17話 大人の味
「アイス、アイス~!」
救護院からの帰り道、跳び跳ねるリーベのあとをついていく。
さっきまでの憂鬱そうな雰囲気はどこへやら、リーベはとても楽しそうだ。
「リーベ、もう一回こっち向いてくれ」
「何回みても同じだよー? おじさんの顔を見るのは嫌いじゃないからいいけどさぁー」
そう言って振り返ったリーベの瞳、その色は蒼い。そう、元の色に戻っているのだ。
救護院に行ったときには既に瞳は赤から蒼に戻っていた。
僧侶にそれを説明したものの、突然の発熱の原因、それに目の色が変わったり戻ったりした原因は結局どちらもわからないままだった。
原因がわからないというのは中々すっきりしないものがある。
俺がそう頭を働かせていると、前を行くリーベはくるりとこちらを振り返る。
そして眉をひそめて俺を見た。
「さっきからおじさんったら難しい顔しちゃってさ。そんなんじゃダメだよっ。アイスが美味しくなくなっちゃうでしょ?」
「……ああ、そうだな。悪い悪い」
リーベの言うことももっともだ。
せっかくリーベが楽しみにしているのに、俺がそれを邪魔するようなことはあってはならない。
俺の言うことを聞いてちゃんと救護院まで行ったんだもんな。
「よーっし、アイス屋まで競争するか!」
「あらあら、おじさんったらはしゃいじゃってまあ」
急におばさんくさいことを言うな。
苦笑を浮かべる俺の前で、リーベは急にその身体を走らせる。
「よーいどんっ!」
……あ、コイツ抜け駆けしやがったな!?
「ズルいぞリーベ! 待ちなさい!」
「へへーん。勝てばいいんだよー!」
しゅたたたと得意げな顔で走るリーベを、俺は年甲斐もなく追いかけるのだった。
「ぜぇー、ぜぇー」
「大丈夫かよ……」
「だいっ、じょう、ぶ……」
全然大丈夫そうじゃないんだが。
アイス屋までの競争は、リーベの勝ちに終わった。俺は大人だし、さすがに手加減しないわけにはいかないからな。
しかしそれで納得しなかったのはリーベだ。
俺が本気で走らなかったのが気に障ったようで、もう一度スタート地点まで戻ってまたアイス屋まで走ってきた。
その結果が今の疲労困憊したリーベの姿というわけだ。
アイス屋の前で息を切らすリーベの姿が奇異に映ったのか、軽く往来の視線を集めている。
「本当に大丈夫か? 少し休むか?」
「アイスを食べれば……元気出る……」
「そ、そうか」
アイスへの執着が凄い。子供は甘いもの好きだもんな。
アイス屋は赤と白のカラフルな出で立ちをしていた。
人目を引く色の組み合わせに、半透明のガラスの奥に見える清涼感のある店内。きっと他にも俺が気が付かないような様々な工夫が施されているのだろう。
その甲斐あってというべきか、アイス屋はなかなかの盛況ぶりを誇っていた。
店内に三十近くある椅子のうち、五つほどしか空きがない。
これが埋まる前に早く入ってしまった方がいいだろうと考えた俺は、少し息の整ってきたリーベを連れて入店する。
「好きなの二つ選んでいいからな。ただ、約束通り俺と半分こだぞ?」
「わかってるよぅ。えへへ、おじゃましまーす」
店内に入ると涼しげな音楽が聞こえてくる。
音の出所を探ってみると、演奏隊のような人が数人で楽器を奏でていた。
予想以上に本格的な店だな。……金、足りるよな?
魔王討伐の褒賞で大金は持っているものの、金銭感覚が庶民のままのせいであまり多額の金は持ち歩いていない。
おそるおそる値段を見てみると、なんとか足りる額ではあった。
「ほっとした顔して、どうしたの?」
「いや……余裕を持って考えるのって大事だなと思っただけだ」
「? おじさんへんなのー」
リーベにはわからなくていい。いや、わかられると困る。
お金が払えるかわからなくてドギマギしていたなんて知れたら、俺の威厳は地に落ちてしまう。俺は意識して何でもないような顔を繕いながら、アイスの物色に移行した。
アイスは客の俺たちが見やすいように、ショーケースにいれて並べられている。二十種類ほどあるだろうか。
氷魔法で凍らされたアイスの数々は、見ているだけで涼しげだ。
これで今が夏だったらもっとよかったんだが、あいにく今は春である。
「うっわぁ……!」
ずらりと横に並んだアイスを見て、リーベはぺたりとショーケースに手を付ける。
青い目を宝石みたいにきらきらと目を輝かせている。そんなリーベから見れば、ショーケースの中のアイスの方がよっぽど宝石なのかもしれないが。
「あんまりべたべた触っちゃ駄目だぞ」
俺はリーベの腕に触れ、注意する。
あんまり強く触ると指紋とかついちゃうんだろ、こういうのって。
こういうところの教育はきちんとしておかないと、いざ本当の親御さんの元に返したときに行儀が悪くなってたら俺の責任だからな。
子供の躾をした経験などもちろんないが、そんなことも言っていられない。
俺と過ごしたこの日々が、リーベの人格形成を左右するかもしれないという重大さをきちんと認識しないと。
「あっ、お姉さん、ごめんなさいっ」
俺に注意されたリーベはショーケースからパッと手を離した。
そして店員の女性に頭を下げる。
店員は怒った様子もなく、笑顔でリーベを見た。
きっとリーベの愛おしさにやられてしまったのだろう。気持ちはわかる、俺もそうだった。
「いえいえ、大丈夫ですよー。お父さんの言うこと聞けて偉いねー?」
何気ない口調で語られた言葉に俺の動きは停止する。
いや、俺は父親ではないんだが……そうか、周りからはそう見えているのか。
たしかに年齢差を考えればそう見えても仕方ない……というより、そうとしか見えない。
リーベは寂しくなったりしていないだろうか。不安になってリーベを見る。
「うんっ、えへへー」
リーベは照れたようにはにかんでいた。そこに寂しさに類するような感情は見えない。
俺はそれにホッとし、そして一拍遅れて考える。
……今のリーベの言葉は、俺のことを父親と認めてくれたってことか!?
い、いやいや、思考が乱れてるぞ俺! 落ち着け!
こういうときは深呼吸だ、深呼吸。
「すー、はー、すー、はー」
「……お父さん深呼吸始めちゃったみたいだけど、どうしたのかな?」
「気にしないでください、いつものことなので!」
さすがはリーベ、フォローまで一流だ。
リーベに甘えて、そのまま何回か深呼吸を繰り返す。
……はぁ、やっと落ち着いた。
「やっとまともな人間に戻れた?」
「おう」
ところで言い方ひでえな。
ともかく、アイス選びを再開する。
リーベは早々にイチゴ味を選び、残りの一つで悩んでいる。
「イチゴ味とぉ……あっ、コーヒー味だって! これにするー!」
「お前に食えるのか? 多分苦いぞ?」
コーヒー味なんて子供の舌には合わないと思うが……。
しかし、リーベは自慢げに胸を張る。
「ふふん、大人ですので!」
たしかにリーベは同い年の子たちと比べれば大人っぽいところも多い。さっきもフォローしてくれたりしたしな。
なら大丈夫かもしれないな。
そういうわけで俺はイチゴ味とコーヒー味のアイスを購入し、店員の女性から商品を受け取った。
開いているテーブルに陣取ったリーベは、まずはイチゴアイスに口をつける。
そして幸せそうに両頬を押さえた。
「ん~! 甘い~!」
……なんだこの愛おしい生き物は。
愛おしすぎて胸が苦しい。
胸の痛みに悩まされる俺の前で、リーベは続いてコーヒーの方にもスプーンを入れる。
そしてその小さな口へとアイスを運んだ。
次の瞬間、幸せそうだったリーベのぴきりと顔が固まる。
「……これ、にがい……」
やはりまだリーベの味覚には合っていなかったらしい。
「おいしくないからこっちだけ食べるっ。おじさんはコーヒー食べていいよ」
口に入れた分を食べ終えたリーベは、コーヒーアイスを俺の方へと寄越してきた。
俺はコーヒーも嫌いではないので、それを受け取る。
「リーベには大人な味はまだ早かったか」
スプーンでアイスをすくいながらそう言うと、リーベはむっと俺を見た。
そしてあーと口を開けてくる。
「……もう一口食べるっ! わたし大人だもんっ」
「おいおい、無理しない方が――」
「ぱくっ!」
俺の制止も聞かず、リーベは俺がすくったアイスに口を伸ばす。
そして眉を顰めながらもぐもぐと口を動かした。
俺がそれをじっと見つめていたことに気が付くと、リーベは眉のしわを消す。
「……。お、おいしいですけど?」
嘘つけ。お前がそんな苦々しい顔してるの始めてみたぞ。
口の中が空になると、リーベはすかさず水で口の中を洗い流した。
どうやらよっぽど苦手らしいな、と思う俺の前で、リーベはぎこちない動作で頬を押さえた。
「お、大人っぽい素敵な味だねぇ」
「……さすが、リーベは大人だなぁ」
「! やっぱり? やっぱり? えへへー」
バレバレだけどかわいいからいいや。そう思う俺だった。




