回りだす。
ああ、駄目だ。自分の身体が何か底知れぬ沼のようなものに囚われてゆく。
抜けられない。思考の螺旋から抜けられない。
ずぶずぶと落ちてゆく。
「んんー……?」
俺を正気に戻したのは、リーベの寝ぼけた声だった。
目をこすり、立っている俺を不思議そうに見ている。
「ああ、起こしちまったか? 悪いなリーベ、何でもないんだ。ほら、一緒に寝ような?」
「んー」
俺はリーベと同じベッドに入り、寝るよう促す。
まだ完全には起ききっていなかったのだろう、リーベはすぐに再び眠りにつく。その手は俺の腕を握っていた。その握り方は、夢で味わったものとは全く違う優しさだった。
「すぅー……すぅー……」と寝息を立てるリーベ。
その顔を見ながら、俺は自分に驚く。
こんな短いやり取りを交わしただけで、俺の心は元の落ち着きを取り戻していたからだ。
自分のしたことを忘れたわけではない。だけど、それをしっかりと理解した上で前を向けている……気がする。
「……俺はどんだけこの子に救われればいいんだ」
一人呟く。
窓の外を覗くと、雲に隠れていた月が顔をだし、煌々と照っている。
窓から差し込む月明かりは、俺を優しく包み込んでくれているように思えた。
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