18話 疑惑
今日の俺とリーベは、街と街を繋ぐ道の真ん中を歩いていた。
刀の錆を落とすために、テタンドの街道沿いに出没する魔物討伐の依頼を受けていたのだ。
「魔物を倒すなんて、おじさん勇者みたいだねぇ」
隣を歩くリーベが言う。
「まあ、俺は勇者だからな」
そう答えると、リーベは「へへんっ」と鼻をこすった。
「なんで得意げなんだ?」
「んー? 得意げというか、嬉しいんだぁ。おじさん元気になったなぁと思って。最初に会った時は、なんか死んだ魚みたいな目をしてたから」
「そうだったか……?」
思い返してみるが、たしかにそうだったような気もする。
だが、毎日ほとんど家に引きこもるような生活をしていた俺が何を考えていたのかは、もう思い出せなくなっていた。
俺はリーベと出会う前、どんなことを考えていたんだったろうか。
碌でもないことばかり考えていた気がする。自暴自棄もいいところだったはずだ。
「……リーベ、改めて、ありが――」
「ギャオオッ!」
礼を言う間もなく、魔物が飛び出してくる。
俺はそれを剣の一閃で斬り落とした。
ドボリ、と落ちた魔物の肉塊に、リーベがパチパチと拍手を送る。
「うわぁ、早業!」
「……お前、こういうの全然怖がらないよなぁ」
「えー? ザシュって感じでカッコいいのに、なんで怖がるのー?」
リーベは心底不思議そうだ。
魔物も魔物を倒す行為も、両方とも怖がらない子供は稀なのではないだろうか。
普通大抵どちらかは怖がるものだと思うのだが……。
だが、俺にとっては都合がいい。
討伐の光景は教育上良い光景ではないが、リーベを一人で宿に待たせておくのは心もとないからな。
俺が守れる範囲にいてもらうためには、付いてきてもらうしか方法がないのだ。
幸いリーベも俺の戦いをみて喜んでいてくれているみたいだし、変な風にねじまがった価値観を持つことはないだろう……と、思いたい。
それに、こんな危険がそこかしこにある世界だ。自分の身を自分で守る力も、いずれは必要になるだろう。
そのときに俺の動きを思い出してくれれば、という思いもあった。
俺は腐っても勇者、そこらの腕自慢よりはよほど見本として適しているはずだ。
「……あ、そうだ。リーベ、改めてありが――」
「ギャオオオッ!」
またかよっ! ちっともお礼が言えやしねえじゃねえか!
しかも、今度は一気に三匹だ。
……普段は群れを作ることなどない魔物が、一気に三匹か。
そこに僅かな違和感を覚える。
しかし、何を思ったところで俺のすることは一つしかない。
道を通る人々が安心して利用できるよう、より多くの魔物を討伐するだけだ。
俺は血が滴る剣で、三匹の魔物に向かって行った。
帰り道、俺の背に乗ったリーベは弾む声で告げる。
「いやー、大漁だったねぇ!」
「ああ、そうだな」
三時間で二十匹以上……ここが街のすぐ近くであることを考えれば、充分すぎるほどの戦果だ。それは確かなのだが……。
「あれ? なんで難しい顔してるの? 嬉しくないの?」
「いや、嬉しいことは嬉しいんだが……」
やけに魔物が多かった……いや、多すぎた。
依頼を受ける前に聞いた前情報では、あの道はそこまで魔物がいる場所ではなかったはずだ。
ギルドの受付嬢も、一時間に一匹遭遇すれば多い方だと言っていた。
それがどうだ?
俺たちは、十分で一匹以上の魔物に遭遇した。
「……何かが起きていると思った方が自然だろうか」
「?」
不思議そうな顔をするリーベの隣で、俺はギルドにこのことを報告しようと決めた。
ギルドに着いた俺は、リーベの手をとって一直線に受付カウンターへと向かう。
ギルドというのは荒くれ者が集まる。当初はリーベのことを考えてなるべく手早く用事を済ませるつもりだったのだが、伝えなければならないことができてしまった。
連絡を怠って死人がでては目覚めが悪いので、俺は事実と、そして自分が感じたことを受付嬢にすべて話した。
それを聞いた受付嬢は頭に疑問符を浮かべる。
「変ですね……。他の方はいつも通りの戦果しかあげておられませんし、特別何かがあったとも聞いていないのですが……」
「じゃあ、偶然なのか? いや、それにしてはさすがに偏りが酷過ぎるような……」
俺は一人呟く。
俺たちのところにだけ魔物が集まってきたってことか?
そんなことが起きるってことは必ずなにか原因があるはずだ。
問題は、原因があの場所だったのか――それとも俺たちだったのかってことだ。
「でもたしかにこの戦果は異常ですね……わかりました、こちらでも調査してみます。ご報告、ありがとうございました」
「……ああ。じゃあ、失礼する」
俺は結論の出ない疑問を抱えたまま、早足でギルドを出た。
たばこの煙が充満しすぎなんだよギルドは。リーベに悪影響だろうが。
「おじさんおじさん、どのくらいのお金貰ったの?」
ギルドから宿へと帰る道すがら、リーベが俺の服の裾を引っ張ってくる。
カウンターに背が届かないせいで、渡された報酬を見逃してしまったようだ。
俺は布の袋の口を開け、リーベに中を見せてやった。
「金か? ざっとこんなもんだ」
「うわー!」
大きな声をだしたリーベはキョロキョロと辺りを見回し、俺に耳打ちしてくる。
「ぴっかぴかだねぇ……!」
「そうだな」
額としては、一週間分の平均給与くらいはあるだろうか。
死と隣り合わせなだけに、冒険者の実入り自体はかなりの高レベルだ。それに加えて今日は魔物の異常発生もあったので、結果としてはなかなか類を見ないレベルの臨時収入になった。
リーベの教育上のことを考えると、あんまり頻繁には受けたくないけどな。
そう思いながらリーベを見る。リーベはにんまりと頬を持ち上げていた。
「ぼろい商売だねぇ、おじさん!」
「おい、どこでそんな言葉を覚えた」
五、六歳の餓鬼が使う言葉じゃねえぞ。
大金を見たリーベは柄にもなく舞い上がっているらしい。
何歩か歩を進めるたびに、俺に袋の中を見せろと催促してくる。
そういや、子供の頃ってのはお菓子が買える額でも大金に思えたんだったか。そう考えると、この量の貨幣を見てリーベが浮かれるのも不思議ではないかもしれない。
「おじさんはすごいねぇ。優しくて強くてお金も稼げて!」
「……まあな」
そんな真正面から褒められると、少々照れてしまう。
リーベは思ったことをそのまま言っているのがわかる分、褒められたときは年甲斐もなく嬉しくなってしまうのだ。
幼女に褒められて喜ぶ日が来るなんて、それこそリーベと出会う前の俺は考えもしていなかった光景だろう。
きっと昔の俺が今の俺を見たら、気持ち悪いとでも思うんじゃないだろうか。
だが知ったことか。俺は今が一番幸せなのだ。
むしろ昔の俺に子供の可愛さを一から教えてあげたい気分だった。
「ねえねえおじさん、今日はごちそう?」
リーベが俺の顔を下から覗きあげる。
ピンクの舌でじゅるりと舌なめずりをするリーベ。
どうやらリーベの中ではすでにごちそうを食べるのは決定事項のようだ。
もちろん何不自由なく一日三食食べさせてはいるが、今までリーベの食に関してはそこまでお金をかけてきていない。
親御さんの生活レベルがわからないので、万が一親御さんの元に戻った時に家庭の味を「貧乏くさい」みたいに感じる舌にしたくなかったからだ。
だけど、たまの一日くらいは財布を奮発してもいいだろう。
別に超高級品をすこたま食わせようってわけじゃないんだ。
いうなれば、今まで頑張ってきたリーベへのちょっとしたプレゼント。これくらいは親御さんも許してくれるだろうさ。
「そうだな、ごちそうにするか」
俺はリーベに言う。
リーベはすぐに顔を喜色で染めた。
「やったー! ごっちっそー、ごっちっそー!」
手を空高く上げるリーベ。
その伸ばした腕のように、真っ直ぐスクスクと育ってほしい。そう思う俺だった。




